北風の天使、ミストラル。04
ロイヤル三世、治世暦、四年【AB-04】
【桃源郷】
テラ大陸で、唯一の非戦闘地域。
聖域とされる場所。
ここ桃源郷は、桃の花が今は盛りとばかりに咲いている。
愛 の湖に映り込む、眩い太陽の光 が教会の壁面を明るく照らしている。
礼拝堂のドアを勢いよく開けて、祈りを捧げている母親の元へ駆け寄るミニヨン。
朗報とばかりに母親の美空に語りかける。
『お母さん! あそこにいる、王都から来た、お兄さんが、街の様子を教えてくれんるだってー!』
『お父さんのことも、わかるかもしれないねー!』
笑顔満面のミニヨンに、美空の顔も綻んだ。
エスポアールは、ペコリと頭を下げて美空に挨拶をした。
『初めまして。王都エマールから来ましたエスポアールと言います。』
『実は、この村に救世主が、いると祖父から聞いて訪ねて来ました。』
美空は笑顔で、エスポアールをテラスのテーブルへ案内した。
『長い道のり、大変な、ご苦労をされましたね…』
『よく、訪ねて来て下さいました。』
『今、美味しいお菓子と、お茶を用意しますので、ゆっくりと椅子に腰かけて、街の様子を聞かせて下さいね。』
しばらくすると、美空が皿に、出来立ての桃パイを乗せて、テーブルへ出して来た。
『うぁー♪、美味しそうな桃のパイだぁー!!』
ミニヨンが、待ちきれずに、一枚、パクリと桃のパイを頬張った。
『ミニヨン。お行儀が悪いですよ!』
母の叱る声に肩を竦めるミニヨン。
それを、横目で眺めながら、エスポアールがクスリと笑った。
『ミニヨンちやんは、とても元気のある女の子だね~♪』
場が和んだところで、徐にエスポアールが街の様子を語り出した。
『王都は今、ロゴス帝国の侵攻を受けて悲惨な状況です。』
『度々、空から戦闘機や爆撃機が現れては、ドローンミサイルや、爆弾で街を破壊しています。』
『何の罪もない人々が、怪我をしたり、家族を失ったり、命を落としたりしています。』
『ボクの、祖父もドローンミサイルの攻撃を受けて行方知れずです。』
『生きて いるかどうかも、わかりません。』
『そんな中でも、各地から集まった有志の人々が民兵軍を組織して、立ち向かおうと必死になっています』
『多分、ご主人様も、この民兵軍に入って戦っておられるのではないでしょうか。』
『よろしかったら、ご主人様のお名前を、お聞かせください。』
『何か思い当たる節を、お伝え出来るかも知れません。』
美空はお茶をエスポアールに、すすめながら話した。
『私の主人は天人という名前です。』
『ご存じかしら?』
エスポアールは、驚いた表情で、返事を返した。
『その方は、民兵達の間で、北風の天使と呼ばれていますよ。 』
『詳しい事は、分かりませんが、民兵達が噂をしていました。』
『なんでも、高い塔の上から、落ちてきた、預言者ヨブを救い上げた天使がいると、もっぱらの評判です。』
美空は近くに立って話を聞いていたミニヨンを、抱き寄せて顔を優しく撫でながら呟いた。
『あなたのお父様は、太陽神の
お使いなのよ…』
『お父さん! 元気でよかったー♪』
ミニヨンの無邪気な、声が夕日を受けて煌めく湖のテラスに響き渡った。




