桃源郷へ忍び寄る戦禍~真理(セオ)の尖塔(オベリスク)特異点からの始まり。04
ロイヤル三世、治世暦、四年【AB-04】
《桃源郷》
仲の良い兄妹、翔と花。
今日も、いつも日課となっている、桃源の丘への散歩に来ていた。
ミニヨンは、見通しのよい場所へ車椅子を移動した。
『おにーちゃん、ここなら、遠くの方まで見えるね~♪』
桃源郷の丘の上からは 、梟の森の向こう側、王都エマールの空まで見通すことができた。
(((ドドーン……ドドーン)))
山々にコダマする、大砲の大音響が桃源郷にも届いた。
『花火かな~☆』
ミニヨンは、背伸びをして王都の空を頻りに見ている。
ブァンは、王都エマールの空を飛び交う帝国の戦闘機が、次々に黒煙を吹き墜ちていく様を、遠目で見ていた。
『家に帰ろう……母さんが心配するといけない。』
ミニヨンは兄のその声に答えて軽く頷いた。
帰宅を急ぐ二人が桃源の丘を下って行くと、道の傍らに、ひとりの青年が横たわっていた。
見るところ、服はボロボロに擦りきれており、遠くから来たことが分かった。
『巡礼者かな?』
ブァンがミニヨンと顔を見合わせて言った。
『すみません……もう二日間、何も口にしていません。食べ物があったら、分けていただけないですか……』
青年は、弱々しい声で二人に語り掛けた。
ミニヨンは青年に駆け寄り、バックの中から、食べずに取って置いたサンドイッチを取り出し与えた。
サンドイッチを貪るように食べる青年。
ミニヨンは青年に、水の入った水筒を手渡しながら訊ねた。
『あなた、お名前は?』
『どこから、何のために桃源郷へ来たの?』
青年はサンドイッチを食べ終わると、水筒の水を飲み干し一息吐いてから、話し出した。
『ボクの名前はエスポアール』
『桃源郷に来たのは、救世主を探して、王都を救ってもらうためなんだ。』
『今、王都エマールは、帝国の侵攻を受けているんだ。』
『都の民は、毎日、不安な日々を過ごしている。いつ、帝国の奴等に捕まって、連れて行かれるか分からない。』
『さっきの、大きな爆音も、王都エマールからのものだと思うよ……』
ミニヨンは、エスポアールの話を聞いて、こぶしを握った。
『ゆるせなーい!弱い者いじめする奴等!』
『わたしが、きゅーせしゅ、探してあげるー!』
ブァンが、エスポアールに話し掛けた。
『ボクの父さんも、帝国との戦いに参加すると言って家を出て、だいぶ経つんです。』
『よかったら、家に来て、都の様子を母にも話して聞かせてください。』
『わたしからも、おねがいしまーす!』
ミニヨンがペコリと頭を下げた。
エスポアールは、車椅子の取っ手を握り、頷いた。
ミニヨンが車椅子の前を小走りして、スキップしながら、道案内をかってでた。
ミニヨンの、首から下がるペンダントが夕日を受けて煌めいている。
太陽と月 、そして12の星。 中央の玉座に鎮座する救世主と、傍らで右手を高く翳す女神。
その刻印の意味を知る日は、まだ遠い。
時の糸車は、三人の運命を乗せて、まさに今、回り始めた。
…………………………………………………………☆
大陸の北の端……
《真理郷》の跡。
真理郷跡は、北の中心地という痕跡は、もはやなかった。
郷のシンボルである真理の尖塔は原住民から、帝国側へと移る。
言葉帝国は、それ以降、真理言葉帝国と名乗り北の王者としての立場を誇示した。
彼らが真理の尖塔には空爆をおこなわなかったのには深い理由がある。
この真理地が、畏怖の念を持って先祖代々渡り、崇敬の念を受けた来た特異点だったからである。
この世に存在する二つの特異点。
桃源郷の大桃木の地。
真理郷の真理尖塔の地。
だれも、この地の領域を侵すことは許されなかった。
何故ならば、この掟を守らぬ国や街、村落は必ず滅亡したからである。
その真理の尖塔の前に集う四人の影があった。
妖しげな炎が尖塔の傍らに備えられた釜戸から立ち昇っていた。
備えられた祭壇の前に立つ月読みの巫女が厳かな声祈る。
『創造主の業の始まり、リベルは天から落とされた。』
『リベルはデニモス(反逆者)と呼ばれ創造主から遠く離された。』
リベルに使える者たちもフラムと(炎の魔物)と呼ばれ天より追放された。 』
『創造主の業に対する冒涜は即ち滅びを意味する。』
『リベルと呼ばれる者は、かって創造主と共におり多くの聖の中でも大きな力を与えられていた。』
『しかしリベルは創造主の愛に不信感を抱き自ら反逆者となった。』
『その強大な力のゆえにリベルは高慢な思いを自らの内に宿し創造主に敵する者となり魔王となった。』
『闇の教典には、こう記されている。』
月読みの巫女はパタンと闇の教典を閉じ傍らにいる孫の王宮詩人ヘンリーに訊ねた。
『この魔王とは……誰のことで、今、どこにいるのか、お前にわかるか……』
ヘンリーは、父の黒子爵ロィヤと母のルージュリアンへ視線を送った。
まだ少年のヘンリーには、全てを理解することは、できなかつた。
月読みの巫女は、ヘンリーの頭に手を置いて話した。
『ヘンリーよ、答えを知りたいか?』
ヘンリーは、巫女の目を見て深く頷いた。
『お前は国母ソフィアのお伽噺をしているゆえ王座の間に入ることも容易であろう。』
『魔剣、サザンクロスを、この婆の所へ持って来てくれぬか。』
『そうすれば、お前の謎も解ける…』
ヘンリーは巫女に頷き、母のルージュリアンのもとへ駆け寄った。
ルージュリアンは、夫のロィヤのもとへ、ヘンリーを連れて寄り添った。
遠くの方から馬車の車輪が軋む音が段々と大きくなって聞こえきた。
『姉上!、馬車の用意が出来ましたよ。』
((ヒヒヒヒーーーーン))
馬の手綱を強く引くシャーマンのラビの姿。
ラビが、姉の巫女に声を掛けて馬車を停めた。
ヘンリーを馬車へと案内するルージュリアン。
『母上、父上……お婆様。』
『しばしの、お別れでごさいます。』
シャーマンのラビが走らせる馬車はヘンリーを乗せ暫く走ると、大跳躍してその場から一瞬にして姿を消した。
ルージュリアンが、ポツリと呟く。
『次、会えるのはいつになるのか……』
真理の尖塔で祈祷を終えた三人は再び、それぞれの目的の地へと別れて行った。
…………………………………………………………☆




