EPI.01:Epilogue/耕太郎
峻佑がちひろと交際を始めたあと、耕太郎は――
峻佑とちひろが交際を始めてから数ヶ月が過ぎ、街はすっかりクリスマス一色。もちろん、正式に交際を宣言した峻佑たちも、多分にもれず、来たるクリスマスに向けて、放課後のホームルームが終わったあと、2人で予定を立てていた。
「はあ……今年も結局俺はひとりか。去年までと違って、峻佑やクラスの男子連中とバカ騒ぎとかも無理そうだしな。しゃーねえ、今年はひとり寂しく過ごすとするかね……」
そんな甘々な雰囲気を教室中にまき散らしている峻佑たちを横目に、耕太郎はため息をついた。周りのクラスメートたちは、もはやこの2人に何を言っても無駄だと言わんばかりに、呆れた表情で「へっ、ごちそうさまでした」などと言いながら、そそくさと教室を出て行った。
「さて、俺も帰るかな。幸せな2人を見ていても俺に幸せが来るわけじゃねーし」
耕太郎もカバンに荷物を詰め込み、峻佑たちに「じゃ、また明日な」と声をかけて教室を後にした。
耕太郎が自転車に乗って校門を出た、そのとき。
「おーい、沢田く〜ん! 待って〜!」
耕太郎は後ろから呼び止められ、自転車を止めて振り返った。すると、そこには――
「良かった、気づいてくれた! ねえ、沢田くんもいま帰るところでしょ? 途中まで一緒に帰らない?」
耕太郎を呼び止めて走ってきたのは、なんとみちるだった。
「あれ、みちるさん。どうしたんです? いつもなら峻佑やちひろさんを待ってるんじゃ?」
耕太郎はびっくりして、みちるにたずねた。
「う、うん。いつもはそうなんだけどね、時々は2人っきりにしてあげるようにしてるの。で、私1人だと、なんとなく寂しくて、今日は誰を誘おうかなって思ってたところに沢田くんが見えたから、追いかけてきちゃった」
みちるは、走ってきたせいで少し乱れている息を整えながら、耕太郎に理由を話した。
「そうなんですか? 俺はてっきりいつも3人一緒だと思ってましたが」
耕太郎は意外だという顔でみちるに告げた。
「そっか、沢田くんはいつも私たちより早く学校を出るものね。2人が付き合い始めるまでは、ほとんどいつも3人一緒だったけど、この数ヶ月は大体週に1回か2回くらいは、2人っきりにしてあげるようにしたの。もちろん、2人には適当に理由をつけて、本当のことは言ってないけど、気づいていると思うわ。さ、立ち話しててもしょうがないし、行きましょっ」
みちるはそういうと、自転車を押して歩く耕太郎とともに歩き出した。
「そういえば、途中までって言ってましたけど、みちるさんも峻佑の家に暮らしているから、完璧に同じ方向ですよね?」
耕太郎の家は、峻佑の家と同じ方向だが、峻佑の家より少し遠いので、自転車通学をしている。同じ方向にも関わらず、わざわざみちるが“途中まで”とつける理由がわからなかった。
「あ、うん。今日は私が食事当番だから、一度駅前のスーパーに寄って、買い物をしていかないといけないのよ。だから、駅前との分かれ道まで、一緒に帰る人がいてほしかったの」
みちるはひとつ頷くと、耕太郎に理由を告げた。
「そういうことでしたか。納得しました」
耕太郎がなるほどと納得したところに、携帯が鳴った。どうやら母親からのメールらしい。
「ん? おっちょこちょいだな……母さんは。っと、途中までじゃなくて、俺も一緒にスーパーに行くハメになりましたわ。母さんが買い物し忘れたものがあるとかで、買ってくるように頼まれたので」
耕太郎は苦笑しながら、みちるに自身も一緒にスーパーに向かうことを話した。
「そっか、それじゃ、一緒に行きましょっ! あ、そうだ。ずっと気になってたことを聞いてもいいかな?」
みちるは嬉しそうに言うと、急にマジメな顔になって耕太郎にたずねた。
「なんですか? 俺に答えられることなら、答えますよ」
耕太郎は急に改まったみちるを不思議そうな顔で見ながら、頷いた。
