VOL.54:屋上の決戦(後編)
「みちる、頼みがある。こうしてほしいんだけど、できるか?」
峻佑は半ば無理やりジェンから主導権を取り戻すと、みちるに何やら耳打ちした。
「え? うん、できるけど……本気でやるの? 危なくない?」
峻佑の頼みを聞いて、みちるは驚いて確認した。
「ああ、いたってオレは本気だ。結構口に出すのは恥ずかしいが、フラールさんの魔法がダメだった以上、おそらく魔法ではなんともならない。それなら、もう《愛》の力しかないだろ。だから、頼む。オレにかけられるだけの魔法障壁を重ねがけしてくれ。その効果が続くうちに、オレはちひろを制圧する。失敗したらお陀仏か、ロウ固めのどっちかだ」
峻佑は改めて作戦を話したが、《愛》と言った部分で赤面した。
「……わかったわ。私ははっきり言って、姉さんより魔力は劣るから、姉さんが本気で撃てば一撃で障壁2枚は抜かれると思って。一応、10枚まで障壁は重ねがけできるけど、1発の直撃で2枚抜かれると考えると、防げるのはせいぜい4、5発が限界よ。だから、それまでに決着をつけてね」
みちるはしぶしぶ頷くと、峻佑に10回分の障壁をかけた。
2人の作戦タイムにちひろは一切攻撃しようとしなかったし、輝もどうせ何を企てても無駄だと思っているのか、攻撃命令を出そうとはしなかった。
「サンキュー、みちる。あとはとりあえずオレに任せて、自分の身を守っていてくれ。じゃ、行くぜ!」
峻佑はみちるに礼を言うと、ちひろめがけて床を蹴った。
「うおおおおお!」
鬼気迫る峻佑の表情に、最後の賭けに出たと見た輝が迎撃命令を出すまでもなく、ちひろは光弾を連射していた。一度わざと当たることで、どれほど障壁が削られるか試した結果、ちひろの光弾一撃でみちるの障壁は2枚消滅した。
(やっぱ直撃だと2枚削られるか。だとすると、あと直撃は4回までか……)
峻佑も無防備で特攻したわけではなく、一応用意していた木刀を魔力で強化してから突っ込んでいたが、どうにかちひろの光弾の軌道を逸らすのが精一杯だった。しかも、すでに3発木刀で受けたが、木刀にヒビが入り始めている。
(この調子じゃ木刀はあと2発くらいが限界だな。だけど、なんとかなるか?)
木刀で4発目を弾いて逸らした時には、もう峻佑はちひろの目前まで迫っていた。
さらに、ちひろの眼前、ほぼゼロ距離で放たれた光弾を木刀で弾いた瞬間、木刀は粉々に砕け散った。その破片の飛散で一瞬身体が強張ったちひろに、峻佑は最初で最後のチャンスと思い、強張ったちひろの身体を抱きしめた。
「ん――――!!」
正気のちひろなら喜んでいるだろう。事実、後方で見ているみちるがうらやましそうな表情をしていた。だが、今は輝の催眠のせいで峻佑を敵と認識しているため、彼を拒絶し、なんとか抜け出そうとしている。彼女の両手は峻佑が抱きしめるついでに押さえ込んで下を向いているため、ちひろは峻佑を攻撃することもできず、脱出しようと身悶えていた。
「ちひろ……頼むから正気に戻ってくれよ……」
そんなちひろを見て、峻佑は泣きたくなった。だが、グッと涙をこらえると、抱きしめるだけじゃダメという結論に達し、覚悟を決めた。
「ちひろ……」
峻佑は続けざまに名を呼ぶと、ゆっくりとちひろの唇にキスをした。――まるで眠り姫を起こす王子のように。
いったいどれほどの時間、キスをしていたのだろう。もしかしたら、全然時間が経っていなかったかもしれないし、数分くらいあったのかもしれない。峻佑にとっては永遠と呼べるような時間が流れ、彼はゆっくりと唇を離した。
この作戦が失敗すれば、もう後がないため、峻佑はいったん用心のためにちひろから離れて距離を置いた。当のちひろは、いつの間にか意識を失っていて、峻佑が離れたと同時に、その場に倒れこんだ。
「ちひろっ!」
峻佑は倒れこんだちひろを見るや否や、再びちひろに駆け寄り、その身体を抱き上げた。
「…………」
輝はそんなバカな、といった表情でその場に固まっていた。
「ん……?」
そして、ちひろが身体をもぞもぞと動かして、目を覚ました。
「おはよう、ちひろ。気分はどうだ?」
峻佑は一瞬だけ警戒したが、完全に開いたちひろの目を見て、いつものちひろだと確信し、笑顔で話しかけた。
「峻佑くん……ええええ!? な、なんであたしこんなことになってるの!?」
ちひろは気を失っていた時間が長かったせいで、最初、目の前にある顔が誰なのかわからなかった。少しして、ようやく自分をお姫様抱っこしている人物を認知して名前を呼んだが、その瞬間ボンッという音が聞こえそうなくらい顔が真っ赤になり、大慌てで手足をばたつかせた。
「お、おい、落ち着けって」
峻佑は暴れるちひろに、さっきまでとはまた別の意味で焦っていた。これ以上暴れると落としてしまうので、落とす前に優しく下ろしてやると、
「峻佑くん……助けに来てくれたんだね、ありがとう……」
ちひろはあたりを見渡して状況を確認すると、やっと落ち着きを取り戻したのか、目尻に涙を見せて峻佑に礼を言った。
「さて、無事にちひろも取り戻したことだし、帰るか」
