真実の海~真理郷(セオクラ)前哨戦00~01
ロイヤル三世、治世暦、元年~1年【AB-00~01】
暗黒山ゴルドバの裾に広がるセオクラル海。
通称 《真実の海》
一年に一度の大輪月の夜に小舟を浮かべ語り合う姉と弟。
月読みの巫女とシャーマンのラビの影が月明かりを受けて長く海面に伸びる。
月を見上げながら、巫女が溜め息をひとつ吐いて呟いた。
『ラビよ。 お前は運命を信じておるのか……』
小舟の上から、釣糸のない竿を海面に突きだしながらラビが答えた。
『姉上、またそのお話しですか……』
巫女の首に巻かれていた、赤いスカーフが、時おり吹く海風に運ばれて宙を舞う。
『あと、もう少し手を伸ばせたならば、宝石板は私の手中にあった……』
『この、輪廻転生の旅に、いつ終止符を付すことができるのか……』
風で遠くへ運ばれるスカーフを見てラビが姉に語りかけた。
『姉上……スカーフが風で、どこかへ飛んで行ってしまいます。』
巫女は、ゴルドバ山へ吹き上げる風に舞い上がる、スカーフへ視線を移した。
『よい……我らも、あのスカーフと同じ運命なのだ。』
その時、 突き出した釣竿の先にある海面を見つめるラビの表情が一瞬、変化した。
『姉上、ご子息の黒子爵がゴルドバの頂に着いたようです。』
『流石に、運命を司る巫女様。』
『明鏡止水の術は衰えてはおられません。』
『ご子息の横に、同乗している美女は?』
『あの顔立ちに見覚えがあります……ルージュリアンではありませんか!』
『あの者は、深緑の妖女の娘……』
『幼き頃、妖女の願いで、わたしが預かり、しばらく共に過ごしておりましたゆえ、よく知っております。』
『姉上は深緑の妖女と、義姉妹の契りを結ばれておられますので……』
『深い縁の糸で引き寄せられたのでございますね。』
巫女はラビの質問には答えず、岸辺に立つ人影へと小舟を寄せるよう、手で合図を送った。
『ラビよ、時を操る祭司としての努めを果たせ……それが、お前の運命だ。』
『私の手には運命の鍵が、お前の手には、時を操る鍵が渡されておるのだ。』
ラビは釣竿を仕舞い小舟の楷を取り岸辺へ向かい漕ぎ始めた。
『姉上の、お心のままに……』
岸辺に着いた巫女とラビの前には、先ほどまで馬車を走らせていたルージュリアンの姿があった。
ラビが、わずかに笑う表情を見せたルージュリアンに声を掛けた。
『大跳躍の術、既に習得していたのですね……これは驚いた。』
巫女は彼女の鋭い眼光を見逃さなかった。
『今では、その名も全土に轟く紅の魔導師。』
月読みの巫女は、深緑の妖女との契約に従いシャーマンのラビをルージュリアンの側近とした。
ゴルドバ山の頂に立つ黒子爵ロィヤ。
頭上を舞う赤いスカーフが 未踏の地であったはずの暗黒山から麓へ伸びる大きな道へと黒子爵を誘う。
世界を牛耳るという夢と野望を胸に秘めたロィヤ王子。
眼下に広がる理想郷が真理の言葉こと、ロィヤ王子の終の住みかとなった。
…………………………………………………………☆
【一年後……】
《真理郷》
『きゃがつたぞー!』
真理郷の砦、物見櫓から遠くの方に視線を送る山の巨人モンテニューが叫んだ。
モンテニューの声に、櫓の上に昇る村長のカサブランカと腹心のリンメル。
カサブランカが、参謀のリンメルに問い質した。
『落とし穴は、もう出来ているのだろうな…』
リンメルは、砦の周りを指差して答えた。
『ご覧ください…草むらが、この砦を囲む様に盛り上がっているのが、お分かりになりますか?』
カサブランカは、櫓から身を乗り出して周りを見渡した。
『うん……確かに!』
『奴等が、穴に落ち込んだら、我らの火の玉攻撃を散々に喰らわせてやる!』
『モンテニュー!』
『お前の火の玉投石にも期待しているぞ!』
モンテニューは姉のカサブランカ村長の檄に拳を上げて応えた。
『おうよー!』
『力仕事は、俺の得意とするとこだ!』
『姉貴は、昼寝でもして待ってな!』
モンテニューは、砦を方円状に取り囲む櫓を全て通路で繋ぎ、昇り階段を設置していた。
更に、真理郷の民兵と山猫村の敗残兵を再編成して階段の下に待機させ、いつでも火の玉投石を補給できる体制を整えていた。
『お前は、力だけが取り柄と思っていたが……中々の知恵もあるではないか~』
カサブランカがモンテニューの頭を軽くポンと叩いた。
『へへ…どうだ!』
『姉貴、俺のこと、見直しただろう!』
得意満面なモンテニューは横目で参謀のリンメルに視線を移し片方の目を瞬きさせた。
カサブランカの後ろに立つリンメルが小声で笑う。
『ウフフ…』
カサブランカは、リンメルの方を振り向いた。
『 リンメル……どうかしたか?』
『いえ、何でもありません…姉上様。』
『この戦は、我らに勝機がございます。』
『山猫村の弔い合戦、必ず勝利へ、このリンメルがお導きいたします!』
『リンメルがいたら、わが村は怖いもの無しだな!』
三人は顔を見合せて笑い、その後、近付く帝国陸戦ドローン紅蠍に視線を移した。
頭領のカサブランカが、蒼天の槍に真理郷の旗を巻き付け高々と掲げ叫んだ。
『いざ!!、開戦だーー!!』
その号令を合図に、各々(おのおの)が持ち場に着いた。
帝国陸戦部隊、紅蠍を率いる紅の魔導師ルージュリアンが指揮車両の屋根に立った。
彼女は遠真理郷の砦が間近に見える距離まで行軍し止まった。
『シャーマンのラビよ。』
『お前の時を操る力……未だに私には理解できぬ。』
『深緑の妖女の娘と知って、私に近付いたのか……』
シャーマンのラビは、ルージュリアンの紅杖が小刻みに屋根を叩くのに目を止めて言った。
『ルージュリアン殿…そのように苛立たれては、士気に関わりますよ。』
『勝敗は、時の運でございます。』
『この、私めに、できることは時を待つ事でございます。』
ルージュリアンは、顔を曇らせて呟いた。
『そのような事を、この策士の私に言うか。』
『時を待つとは……また分からぬことを申したな。』
『まぁ、よい…月読みの巫女と我の母は深く長い付き合いがあるようだ。』
『その時とは、好機を待つと理解してよいのか……』
『シャーマンのラビよ、我の使者として真理郷砦に向かえ!』
『門を解放し、武器を捨て、村長を引き渡せと勧告せよ。』
『さすれば、我の陣営に加えエマール王都の先鋒に加え栄誉を与えると告げよ!』