「うん、ズバリ聞くけど、沢田くん、私や姉さんに対してだけ敬語になるけど、なんで? 私たち、同級生なんだから、あまり敬語使ってると他人行儀で変だと思うな」
みちるはずっと思っていたのだろう疑問をついに耕太郎にぶつけた。
「ああ、この口調ですか。たしかに、普段の俺からは想像つかないですよね。でも、やっぱり俺にとってちひろさんにしろ、みちるさんにしろ、憧れの対象、学年のアイドルなんですよ。そんなアイドルに、普通の口調で話しかけるなんて俺には無理です」
耕太郎は、照れているのか、半分顔を背けながら理由を話した。
「そんな理由だったんだ……でも、私たちは別にそんなアイドルみたいな存在じゃないから、もっと普通に接して欲しいと思ってるんだよ。以前は、MMMがあったから、抜け駆け禁止条約とかもあったんだろうし、なかなかできなかったかもしれないけど、もう解散した今なら、どんな呼び方しても、誰に咎められることも無いわ。だから、普通に峻佑くんとかと話すような感じで話して欲しいのと、あとできれば、さん付けじゃなくて、みちるちゃんとかって呼んでほしいかな」
みちるは耕太郎の話した理由を聞いて、呆れたような顔をして、やめるように頼んだ。
「わかりまし――あ……わかった。努力するよ。みちるちゃん」
耕太郎はついクセで敬語が出そうになったが、ハッと気づいて言い直した。
「うん、やっぱりみちるさんって呼ばれるよりは、みちるちゃんのほうがいいわ。これからもよろしくね、耕太郎くん」
みちるはうんうんと頷きながら、笑顔で耕太郎を初めてファーストネームで呼んだ。
「あれ、いまみちるちゃん、俺のことを下の名前で……ま、いっか」
耕太郎はちょっと気にはなったが、いつの間にか駅前のスーパーに到着していて、みちるが先に入って行ってしまったので、自転車を止めて後を追いかけていった。
「それじゃ、またね、耕太郎くん」
それぞれの買い物を終え、市原家の前でみちると別れるときに、みちるはやはり耕太郎をファーストネームで呼んだが、耕太郎がそれを指摘する間もなく、みちるは鼻歌を唄いながら家の中に消えていった。
それからまた数日が過ぎ、気がつけば日付は12月17日。クリスマスまであと1週間と迫っていた。
数日前の一件から、みちるはよく耕太郎に絡んでくるようになった。端から見れば、まるで2人が付き合っているように誤解されても仕方ないほど一緒に居たが、1回だけ指摘されたとき、耕太郎が「そんなことあるわけない」と全力で否定し、周囲を黙らせていた。だが、そのとき耕太郎は気づかなかった。教室の外でそれを偶然聞いていて、寂しそうな顔をしたみちるに――
12月22日。終業式のこの日、耕太郎は再びみちると一緒に帰っていた。一応、12月に入ってよく一緒に帰るようになった耕太郎はみちるが彼をファーストネームで呼ぶようになった理由を聞いていた。――単に、そう呼びたくなっただけ、それに、耕太郎には自分をファーストネームでのちゃん付けを要求しているのに、自分だけ他人行儀な呼び方するのはダメだとも思ったから、とみちるは耕太郎に話していた。
「耕太郎くん、成績どうだった?」
いつものように耕太郎は自転車を押し、みちると並んで歩いている。そんな中、みちるが耕太郎にたずねた。
「1学期とほとんど同じ。良くも無く、悪くも無く。体育だけは相変わらずよかったけど。そういうみちるちゃんは?」
耕太郎は通知表をみちるに見せ、苦笑しながら話した。
「うーん、私も今回少し上がったとはいえ、そんなに良いほうじゃないんだよね。いくら魔法使いでも、学業でズルをするようなことだけは絶対しないって決めてるから。ズルをしていい成績とっても、なんにも嬉しくないしね」
みちるもまた苦笑して、自分の通知表を耕太郎に見せた。
「……これでどこがあまり良くないって言うんだか。十分いい成績じゃん。ズル無しでこれだけ取れれば、誰も文句は無いと思うんだけどなぁ」