峻佑はそんなちひろを背負って帰ろうとしたが、恥ずかしいと拒否されたので、彼女に肩を貸してやりながら、塔の階段を下りようと扉に手をかけた。
「峻佑くん、お疲れ様! さ、帰りましょ」
「うむ、魔法だけでは解決できない争いもあるのだということ、しかとこの目に刻み込んだぞ」
みちるや、フラールも口々にそう言って、峻佑の後に続こうとした。
「って、フラールさん!? あなたいつの間に復活したんですかぁ!?」
峻佑が驚いてフラールにたずねると、
「ん、おそらくチヒロが正気に戻ったときじゃろうな。目を覚ましたらシュンスケがチヒロを抱きかかえておったしな」
フラールはこともなげに答え、一行は屋上を後にしようとしたのだが――
「ちょーっと待ったぁ!」
ちひろが正気に戻ってからずっとだんまりを決め込んでいた輝が、突如として大声で4人を呼び止めた。
「なんだよ、まだ用があるのか? お前の言う、“最強の手駒”はもうこっち側に戻った。お前にもう味方はいねえぞ」
峻佑はせっかくの大団円な雰囲気を邪魔されて、不機嫌そうな表情を隠そうともせずに輝に吐き捨てる。
「うぐぅ……なら、ボク自身が戦うまでだ!」
輝はちひろを取り戻されたことに対し悔しげな表情をすると、懐から何かの薬を取り出して飲もうとした。と、そのとき。屋上の扉が内側からバタンという音を立てて勢い良く開いた。
「うらあああああ! 熱田はここか――――っ!」
屋上の扉を開けて出てきたのは、階下で輝に操られ、下僕扱いされていた耕太郎たち4人だった。4人は屋上へ飛び出した勢いそのままに、輝に飛び掛かり、4対1と集団暴行さながらに輝を殴り、蹴っていた。その際、輝が飲もうとしていた薬は、輝の手を離れ、塔の下へと落下していった。
「耕太郎、サル、種村、川原……お前ら、目を覚ましたのか」
その様子を見ていた峻佑がポツリとつぶやくと、思う存分輝を殴った4人が、ゆっくりと振り向いた。
「峻佑、それに、ちひろさんやみちるさんまで……いったいこれはどういうことなんだ? 放課後、急に熱田に話しかけられたと思ったら、その先のことがまったく思い出せず、気がついたらよくわかんねえ建物の中でこいつらと一緒に寝転がってるしよ。しかも時間はもう夜明け前って、この半日くらいの間に何があったのか、説明してくれないか」
耕太郎は峻佑たちの姿を見つけると、単刀直入に事情を聞いてきた。種村や川原も同様にお互いに顔を見合わせ、首をひねるばかり。一方、4人の中で唯一姉妹が魔法使いだと知っている猿義だけは、これが魔法がらみであると確信しているようだったが、それでも何が起こったかは気になるようだった。
「もう、こうなっちゃったら隠し通すことなんてできないよね。沢田くんたちはあたしたちのせいで巻き込まれたようなものだし。ゴメンね、みんな。それと、何を聞いても驚かないでほしいの」
ちひろは神妙な面持ちで4人に頭を下げると、自分たちの正体も含めて、事情をすべて話した。
「魔法、使い……ちひろさんたちが……?」
驚いて言葉も途切れがちな耕太郎に、ちひろは証拠として、先ほどまでの激しい戦いで発生した、瓦礫をその手の上で浮かして見せた。
「そっか……要するに、今俺たちがボッコボコにした熱田も魔法とやらが使え、その魔法がらみの組織がちひろさんたちを仲間に加えようとしてひと暴れし、その過程で俺たちが巻き込まれたってことか……」
耕太郎は全ての事情を知って、複雑な表情になっていた。おそらくは、操られていたとはいえ、親友の峻佑や、好意を寄せるみちるに襲い掛かったことを自己嫌悪しているのだろう。
「……まあ、いいか。たとえ魔法使いだろうがなんだろうが、ちひろさんはちひろさんだし、みちるさんもみちるさんだ。今までと何にも変わらない。もちろん、そのことを知ってて黙っていた峻佑を責めることなんてしない。俺たちは今までどおり親友だ」
しばらくいろいろ考え、百面相みたいになっていた耕太郎の顔が急に明るくなると、峻佑たちに笑いかけた。
種村や川原も、事実を知っても特に露骨な反応を見せることなく、8人に増えた一行は今度こそ、【ノアの箱船】の本部兼熱田邸を後にし、耕太郎たちをそれぞれの家までテレポートで送っていき、帰路についた。もううっすらと東の空が白み始めていた――
「ちひろ、話があるんだけど、いい?」
峻佑は帰ってくるなり寝てしまい、起きたころにはもう日が暮れかかっていた。ひとまず居間に降りていくと、みちるは買い物に行っていて外出中、ちひろが疲れた身体を癒すためにソファーで横になっていたので、あの話をしようと、正座して話しかけた。ちひろいわく、寝たには寝たが、どうも疲れが取れないらしい。
「うん、どうしたの? 急に改まって」
峻佑の雰囲気に、何かを感じ取ったちひろは、身体を起こしてソファーを降りると、峻佑に倣って床に正座した。
「あのさ、あの話なんだけど、オレ、答えを出したよ」
ちひろを正気に戻し、輝も叩きのめし、一件落着。
峻佑はちひろに想いを伝える――
次回、本編の最終話。
VOL.55:想いの決着
そして、耕太郎・委員長こと晴香のエピローグをまとめて掲載して完結となります。
9/10午前0時更新予定です。