VOL.51:戦闘開始 in 熱田邸
「ところで確認したいのじゃが、ここはだいぶ広いようじゃ。チヒロの居場所はわかっておるのか?」
熱田邸付近にテレポートしてきて、様子を伺っていた峻佑(+ジェン)、フラール、みちるの3人だが、不意にフラールが2人に問いかけた。
「そういえば……」
「……知らないな。侵入後のことを何にも考えてなかったぜ」
2人はハッとしたように顔を見合わせ、ため息をついた。
「まあ、ちひろを助けるついでに、組織を壊滅させる目標もできてるし、とりあえず突き進めばいいんじゃないか?」
峻佑が楽観的な見方をすると、
「それはそれでいいのじゃが……ここまで広いとなると、もしや今はここが本部なのか?」
フラールはそうつぶやいていた。
「え? 連中の本部がどこなのか、わからないんですか? それに、今は、ってどういう意味ですか?」
そのつぶやきが聞こえた峻佑が驚いてたずねた。
「うむ、連中はたまに本部機能を移転させてるところまではわかっているのじゃが、現在どこに真の本部があるのかまでは知らぬのじゃ。わかってるのは、本部になったところは改装されて異常なほど広い敷地になること。それと、組織のトップ、総帥は日本人、しかも魔法使いじゃなく、ただの人間だと言うことだけなのじゃ」
フラールが首を振ってそう話すと、
「ちょっと済まんが話させてくれ」
唐突にジェンが表に出てきた。
「どうしたんですか、ご先祖様?」
みちるが突然のことに驚きつつも、聞いた。
「ああ、【ノアの箱船】のことだ。アレは俺が生きていた時代にはすでに存在していた。創設者こそ俺と同じフランス人だが、俺が洋館の地下に安置されてる間に独自に調べた結果、現在の総帥は27代目、初めて日本人、しかも魔力を持たない普通の人間が座っている。そいつの名は――」
一方その頃、輝とちひろは――
「どうだい? そろそろ、ボクたちの組織、【ノアの箱船】に協力してくれる気になったかい?」
輝がロープで縛られ、壁に磔状態にされているちひろにたずねた。
「だ、誰が……そんなアホな連中に協力なんか……するもんですか……っ!」
当然ながら、このロープも魔力を封じ込める性質を持たせた、組織特製のロープである。それに縛り上げられ、抵抗できないまま、ちひろは拷問とも言える仕打ちを受けていた。だが、それでもちひろの瞳から希望の灯は消え失せてはいない。むしろ強く輝き、燃えていた。
「仕方ないね、キミもなかなか強情だ。これだけの電流を流される拷問を受けてなお、組織に従わないどころか、希望を失ってないのだから、驚きだ」
輝はククッと口元を歪ませて笑うと、ちひろを縛っているロープに高圧電流を流した。
「きゃあああぁぁぁ!?」
いくらちひろが電気や雷の魔法が得意で多少優れた防御耐性があっても、さすがに何度も高圧電流には耐えきることができず、悲鳴をあげた。
「これでもまだ意識があるか……さすがだね」
もうこれでちひろが高圧電流を流されるのは5回目。並の人間なら普通1回で死に至るような電流を5回受けても意識を保ってるのはひとえにちひろの耐性が強いからとしか言いようがなかった。
「ぜ、絶対……すぐに……峻佑くんや……みちるが……助けに来て、くれるはず……そしたら……あんたや……こんな組織なんて、あっという間に……ぶっ潰してくれるわ……」
ちひろは未だに希望の灯を失わずに両の瞳で輝を睨みつけていたが、途切れ途切れにそう言うと、ついに力尽きて気を失った。
「――現在、組織を率いているのは、27代目総帥、熱田光輝。およそ10年前から総帥の座につき、熱海を拠点に活動していたが、2週間ほど前にこの街に拠点を移したようだな。で、10年前に総帥になった時にはすでに一般人に魔力を与える研究は実用化されていたみてえだな」
峻佑に取り憑いたジェンが表に出てきた状態でいろいろと話した。
「熱田、光輝……ってことは、輝君の父親だよね、きっと」
みちるはジェンから聞かされた組織のトップの名を反芻し、そうつぶやいた。
「だろうな。まず、十中八九間違いないな」
ジェンは峻佑の記憶から情報を引き出すと、大きく頷いた。
「さて、ここでゴチャゴチャ話しててもラチがあかねえし、そろそろ突撃と行こうじゃねえか。んじゃ、俺は約束だから引っ込むな。少年、後は任せたぜ」
ジェンはそう言うと再び内側へ引っ込み、主人格が峻佑に戻った。