耕太郎は渡された通知表を見て、一瞬絶句した。そこには、10段階評価のうち、7〜9ばかりが躍っていたのだ。
「それでも、姉さんに負けてるのが悔しいの。だって姉さん、1学期の通知表、8より下がなかったのよ。今回、私も頑張って成績上げたけど、姉さんのことだから今回オール10とかたたき出してきそうなのよね。まったく、双子の姉妹なのにこうも違うと、比べられる出来の悪い妹はツラいわ」
みちるが頬を膨らまして少し拗ねたような声で話した。と、そのとき。2人の行く先に数人の男が立ちふさがった。
「何かご用ですか? 私たち、あなたがたとは面識はないはずですが」
進路をふさがれてやむなく立ち止まったみちるが、丁寧ながらもトゲのある言葉で男たちに問いかける。
「キミ、かわいいよね? どう、俺たちとお茶しない?」
「そうそう、そこの野郎はいらねえから、とっとと彼女置いてどっか行っちまいな」
などと、好き勝手言いながら男たちがみちるの腕を掴もうとする。だが、その手を耕太郎が遮って振り払った。
「わりいが、俺たちのアイドルにあんたらみてえなのは釣りあわねえな。お引取り願おうか」
耕太郎はみちるを自分の身体の後ろにかばうように立ち、男たちをにらみつけながら言った。
「あん? なんだてめえ……ヤローには用はねえって言ってんだろうが!」
男たちの1人があっさり激昂して耕太郎に殴りかかり、耕太郎は顔面を殴られその場に膝をついた。
「へっ、要求が通らないとすぐ殴る、そんなサル以下のアホについていくほど彼女はアホじゃねえ、さっさとどっか行ったほうが身のためだぜ」
耕太郎はゆらりと立ち上がると、なおも男たちをにらみつけて強がってみせた。
「ってか、てめえはそこの子の彼氏か? だとしたら、てめえも釣り合ってるとは思えねえぜ」
男たちのリーダー格で、いま耕太郎を殴った男が逆に耕太郎に尋ねた。
「お前らの目は節穴みたいだな。俺は別にみちるちゃんとはつきあってなんかいねえ、ただの友達だ。俺が彼女と釣り合わないことくれえ、とっくの昔に理解してんだよ!」
耕太郎は静かに話していたが、最後の部分を思いきり叫ぶと、勢いをつけて目の前にいた男を殴り飛ばした。不意をつかれた男はそのまま後ろに吹っ飛び、他の男たちをも巻き込んで倒れた。
「こ、この……クソガキ……!」
殴られた男はふらつきながらも立ち上がると、ポケットからバタフライナイフを取り出し、刃を出して耕太郎に向けた。
「お、おい。さすがにそれはマズくないか?」
完全にキレている男を、比較的冷静な別の男が止めようとしたが、
「うるせえ!」
ナイフを持った男は止めに入った男を振り払い、そのまま耕太郎に突撃した。
(くっ、避けるのは簡単だけど、ここで俺が避けたら、間違いなくみちるちゃんが危なくなる)
一瞬の判断の後、耕太郎はみちるをかばうため、自らナイフ男にタックルを仕掛けていった。
「耕太郎くん!」
危険を察知して悲痛な叫び声をあげるみちる。それをかき消すように、ナイフ男の怒声が響く。
2人の姿が交錯した直後、それまでの喧騒がウソのように辺りは静まり返っていた。耕太郎と男は、すれ違うように交錯したあと、数メートルの距離を置いて互いに背を向けて立っていた。
「耕太郎くん! 大丈夫!?」
みちるが慌てて耕太郎に駆け寄る。その時に、ナイフ男の手元が気になって見ると、その手に持っていたはずのナイフはなく、男は何が起こったか理解し切れていないのか、放心状態だった。
「ああ、大丈夫。心配いらないよ。交錯したときに軽く切られたけど、傷は浅く、ナイフは蹴り飛ばしたから」
耕太郎は足を少し切られたようで、わずかに血のにじんだ足を指して言ったが、何事もなかったように振る舞っていた。と、そのとき、耕太郎が蹴り飛ばしたナイフが刃を下にしてアスファルトの路面に落ち、刃が砕け散った。
「それじゃ、帰ろうか。一応、送ってくよ。ああ、そこのあんたら、そこで放心してるやつをちゃんと連れて帰ってやれよ」
