双剣のバロンと隻眼のガリバー。03
ロイヤル三世、治世暦、三年【AB-03】
テラ大陸、北の端、長閑な漁村。
《シャンソニア領. ロレンソ》
透き通った海面に珊瑚礁帯が眩しく映える。
『今日の海風は、気持ちがいいな~♪』
岸壁に腰を下ろし、遠くの水平線へ視線を送る隻眼の武骨な男が呟いた。
王都からの使い、国王の側近、マジョロダムが隻眼の男と話しを終えて馬車に乗り帰って行く。
それと入れ替わるように、長いブロンドの髪を海風に靡かせた、年若い乙女が彼の元へ走り寄ってきた。
『ガリバー♪』
元気に手を振る彼の婚約者、クレマチス。
息を弾ませながら嬉しそうにガリバーに話しかける。
『シャーマン牧師様が、今度の新月の日に私たちの、式を挙げてくださるそうよ~♪』
ガリバーは、満面の笑みを浮かべるクレマチスの腰の辺りを両手で掴んで、持ち上げ喜びの声を上げた。
『そうかー!、これで俺たちも晴れて夫婦ということだなぁー♪』
堤防の上から 、この様子を伺っていた、背中に長い二本の剣を差した長身の若い男が、二人に声を掛けた。
『ガリバー、カナリア号を近々、降りるそうだな…』
『この村は、まだ平和になったわけではないのに、お気楽なことだ。 』
『ドローン帝国が、この村にも迫っている、このご時世に、空を離れて漁師にでもなるつもりか!』
ガリバーは、優しく婚約者のクレマチスを下ろして呟いた。
『俺はもう、戦いはたくさんだ…傭兵家業も今回の仕事で終いにするつもりだ。』
『これからは、こいつと、一緒になって幸せな家庭を築くつもりでいる。』
バロンはクレマチスの方を向き直り話し掛けた。
『クレマチス……お前を怒らせたことは謝る。』
『シャンソニア王国の姫、美人姉妹の一人が、なぜ、こんな男を選ぶのか、俺には理解できない!』
『もう一度、俺とやり直せないか?』
バロンは懐から、たくさんの金貨が入った袋を取り出してクレマチスに手渡した。
『こんな漁師に着いていったら、一生、苦労するのは目に見えている…』
クレマチスは金貨の入った袋をバロンに投げつけた。
金貨が辺り一面に散らばる。
この様子を見ていた、通りがかりの少年達が急いで金貨を拾い集め、逃げ去った。
クレマチスが首を横に大きく振って叫ぶ。
『バロン! あなたは、いつもお金、お金の事しか頭にないのね!』
『私は、お金や家柄より、この私自身を愛してくれた、このガリバーに着いていくことに決めたの!』
『それに、あなたの悪い噂も聞いているわ!』
『帝国のスパイだって!』
『そうやって、お金をたくさん、稼いでいるんでしょう!』
………………………………
暫くの沈黙の後、バロンが重い口を開いた。
『わかったぜ!、お二人さん』
『帝国がこの村を滅ぼす迄の
短い春を、精々幸せに暮らすんだな!』
バロンは、捨て台詞を残して、その場を立ち去った。
クレマチスはガリバーの方を向き直り、彼の首の辺りに両手を回して微笑んだ。
『二人で、幸せな家庭を作りましょうねー♪』
『子供も、たくさん欲しいわ~♪』
クレマチスの、眩しい笑顔にガリバーが答えた。
『おう!勿論だぜー!』
クレマチスが視線を堤防の方へ移し呟いた。
『あ、牧師様だわ~♪』
馬車を堤防脇に停めて、シャーマンが笑顔で二人に手を振って挨拶した。
『これから、桃源郷へ巡礼に行くところです。』
『式の前日迄には、ロレンソに帰る予定でいます。』
『また、式でお会いしまししょう!』
牧師のシャーマンは、そう言うと馬に鞭を入れて馬車を走らせた。
ガリバーは、クレマチスの方を見て話し掛けた。
『お前と楽しく暮らすために、最後の大仕事を終わらせてくる!』
『ロイヤル国王様、直々のお達しなんだ。』
『お前の姉さん、フランソワ妃の進言もあったそうだ。』
『直ぐに終わらせて、お前の元へ帰ってくるので、暫く待つていてくれるな。』
クレマチスは、ガリバーの瞳を真っ直ぐに見て答えた。
『ガリバー、あなたのこと、待っているわ。』
『姉さんには、私のこと、何も心配しないでと伝えてね。』
二人は暫しの別れを惜しみ、軽くキスを交わした。
その後、 ガリバーは、カナリア号、通称( 火の鳥)が格納されている嘶鳴の滝へと向かった。
一方、 クレマチスは、シャンソニア王国の離宮が立つ見晴らしの丘へ戻って行った。




