VOL.53:屋上の決戦(前編)
「うおおおおおお!」
階下で輝に操られた耕太郎たちをフラールに任せた峻佑とみちるは、猛然と階段を駆け上がっていた。
「峻佑くん、前!」
後ろからついてくるみちるが、峻佑の前方で階段が終わり、扉があるのに気づいて指し示した。
「ああ! うおりゃあああぁぁぁ!」
峻佑は力強く頷くと、気合い一閃、扉を思いきり蹴り開けて屋上に飛び出した。
「――――!!」
屋上の端にちひろを横たえていた輝は、扉が蹴られる轟音にハッとしたように振り向くと、ゆっくりと立ち上がった。
「熱田ぁ! そこまでだ! ちひろを返してもらおう!」
峻佑がビシッと指を突きつけ輝に告げた。
「ついにここまで来てしまったか。だが、なるほど。やはりキミたちは優しすぎて級友は殴れないようだね。唯一級友ではない魔法使いに彼らを任せたというわけか。まあいい、時は満ちた。仲間、いやもっと言えば家族どうしで戦ってもらおうじゃないか」
輝がクックックと笑いながら言うと同時に、後ろで横たえられていたはずのちひろがゆらりと起き上がった。だが、その目からはいつものちひろらしい力強い眼差しは感じられなかった。
「ちひろ……!? 熱田、てめえまさか……!」
峻佑はすぐさまちひろの異変に気づき、輝を睨みつける。
「そう、そのまさかさ。素直に組織に協力してくれれば危害は加えないのに、どれだけ拷問を受けても頑なに拒否し続けたんだ。だから、気絶したあと、暗示をかけたんだよ。“市原峻佑と真野みちるは敵。幼なじみの少年や双子の妹なんかいないんだ”ってね。あーっはっはっは!」
輝は峻佑がどうか嘘であってほしいと思ったことを、至極あっさりと肯定し、高笑いをしていた。
「そんな! 姉さんが簡単に催眠術なんかにかかるはずないわ!」
みちるが必死に首を振りながら叫ぶが、
「簡単に効かないのはきちんと意識があるときに限ってだろうよ。むしろ意識を失った魔法使いは一般人より脆いもんだ。今の彼女はボクの命令を忠実にこなす、最強の下僕さ」
輝は冷静にみちるの言葉を否定し、その言葉を聞いたみちるは、実の姉とは戦えない、と戦意を喪失してしまったらしく、その場にへたり込んだ。
「みちる……! くっ、よりによってちひろと戦わねばならねえとは……」
峻佑はへたり込んだみちるの身を案じつつ、輝の隣に立って、いつでも戦える状態だと目が言っているちひろを交互に見つめた。
「さあ、存分に戦うといい。騒ぎになって警察が来ようが、彼女がいる限り何人たりとも怖くはないのだからな! それに、組織の構成員たちは雑魚でも一般人に負けるようなヤワな連中ではないからね。最強の手駒を手に入れた今なら、ボクたち【ノアの箱船】が最終目標とする世界征服の夢も実現できるだろう」
輝はまるっきり悪に染まりきった表情で高笑いしながら言うと、ちひろに攻撃命令を出した。それに対し、ちひろは無言で頷くと、峻佑たちに指先を向け、いつもの光弾を速射性の高い光線状にアレンジして、バチュンという鋭い音を立てながら放った。
「くっ、ちひろ……」
峻佑は戦意を失ってしまっているみちるを守らねばならぬと、とっさに手を突き出して障壁を形成したが、いくらジェンが憑いてるとはいってもしょせんは急造魔法使い。本物、しかも生前のジェンに負けず劣らず魔力の高いちひろの攻撃には耐えきれず、一撃で障壁は破壊され、なおも衝撃が峻佑とみちるを襲い、2人は背後にある今さっき開けて出てきた扉まで飛ばされ、激突した。
「ぐぅ……」
峻佑は背中を強打し、呻いた。
「あははは、手も足も出ないって感じだね。そっちの妹のほうや、市原君に取り憑いてる魔法使いの幽霊もこっちに渡してくれたらこれ以上無駄な戦いをすることなく楽になれるよ?」
ちひろの「一撃」を見た輝が笑いながら峻佑たちに事実上の降伏勧告を出してきた。
「はん、寝言は寝て言え。目の前にいる“家族”を取り戻すためにオレはここまで来たんだ。大事な“家族”を置いて逃げるなんてゴメンだね。ちひろは絶対に正気に戻してみせる!」
峻佑は背中の痛みに耐えて立ち上がると、輝に悪態をつきつつ、高々と決意を叫ぶ。と、そのとき。
「済まぬ、遅くなった! シュンスケ、ミチル! 無事か!?」
峻佑たちの後ろにある屋上の扉が勢いよく開き、階下で戦っていたフラールが合流した。
「どうやら級友たちはやられてしまったようだね。まあいい、たとえ仲間が揃ったところで、ボクの最強の手駒には勝ち目なんかないんだから、早く降参した方がケガしなくて済むよ」
