聖なる歌姫ゴスペリーナ~真理郷(セオクラ)の奇跡。00~01
ロイヤル三世治世暦、元年~1年【AB-00~01】
『きれいな、お星さま~☆』
花は、五歳の誕生日を迎えていた。
光の教会の屋根裏部屋
そこは、幼いミニヨンにとって、最高の宝箱だった。
天井に空いている三角窓から、夜空を見上げるミニヨンの視線の先にある、ひときわ輝く星。
『何て言う名前のお星さま、なんだろう?』
ミニヨンは枕を抱えて、眠れぬ夜を過ごしていた。
部屋の扉から漏れる明かりに気付いた母の美空が、片手に絵本を持って入ってきた。
『ミニヨン…もう夜も更けました。』
『早く、お休みしましょうね。』
ミニヨンは、母の持っている絵本に視線を移して訊ねた。
『お母さん…あのお星さま、なんていうお名前なの~? 』
美空はミニヨンの横に腰かけて、頭を優しく撫でながら三角窓に視線を向けた。
『月よ。』
絵本を開いて、挿し絵を見せながら答えた。
『昔々、光の神様はテラ星に、ご自分の息子と娘をお造りになりました。』
『そのあと、こどもたちの、お世話をする、12人の聖をお造りになりました。』
『その中に、リベルという、取り分け賢く力も強い聖がいました。』
『その聖は光の神に言いました。』
『あなたは、ご自分のことを、光と愛の神だと言われますが、しかし実際には、ご自分の息子と娘しか、愛してはおられない!』
『聖たちが、あなたに使えているのは、あなたを愛しているからではなく、あなたの力を畏れているからです。』
『 リベルの、この言い分に答えを与えるため、光の神様は彼に時間を、お与えになりました。』
『リベルをテラ星を周る月に置き、名を神に反抗する者という意味の、デニモスとしました。』
『光の神様は、空の箱を開いて、万物が神の愛を求めているのかを
確かめるため、あらゆる災厄を開放しました。』
『しかし、ただひとつ、残されたものがありました。』
『それは、誰も取り去ることができない希望』
『この希望の光は、輝くクリスタル.タブレットとなり世の中を明るく照らしました。』
『光の神様はデニモスに言いました。』
『お前の言い分が、正しいことを、証明してみせよ。』
『希望の象徴、クリスタル.タブレットを、お前の手で、再び空の箱へ戻して見せよ!,』と
美空が、そこまで絵本を読み終えてミニヨンを見ると、スヤスヤと眠りに就いていた。
美空はミニヨンに優しく毛布を掛けて、額にキスをして屋根裏部屋を出た。
光の教会の裏庭に広がる愛の湖で夜空を見上げる、ひとりの聖女。
蒼く澄んだ小波に美しい歌声が重なる。
ミニヨンが寝返りを打ちながら寝言を呟いた。
『ウフフ……歌姫、ゴスペリーナ』
…………………………………………………………☆
桃源郷から、遠く離れた西の空
大陸の西端。
暗黒山の麓。
真実の海を臨む村。
真理郷
『姉貴……誰か馬に乗って門の前に近付いてくるぜ!』
『一発、火の玉、喰らわせてやろうかー!』
『お待ちください!』
投石の構えを見せたモンテニューを、村長カサブランカの参謀、リンメルが静止した。
頭の上まで、掲げた石を、そろりと下ろすモンテニュー。
『あれは、どうやら格好からして、牧師のようです。』
『多分、我らに投降を勧めに来たのでしょう。』
モンテニューが顔を真っ赤にして怒鳴った。
『冗談じゃねーぜ!!』
『あんな、坊主に丸め込まれて、この郷を明け渡すぐらいなら突撃して死んだほうがましだ!!』
カサブランカがモンテニューを制して口を挟んだ。
『まぁ、待て……何をしに来たのか、話だけでも聞いてみよう。』
参謀のリンメルが落とし穴の草むらの前まで来たシャーマンのラビに声を掛けた。
『そこで待て!』
『こちらから、そこへ向かう!』
リンメルは、カサブランカと視線を合わせて櫓を降りて、砦の門から出た。
リンメルは、草むらの切れ目まで歩み寄りシャーマンのラビに語り掛けた。
『牧師殿…投降を、勧めにこられたのでしょう』
ラビは馬を降りて、リンメルに答えた。
