修道女が駆る荷馬車~梟の森へ。
ロイヤル三世、治世暦、三年。【AB-03】
《王都、エマール》
《《《ドドドドドーーーーン》》》
(((地震だぁー!!)))
『何やら、オリゾン河へ大きな爆弾が落ちたらしいぞ!!』
『同盟国、シャンソニア領、ロレンソの方角からだ!』
『ばかな! シャンソニアが、王都の背中に銃口向けるなど考えられない!』
街を逃げ惑う人々が口々に叫ぶ。
王都エマールは、ロゴス帝国から飛来した三足鴉戦闘機の空襲と
同盟国、シャンソニアから飛んできた弾頭騒ぎが重なり混乱の炉坪と化していた。
『アミ、手を絶対に離してはいけないよ!』
エスポアールは、妹のアミの手を引いて倒壊し炎上する街を走った。
逃げ惑う人々の群れに、脅えて泣き出し座り込むアミ。
エスポアールはオリゾン河に架かるプランタン橋が近いことに気付きアミを背負って走る。
『もう少しの辛抱だよ!』
『ほら、見てごらん、プランタン橋が見えてきた!』
アミの顔に僅かながら安堵の笑みが戻った。
その時、修道女が駆る黒馬車が二人の横で止まった。
『お乗りなさい…』
修道女は優しく穏やかな声で兄妹に声を掛けた。
エスポアールは修道女に軽く会釈して、アミの手を引き馬車に乗り込んだ。
『ボクと妹は、これから桃源郷へ行くところです。』
『シスターは、どちらへ向かわれるのですか?』
修道女は黒馬に鞭を入れて馬車を走らせながら答えた。
『梟の森にある修道院ですよ…』
『身寄りのない人々の世話をしています。』
修道女の荷馬車は、二人を乗せると継承の道と終結の道、二つに別れて走った。
それは、観察者により行いを変える光の特性そのものだった。
修道女と希望が交わった特異点である。
多重世界への扉は今、まさに開かれた。
……★☆
〈継承への道。〉
アミが向かい側に座る女性の手から、わずかながら血が滲み出ているのに気付いた。
女性は頭からスッポリとフードの付いた白いローブを着けているので、顔を見ることはできない。
しかし、 女性の横に置かれている美しい装飾が施された竪琴は、高貴な家柄の出であることの証となった。
アミはポケットからハンカチを取りだし、彼女の血を拭き取り、自分のスカートの裾を破り止血の為、女性の手に巻き付けた。
『ありがとう……お嬢ちゃん』
女性は頭のフードを外してアミに礼を言った。
『わたし、アミて言います!』
『おねーちゃんの、お名前は?』
『私は、ク………』
》》》》》
彼女が言い掛けた瞬間、黒馬車が大きく揺れた。
修道女がプランタン橋を渡り終えたところで、手綱を強く引いたためである。
『もう、ここまで来れば大丈夫です』
『妹さんを、少し休ませてあげなさい…』
エスポアールは修道女の気遣いに感謝して、アミを座席に戻し近くにあった毛布を掛けて眠りに就かせた。
黒馬車は再び走りだし、梟の森へと入って行った。
妹のアミがスヤスヤと安心して眠る顔を見届けたエスポアール。
戦禍の街から逃れて来た疲れのために彼自身も、いつの間にか深い眠りに付いていた。
《梟の森》
《《《ヒヒヒーン》》》
馬の高い嘶きで目を覚ましたエスポアール。
修道女が、エスポアールとアミ、そして白いローブの女性に声を掛けた。
『着きましたよ…』
修道女は、三人を黒馬車から降ろし修道院へ案内した。
癒しの湖と呼ばれる湖水の中央。
大きな岩塊の上に建つ格式のある館。
外観は古いゴシック様式で、縦長の窓にステンドグラス。
蔦が壁の全面を覆っていた。
館の中央にある高い主水塔の屋根には、円い太陽神のシンボルにクロスが重ねられた紋章が立っていた。
修道女は正面の大きな鉄の扉を開き、大広間へと三人導いた。
大広間を挟むように両側に螺旋状に伸びる階段。
正面二階の壁には大きな絵画が飾られていた。
美しい女神が玉座に座る救世主の横で高く手を翳している。
荘厳な絵に見入る三人。
その時、広間に声が響いた。
『神像、救世主と女神じゃよ…』
螺旋階段を降りてくる白髪に白髭を蓄えた老人の姿。
修道女が老人の方を向き直り会釈した。
『老師様、いらしてたのですね。』
『お預かりしておりました姫様を、お連れしました。』
老人は白いローブを着た女性のフードを外し、彼女の手を取った。
『老師様……あの折りは命を救ってくださり、ありがとうございました。』
『 お前の目は、透き通る空のようじゃ……』
『一度死にかけた、お前を生き帰らせたのは、わしの手元に置き竪琴の聖女として育てるためじゃ。』
女性は長く白いローブを両手の指でつまみ、裾をやや上げ頭を垂れて答えた。
『老師様さえ、よろしかったら、わたくしに異存はございません。』
『老師様との、約束を守るため、この館に来たのですから…』
アミが老人の顔を覗き込んで訊ねた。
『おじーちゃん、この、おねーちゃんのこと、知ってるの?』
老人はアミの視線まで姿勢を低くて答えた。
『この娘さんは、これから天使になるんじゃよ~』
アミに、そう告げた老人は笑いながら螺旋階段を昇って行った。
階段の中程で足を止めエスポアールに視線を送る老人。
『青年よ、わしと、どこかで、会ったかのう~☆』