VOL.06:新しい日常の幕開け
峻佑がちひろとみちるとの同居生活をすることになってから一夜が明けた。
「そろそろ起きる時間か……?」
峻佑は眠い目をこすりながら時間を確認しようと目覚まし時計に手を伸ばした。すると、コツン、という目覚まし時計の硬い感触ではなく、むにゅっ、という何か柔らかい感触が伝わってきた。
「ん? なんだ、この柔らかいモノは……?」
峻佑が手を動かしつつも顔をそちらに向けると、なぜかちひろがいて、彼が触れていたのは彼女の胸だった。
「な、なんでちひろがここにいるんだ? しかも、なんでオレのワイシャツを着てるの!? おまけにだぶだぶだし!」
峻佑は一気に目が覚め、ベッドの上の布団から飛び出すと、ちひろの格好にツッコミを入れた。
「あ、峻佑くん、起きたんだ。おはよー。この格好は、昨日の夜寝る前にパジャマに紅茶をこぼしちゃって、シミになっちゃいそうだったから脱いですぐに洗濯して、代わりに着るもの探してたらちょうどそこにシャツがあったから借りたの。断ろうと思ったらもう峻佑くん寝てたし……」
ちひろは峻佑に事情を説明した。
「はぁ……魔法使いだったらそのくらいなんとかなるんじゃないの?」
峻佑は頭を押さえてため息をつきながらたずねた。すると、
「あ……あまり普段は魔法なんて使わないから使おうとも思わなかったわ。そうよね、使えば簡単だったわよね……」
ちひろは今になって気づいたようで、舌を出して笑った。
「まあ、それはいいとして、なんでここに寝てたの? たしか、昨日隣の空き部屋使うように言ったよね?」
まだ頭が混乱している峻佑はうろたえながらちひろに訊いた。
「うん、隣の部屋で寝たよ。それで、今朝は早く目が覚めたから起こそうと思って峻佑くんの部屋に来たんだけど、寝顔見てたら起こすに起こせなくって、いつの間にかあたしまで寝ちゃってたみたい」
ちひろは事の真相を峻佑に話した。
「あのー、お姉ちゃん、峻佑くん、お取り込み中のところ悪いんだけど、早くしないと学校遅れるよ?」
後ろからみちるが声をかけてきたので、峻佑が時間を確認すると、いつの間にか時計は8時を回っていた。
「うっわ、ヤバい! とにかく着替えなくちゃ! って、見てないでちひろもさっさと準備しなくちゃ! あとついでに、オレのワイシャツ返してー!」
峻佑は慌てて着替えようとしたが、部屋の中でボーっと立って峻佑の着替えを見ようとしている2人に気づくと、ワイシャツを取り返して部屋から放り出した。
「別に見られたって減るものじゃないんだからいいじゃない……」
ちひろのつぶやき声がドアの向こう側から聞こえていて、峻佑は苦笑いを浮かべていた。
「よしっ、まだ急がなくても普通に間に合うな。2人とも、行こうぜ」
準備を終えた峻佑はちひろとみちるに声をかけて家を出た。
3人が学校についたのはちょうど予鈴が鳴り始めたときだった。
「ふう、なんとか間にあったな」
峻佑はほっと一息つくと、
「あ、私5組で隣だから、また後でね」
「ああ、後でな」
1人だけクラスの違うみちるを見送り、峻佑とちひろは4組の教室に入っていった。
「よう、コータロー。中学のときは遅刻魔だったお前が早く来てるなんて珍しいじゃねーか」
峻佑は耕太郎を見つけると、近づきながら話しかけた。
「うるせぇ、オレだって高校になりゃ変わろうと努力するさ。まあいい、昨日はどこで何をしていた?」
耕太郎は急にマジメな表情になって峻佑にたずねた。
「昨日か? 教室を出るときにお前に言ったとおり、ちひろやみちると10年ぶりの再会を祝してのんびり話し込んでいたぜ。最初は校舎裏にいたけど、落ち着かないからすぐにオレの家に移動した。なんだ、まさかオレを探してたのか?」
峻佑が耕太郎の質問に答え、答えの分かりきっている質問を逆にぶつけてやると、