「よし、行くか! ちひろ、いま行くぞっ!」
峻佑はジェンが出ている間の話の内容をちゃんと理解していたらしく、すぐさまみちるたちにそう言って、屋敷の入り口へと駆けていった。
「侵入者だ! 排除しろ!」
門をぶち破り、突入した3人の前に、組織の末端に位置してそうなチンピラが立ちふさがった。
「我らの目的はチヒロの救出、貴様ら雑魚には用はない! 退け!」
フラールが先頭に立って、威嚇用の光弾をチンピラの足元や当たらないような場所に放ち、退くように叫んだ。だが、
「誰が雑魚だと? なめてんじゃねーぞ!」
チンピラは逆上し、手に光るものを生成した。
「生粋の魔法使いでもないのに、付け焼き刃で魔力を持っても、扱えるわけないのよ! フラールさん、避けて!」
普段穏やかなみちるもちひろが捕らわれてることと、行く手を阻む連中の存在に完全に怒りで我を忘れ、怒鳴り散らすと、容赦も何もなく、その両手から氷の塊をいくつも作り出し、まるで雹のようにチンピラたちに降らせた。
「ぐあああっ!」
チンピラたちは、せっかく生成した光弾を放つことなく、その場に倒れた。
「ったく、次から次へと雑魚ばかり出てきやがって……ちひろはどこにいるんだ?」
広い敷地内を進む度、それほど強くないチンピラなどの元・一般人と遭遇し、蹴散らしていたが、一向にちひろの居場所はつかめず、だんだん焦りが募ってきた。
「こんなとき、さとみ姉さんがいれば……って、峻佑くん。いまの峻佑くんにはご先祖様が憑いてるんだから、探索もできるんじゃないの?」
みちるが探索系を得意とするさとみのことを思い浮かべ、ハッとしたように、峻佑に言った。
「そういえばそうだ。さっきまでの雑魚はみんなフラールさんとみちるで蹴散らしてたから半分忘れてたよ」
峻佑は笑いながら言うと、集中して、ちひろの気配を探した。
「……見つけた! あそこにそびえ立ってる塔の最上階にいて、ロープで縛られてる。かなりこっぴどくやられて意識を失ってるみたいだ。早く行ってやらなきゃな」
少しして、ちひろの気配を掴んだ峻佑はそう叫び、状況をみちるたちにも伝えた。
「うん、行きましょう!」
3人は頷くと、この敷地内で一番の高さがある、塔へと走った。
しかし、峻佑たちは塔に突入することができなかった。塔を目前にして、これまでのチンピラとは明らかに違う人物が出てきたのだ。
「おやおや、あなたがたは確か熱海の海岸でお会いしましたな」
塔の入り口に立ちふさがるように待ちかまえていた老人は、峻佑とみちるを見てそう話しかけてきた。
「あんたは……熱田の保護者代わりの執事……北道だっけか?」
峻佑もピンときて老人に問いかけたが、
「ほっほっほ、確かに私は坊ちゃまのお世話をさせていただいてる執事ですがね、名前は北海ですよ。北海 道雄と申します。で、あなたがたはこのような夜更けにどういったご用件ですかな?」
老人――北海は、名前を訂正して笑うと、峻佑たちに用件をたずねた。
「ま、あんたの名前なんてこっちにとっちゃどうだっていいんだ。どうやら、あんたんとこにうちのちひろがお世話になってるようでな、迎えに来たんだよ。あんたの後ろにある塔にいるってことはわかってるんだ。ケガしたくなければ、おとなしく道を開けてくれ」
峻佑は首を振って名前に興味がないことを示すと、北海に道を開けるよう要求した。
「ふむ、それはできませぬな。私は熱田家に仕える執事。それはつまり、旦那様の率いるこの【ノアの箱船】にも所属しているんですからな。坊ちゃまや旦那様からは、この塔を守り抜くように命じられている以上、そこへ侵入しようとするあなたがたを全力で排除します」
北海は、峻佑たちの要求を突っぱねると、羽織っていた執事服の上着を脱ぎ捨て、戦う意思を明確に示した。
「この人、只者じゃないわね。かといって、元から魔法使いだったわけでもないだろうけど、今までの雑魚とはレベルが違うから、気をつけましょう!」
みちるが北海のチカラを感じ取り、2人に注意を促した。
「わかった!」
峻佑とフラールも一旦後方に下がって、距離を取ると、戦闘体勢を整えた。
「――熱田家執事、北海道雄、参る!」
北海はわざわざそう宣うと、地を蹴ったのだった。
雑魚を蹴散らしながら突き進み、ちひろの居場所をつかんだ一行だったが、その前に強敵が立ちふさがる。
ちひろ救出作戦の行方は?
次回、VOL.52:キズナ