『流石は、参謀様。』
『お察しの通りでございます。』
『ここは、お互いに無駄な血を流さず砦を明け渡し帝国の傘下に下られよ…』
これに、リンメルが強い調子で返事をかえした。
『山猫村を元に戻し、そちらの頭の首を差し出すならば、配下の者は見逃すと伝えなさい!』
ラビは、首を左右に振りため息を吐いた。
『どうやら戦は、避けられないようですね……』
再び、馬に乗りラビが踵を返して鞭を当てた。
走り出す馬から、ラビが最後の言葉を掛けた。
『どうか、無駄に命を散らすことなきよう!』
この様子を伺っていた、カサブランカがモンテニューに呟いた。
『奴ら、攻めて来るぞ!』
『構えよ!』
リンメルは。足早に砦の門を潜り抜けた。
再び門は固く閉ざされ、櫓の上に次々に火の玉石が運ばれた。
シャーマンのラビの馬はドローン陸戦部隊、紅蠍の中へ消えた。
やがて、紅蠍の群れが、動き出し真理郷の門を目掛けて轟音と共に突進を開始した。
巨人モンテニューが火の玉石を持ち上げ、紅蠍に狙いを定めた。
他の民兵達も、投石器を使い櫓の上から襲い来る紅蠍を待った。
『まだです……』
リンメルが、攻撃に、はやるモンテニューと民兵達を制してタイミングを計る。
紅蠍は、跳び跳ねるようにして門前の間近まで猛突進した。
後方から、この様子を伺う紅の魔導師が勝利を確信したように叫ぶ。
『紅蠍よ!』
『お前の毒牙の餌食とせよ!』
紅蠍の強靭な鋏が門を叩きつける。
(((ドドドドドドーーー!!!!)))
その時、突然、砦を取り巻く紅蠍の真下の草むらが陥没した。
(((ギャーーン ギャーーーン)))
紅蠍は悲鳴を上げて穴の中へと落ち込んで行った。
リンメルとカサブランカが視線を交える。
『今です!』
『姉上、火の玉投石の、ご指示を!!』
カサブランカは、蒼天の槍を空に向けて掲げた。
『火の玉、投石!』
『始めーーーー!!!』
カサブランカの命を受け、一斉に火の玉石が、紅蠍が落ち込んだ穴に向かい投げ落とされた。
這い上がる紅蠍に追い討ちを掛ける火の玉石。
(((ドドーン ドドーン ドドーン)))
燃え上がり、爆破を繰り返すドローン陸戦部隊。
砦を取り巻く落とし穴から黒煙がモクモクと上がる。
百はいた、紅蠍は数えるぐらいしか残っていなかった。
撤退を始める紅蠍に真理郷の民兵達が門を開け追撃を開始した。
先頭に走る、カサブランカとモンテニューの技が、ここぞとばかりに冴える。
蒼天の槍が風を切りつむじ風を呼ぶ。
(((ビューーーーーッ!!))
凄まじい勢いで紅蠍を貫く。
(((ドカーーーーーン)))
巨人モンテニューの鉄槌が、力任せに紅蠍を打ち砕く。
鋏を失い、足を無くした紅蠍の、わずかに残ったドローンが紅の魔導師ルージュリアンの指揮車両を囲む。
その周りを、取り囲むように真理郷と山猫村の民兵達。
真理郷カサブランカが前に出て、ルージュリアンに叫ぶ。
『勝敗は決した!』
『おとなしく、その首を差し出せ!』
指揮車両の上で高笑いをするルージュリアン。
『お前立ちの、戦いぶり、実に見事!』
『良いものを、見せてもらつた。』
指揮車両にドカツと腰を下ろしてルージュリアンがシャーマンのラビに視線を移し呟いた。
『これが、時を待つと言うことか……』
ルージュリアンは、カサブランカ、モンテニュー、そしてリンメルの三人を指差して、強い調子で叫んだ。
『再び戦でまみえる時は、お前立ちの頭に火の玉が降り注ぐだろう!!』
ルージュリアンは、静かに立ち上がり、ラビに視線を移して言った。
『撤退する……』
『大跳躍!!』
その言葉を最後に紅の魔導師ルージュリアンと、シャーマンのラビの姿は戦場から姿を消した。
真理郷をめぐる、戦いは、ルージュリアンを頭とする、守備側の大勝利に終わった。
この戦果の報せは、テラ大陸、全土を駆け巡り、蒼天の槍ルージュリアンの名を津々浦々まで轟かせた。
後に、この戦いを人々は称賛して
【真理郷の奇跡】
として語り継いだ。