「ああ、そのまさかだよ。お前だけに学年のマドンナを独占させるわけにはいかないからな。クラスに残ってた男子の何人かとずっとお前を追っていたよ。校舎裏も見たけどお前たちがすでに帰った後だったようだな。ちっ、残念だ……って、ちょっと待て。今お前真野さんのこと呼び捨てにしたか?」
耕太郎は苦笑いしながら答え、そこで峻佑の話に気になる点があることに気づいてたずねた。
「ん? したけど、それがどうかしたか? 言っておくが、本人たちがそう言ってきたんだからな」
峻佑は平然とそう言ってのけることで耕太郎の反論を封じた。と、そこで本鈴が鳴り、担任の脇野が入ってきた。
「じゃあ、今朝のHRはここまでだ。あ、真野、ちょっといいか?」
HRが終わるなり、脇野がちひろを呼んだ。
「あ、はい。なんですか?」
ちひろが返事をして脇野のところへ行くと、
「入学手続のときと住所が変わったと保護者のかたから連絡があったんだ。ただ自分たちは事情があって家を空けてるから本人に聞いてくれと言われてな、そこを確認しておきたいんだ」
脇野はちひろに新しい住所を訊いた。
「ええ、入学手続のときはまだ住所が松海市河原町5-1でしたけど、そこからだと通学には不便だということに気づいたので、小さいころに住んでいた竹崎市内の家に戻ってきたんです。
そこの住所は竹崎市本町3-2ですけど、両親が家を空けてしまってあたしとみちるしかいなくなってしまって物騒なので、昨日の夜からその家の隣に住んでいる市原くんの家にお世話になっています。
そういうわけなので今の住所は市原くんと同じ竹崎市本町3-1になります」
ちひろはさらっと現在の事情を脇野に伝えた。
「え?」
脇野はちひろの言ったことがすぐに理解できず、考え込んでいた。代わりに、
「な、なんだと!? それじゃいま真野さんは峻佑と同居しているのか!?」
話が聞こえていたのか、耕太郎が峻佑を指差しながらものすごい反応を見せた。
「ええ、そうですけど、なにか?」
ちひろは笑顔で返した。
(こりゃ何かとまずそうだ……逃げるが勝ちだ)
峻佑は耕太郎たちの視線がちひろに向いている間に教室から脱出しようとした。
「おっと、どこへいく、市原?」
5組でもおそらくみちるが同様の説明をしたのだろう、騒ぎになるなかで、川原を中心とする5組の中のMMM構成員たちが4組の峻佑に事情を聞こうとしてやってきていた。
「峻佑、とりあえず事情を説明してもらおうか? 場合によってはボコるけどな」
耕太郎率いる4組のMMM構成員たちも峻佑が逃げようとしていることに気づいて彼を取り囲んだ。
「別にたいしたことじゃない。ちひろたちの引っ越してきた家がオレの家と隣同士で、互いの両親が出張や旅行で出かけていなくなっちまったから、助け合いのために一緒に過ごすことにした、それだけのことだ。なにか文句でもあるか? やましいことは何ひとつとしてないぞ」
峻佑は耕太郎たちに事情を説明した。
「なるほど、そういうことだったのか。この……うらやましすぎるぞ――っ!」
耕太郎はそう叫ぶと、峻佑に殴りかかってきた。それを合図に川原や他のMMM構成員も手を出し始める。
「お、おいっ! 何をするんだ!?」
峻佑は必死に抵抗しながら彼らにたずねる。
「うるさいっ! てめえみたいな果報者はおとなしく殴られてろ!」
結局、その後しばらく峻佑とMMMの小競り合いは続いたのだった。
「……峻佑くん、大丈夫?」
しばらく峻佑にとっては多勢に無勢の殴りあいをした結果、ボロ雑巾のようになった峻佑にちひろが話しかけた。
「じ、事態をややこしくした張本人が何を言うか……」
峻佑は息も絶え絶えにそう言うのがやっとだった……
いよいよ本格的に動き出した物語。
今後の展開はどうなっていくのか?
今週も、読んでいただきありがとうございました。
また来週、お会いしましょう。