耕太郎はみちるにそう言って歩き出したが、ふと気づいて振り返ると、男たちに忠告して、その場を後にした。
12月24日、クリスマスイブ。耕太郎は特に予定もないので、自宅でゴロゴロしていた。と、知らないアドレスからメールが届いた。首を傾げながら、耕太郎がメールを開くと、
『峻佑くんからアドレスを聞いてメールしました。みちるです。もし、今夜ヒマだったらでいいんだけど、うちでクリスマスパーティーをするから、来てください。一応、返事をくれるとうれしいな』
メールはみちるからで、クリスマスパーティーへのお誘いだった。
「マジかよ……! どうせ予定なんか最初っからないし、行くっきゃないだろ。おっと、返信しておかないとな。『メールありがとう。ぜひ、行かせてもらうよ』……よし、これでOKだな」
耕太郎は返信を済ませると、手土産くらい持ってくかと思い立ち、駅前までケーキを買いに出かけていった。
そして夕方、耕太郎はそれなりにしっかりした服を着て、市原家に赴いた。
「おう、コータロー。ま、とりあえず上がれよ」
どうやらみちるは峻佑にもちゃんと話していたようで、峻佑は何も言わずに居間へ通した。
「あ、いらっしゃい、耕太郎くん」
パーティーの準備をしていたみちるが、居間に入ってきた耕太郎に気づいて笑顔で言った。
「あ、わざわざ呼んでくれてありがとな。これ、土産だ。あとで食べようぜ」
耕太郎はそんなみちるの笑顔が眩しく感じ、少し目をそらして持ってきたケーキの箱を手渡した。
「あ、ありがとう。でも、気を使わないでも良かったのに」
みちるは箱を受け取って、冷蔵庫にしまいながら話した。
「せっかくのクリスマスで、わざわざ呼んでもらったのに手ぶらはないと思ったからな。あまり深く考えないでくれよ」
真正面から礼を言われて、耕太郎はさらに照れて顔を赤くするのだった。
「メリークリスマス!」
4人の声が重なり、パーティーは始まった。
「あ、これおいしいな」
料理に手を付けた耕太郎が一口食べて、感想を漏らす。
「ホント!? あまりこういうのは作ったことがなかったから、ちょっと不安だったんだ」
みちるが笑顔で喜んだ。
「な〜んか、最近みちると沢田くん、急接近って感じかひら〜?」
そんな中、急にちひろが口を開いた。だが、いつものちひろとはどこか口調が違っていた。峻佑が妙に思ってちひろの手元を見ると、いつの間にかシャンパンのビンをひとりで3本も空けてしまっていた。
「ちひろ、まさかシャンパンで酔っぱらったか?」
峻佑が確認するように訊ねると、
「だーれが酔っぱらってるって〜? あたひはぜーんぜん酔っぱらってなんかいまひぇんよ〜だ」
ちひろはトロンとした目で峻佑を見つめ返して答えた。
「はぁ……明らかに酔ってやがる。ちひろ、もうそれ以上飲むな」
峻佑はため息をつくと、なおもシャンパンを注ごうとしてるちひろの腕を掴んで止め、シャンパンも取り上げた。
「なにすんのよぉ〜、あたひのシャンパン、返ひてよ〜」
ちひろはすでに呂律の回ってない状態で、峻佑からグラスを取り返そうとした。しかし、とっさにみちるがちひろの足を引っかけ、転ばせた。
「全く、姉さんの酔いやすさは変わらないみたいね。小学生のころ、同じようにシャンパンを飲んで酔っぱらって、魔法を暴走させたことがあったのよ。しかも次の日には全く覚えてなかったし。これじゃあ、パーティーは早くもお開きね。峻佑くん、姉さんは任せたわよ。部屋に連れ帰って寝かせてあげて。私は耕太郎くんを送ってくるわ」
みちるは思い出話をしたあと、峻佑にちひろの面倒を託し、自分は耕太郎を送ると言って、支度を始めた。
「みちるちゃん、俺なら別に送ってもらわなくても、大丈夫だよ。それに、逆にこないだみたいなチンピラに狙われないとも限らないしさ」
耕太郎は帰り支度をしながら、みちるの申し出を丁重に断った。