輝は階下に残っていたフラールが来たことで耕太郎たちの敗北を悟ったが、ちひろがいる限り負けはないと絶対の自信を持っていた。
「むう、チヒロが敵に回ってると言うのはかなり厳しい状況じゃな。じゃが、コウタロウたちシュンスケの級友は皆正気に戻した。しばらくすれば目を覚ますじゃろう。チヒロに効くかわからぬが、今からコウタロウたちに使ったのと同じ魔法を使ってみる。1分でいい、時間をくれ」
フラールは峻佑に小声で囁くと、峻佑の後ろに下がって術式を準備しはじめる。
「何を企もうと、無駄だよ。今の彼女は全てを撃ち抜く。やるんだ」
訝しげな視線を向けてきた輝だが、ニヤリと笑うと、ちひろに再び攻撃命令を出した。それに合わせてちひろの光弾が鋭く放たれる。
「オレじゃ防御しきれねえ……」
半ば諦めつつも、少しでも衝撃を軽減するために障壁を張る峻佑。と、直後に障壁がもうひとつ張られた。峻佑が振り向くと、みちるが立ち上がって両手を突きだしていた。
「ゴメン、峻佑くん。姉さんが敵に回ったショックで自分を見失ってたわ。フラールさんが来てようやく気づいたの。操られて敵に回ったなら、ひっぱたいてでも正気に戻せばいいってね!」
みちるが峻佑に謝った直後、ちひろの光弾が2人の障壁に激突した。光弾と障壁は威力を相殺しあい、光弾が弾かれることも衝撃が峻佑たちに伝わることもなく、互いに消滅した。せっかく速射性に優れたスタイルにアレンジしたのだから、そのまま連射すればあっという間に決着はついていただろうが、輝は威力を相殺されたことにわななき、ちひろは現状は命令がないと攻撃する気はないようで、ただその場に立ち尽くしていた。
「待たせたな! チヒロよ、正気に戻れ! “魔法効果解除”!」
そこでようやくフラールの準備が整い、床面に手をついて呪文を唱えた。すると、立ち尽くしているままのちひろの足元に魔法陣が出現し、光の柱として彼女を包んだ。ここまでは先ほどの耕太郎たちと同じだったが、光が弾けて消える直前に、光の柱にピシッとヒビが入り、やがてヒビは光の柱全体に広がると、パリィンという音とともに砕け散った。
「くっ……失敗か。やはり我の魔力ではチヒロにはかなわぬか……」
フラールは悔しそうにその場に膝をつき、床を叩いた。と、そこにちひろが初めて輝の命令なしで動いた。予備動作なしで放たれた光弾はフラールを一瞬にして貫いた。
「かふっ……」
腹部を貫かれたフラールは声にならない声をあげ、その場に倒れた。と、倒れたフラールの体が妙な光に包まれ、固まってしまった。
「フラールさん!?」
慌てて駆け寄る峻佑たちに対し、操られた状態では初めてちひろが口を開いた。
「今の光弾は今までのとは違う、特殊弾。撃ち抜かれれば、ロウでコーティングされて一撃で戦闘不能になる。いまあたしが撃ち抜いた人は、意外に危険だと判断したから、しばらく眠っててもらうことにしたわ」
その説明に改めて峻佑たちがフラールの身体を見ると、確かにフラールの身体を固めているのは、ロウのような物質だった。
「なんてこった、ちひろのやつ、この魔法まで習得してたのか」
急にジェンが表面に出てきて、つぶやいた。
「ご先祖様はいま姉さんが使った魔法を実際に使ったことはあるんですか?」
みちるが静かにジェンに訊いた。
「ああ、数えるほどしかないがな。まだ俺が若かったころ、戦争に参加していたころに、な。まあ、当時はロウ固めよりもさらに過激で、撃ち抜いたやつを石化させてたけどな。さすがに戦争協力を止めてからは、んな危なっかしい魔法は自ら封印したし、後世に遺したあの書に記す時にも、術式を変えてロウにしたしな。もっとも、それでさえ俺以外には歴史上今のちひろしか使えたやつはいねえな」
ジェンは過去を振り返ってそう語った。
「そうですか……どうやって姉さんを止めたらいいの? 私やご先祖様の憑いてる峻佑くんの障壁じゃ姉さんの攻撃は一撃しか防げないし、たぶんこっちから攻撃しても、確実に防がれるわ……」
みちるが今度こそ希望は潰えたとばかりに膝から崩れ落ちた。
「諦めてたまるかよ……せっかく自分の想いと向き合って気持ちを自覚したのに、オレはちひろを失うわけには行かない! みちる、頼みがある」
峻佑はジェンの意識を押しのけて主導権を取り戻すと、みちるに何やら耳打ちしたのだった。
今週は前後編同時更新。
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