「大丈夫、もしまたあんな人たちが出てきたら、魔法で撃退するから。ホントはこないだもやろうと思ってたんだよ。それに、せっかく来てもらったのに、姉さんのせいでパーティーがメチャクチャになっちゃったんだし、送らせてよ」
みちるはサラッと物騒なことを言ってのけ、頑として譲らなかった。
「わかったよ。じゃあ、行こうか」
結果的に耕太郎が根負けし、2人で市原家を出た。
「ところで、そんな格好で寒くないの?」
自転車を押しながら、耕太郎は横を歩くみちるにたずねた。みちるは、さっきまで暖かい室内にいたのと大差ない、かなりの薄着で出てきていて、見るからに寒そうだった。
「大丈夫、たいしたこと無いよ。……くちゅんっ!」
みちるは強がってみたが、ごまかしきれずくしゃみが出てしまった。
「やっぱり寒そうだな。これ、着なよ。わざわざ送ってもらって、風邪を引かせでもしたら申し訳ないし、あとで峻佑やちひろちゃんになんて言われるかわかったもんじゃないからな」
耕太郎はさっと自分のコートを脱ぐと、みちるにかけてあげた。
「あ、ありがと……あったかい」
みちるは素直に受け取ると、暖かさに笑顔がはじけた。
それからしばし2人とも無言のまま歩いていき、もう少しで耕太郎の家に着こうかというとき。
「あのさ……」
「ねっ、ねえ!」
突然、2人同時に互いに話しかけた。
「あ、いや、みちるちゃん、先にいいよ」
「ううん、耕太郎くんこそ、先に話してよ」
全く同じタイミングで話し出そうとしたことで、2人ともどこか照れてしまい、互いに譲り合っていた。
「まあ、ここで譲り合っててもしょうがないか。じゃあ、俺から言うよ。あのさ、俺、前々からちひろちゃんもみちるちゃんも両方かわいいと思ってたけど、本当はみちるちゃんしか見てなかったんだ。こんな日だから言えるけど、俺、みちるちゃんのことが好きだ。正直、俺なんかじゃみちるちゃんとはつりあわないかもしれないけど、俺と付き合ってくれないか」
耕太郎は顔を真っ赤にしながら人生初めての告白をした。
「耕太郎くん……ありがとう。私からの話、する必要がなくなっちゃったじゃない……」
みちるは、目尻に涙を浮かべて耕太郎に抱きついた。
「え、それって、OKってことなのか?」
耕太郎は自転車を手放してみちるを抱きとめ、遅まきながらたずねた。
「もちろんだよ。私もこの数ヶ月で耕太郎くんのことが好きになっちゃったんだから……!」
みちるは耕太郎に抱きついたまま答える。
「俺じゃ釣り合わないかもしれないけど、ホントにいいの?」
耕太郎はまだ不安なのか、なおもたずねる。
「もう! しつこいよ、耕太郎くん! 恋なんて、釣り合うとか釣り合わないとかそんなの関係ないんだよ。他の誰でもない、私自身が選んだ男なんだから、自信持ってよ!」
みちるは少し怒ったのか、頬を膨らまして拗ねたように、耕太郎の胸を指でつついた。
「そっか、これは夢じゃないんだな。改めてよろしくな、みちるちゃん、いや、みちる、って呼んだほうがいいかな」
耕太郎はようやくホッとしたように、みちるを抱きしめた。と、そのとき。
「あ、耕太郎くん、見て……」
耕太郎に抱きしめられたまま、みちるが上空を指差す。――雪が、降り始めていた。
「すごいな、ホワイトクリスマスか。でも、今日降るなんて言ってたっけ? もしかして……みちる、魔法使った?」
耕太郎はおお、と驚きながらも、ふと思ったのか、みちるにムードも何もない質問をした。
「……耕太郎くん、いくらなんでも、それはないんじゃない? 怒るよ?」
みちるは耕太郎から離れて、引きつった笑顔で言う。
「じょ、冗談だよ! ロマンチックでいい夜だねー」
耕太郎は慌てて手を振って冗談だと言ったが、みちるの冷ややかな視線に目をそらして後ずさりしはじめた。
「あっ、こら、待ちなさーい!」
ついにはみちるの無言のプレッシャーに負けて背を向けて走り出した耕太郎を追うようにみちるも走り出す。
小雪舞う中、できたてホヤホヤカップルの追いかけっこは、いつまでも続くのだった――