VOL.50:いざ、救出へ〜助っ人、参上〜
「ここは――あの街に帰ってきたのか。しかし、なんじゃこの妙な雰囲気は……? 旅立ったときはこんなものは感じなかったのじゃがな……。ふむ、彼らに聞けば何かわかるやもしれぬ。行ってみるか」
ホコリにまみれた灰色のローブを羽織ったフラールは、そうつぶやくと、ゆっくりと市原家に向かって歩き出した。
「ちひろを1秒でも早くあのバカヤロウの手から助けてやりたい。熱田には協力しないと言い切ったちひろのことだし、オレたちを逃がした後、可能ならすぐにテレポートしてくるはず。だけどそうしないってことは、何らかの理由で魔法が使えないと見るしかないな。さて――」
峻佑が早くちひろを助け出したくてうずうずしながら話していると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
「はーい?」
話を中断して、峻佑がドアを開けると、
「久しぶりじゃな、シュンスケ。世界をひととおり見てきて、気づいたらこの街に帰ってきていた。それで、少し聞きたいことがあるのじゃが、よいか?」
玄関にはフラールが立っていて、峻佑にそうたずねた。
「ええ、どうぞあがってください。みちるー、フラールさんが帰ってきたぞー」
フラールを家に上げ、峻佑はとりあえずみちるを呼んだ。
「わー、フラールさん久しぶりですね。お帰りなさい!」
みちるは居間でフラールのために紅茶を出し、そう話しかけた。
「うむ、すまぬな、ミチル。ところで、チヒロはどうしたのじゃ? 姿が見えぬようじゃが……」
フラールは出された紅茶を飲みながら、2人に訊いた。
「それが……」
途端にみちるはしょんぼりして俯いてしまい、峻佑もちょっと困った表情になったが、事情を説明した。
「なんじゃと? あのジェンの末裔たるおぬしらを不意打ちとはいえ敗走させるとはな……で、チヒロは2人を逃がすために自分だけ残って捕らわれの身になったわけじゃな?」
フラールは事情を聞いて、驚きの表情を浮かべ、
「む? ところで、そのチヒロを捕らえた転校生は何かの組織にいると言っておったんじゃな? もしやすると、その組織の名は【ノアの箱船】という名ではなかったか?」
フラールが何かに気づいたらしく、峻佑にそう訊ねてきた。
「いや、組織の名前までは聞いてないです。協力する気なんてさらさらないわけですし、なあ?」
峻佑は組織の名前は知らないと言い、みちるに同意を求めた。
「う、うん。それで、フラールさん。その、【ノアの箱船】? とかいう組織は一体なんなんです?」
みちるはこくこくと頷き、フラールが言った組織についてたずねた。
「うむ、【ノアの箱船】は、世界を旅していた途中で出会った組織なのじゃが、道を踏み外した魔法使いたちが、世界を支配することを目的に活動している裏組織らしいのじゃ。魔法を使って、要人の暗殺、誘拐、果ては内戦への干渉をも行う、魔法使いの風上にもおけぬ連中じゃ。組織では、一般人に魔力を付与して、世界征服への尖兵に使おうとする動きもあると言っておったな。今の話から、それがバックにいると踏んだのじゃが……」
フラールは謎の組織【ノアの箱船】について説明した。
「旅の途中で出会ったってことは、フラールさんもスカウトというかそんなようなことをされたわけですか?」
峻佑がふと気づいたことを聞いてみると、
「うむ、あれはアフリカの内戦が勃発してる地域でのことじゃったな。我は魔法で民衆の身を守りながら、ケガ人の治療を手伝っていた。そんな中で、連中は我に世界征服のために協力してほしいと接触してきたのじゃ。むろん、我は世界平和を望んでいたジェンの一番弟子を自認する魔法使い、それに、後ろには守るべき弱者たる民衆。考える必要すらなかった。すぐさま断り、二度と姿を見せるな、と怒鳴りつけてやったのじゃ」
フラールは苦笑しながらもアフリカでの出来事を話した。
「それと、組織が一般人に魔力を与えてるって話は熱田君の言ってたことと同じだわ。じゃあ……やっぱり組織ってのは【ノアの箱船】ってのなのかしら……?」
みちるが組織と輝の言葉の一致に気づいて、そうつぶやいた。
「うむ、だとするとちとやっかいかもしれぬな……それほど強いチカラを持つものはおらぬじゃろうが、何せ組織の全貌が見えてこぬし、世界各地の組織の支部のうち、ここの支部にどれだけの戦力がいるのかわからぬ……」
フラールが顔をしかめて呻いた。
「まあ、腹が減っては戦は出来ぬと言うし、ひとまず夕飯にしますか」
峻佑はそう言うと、夕飯の支度をするために立ち上がった。
峻佑・みちる・フラールのいつもとは違う3人で夕食を済ませたあと、峻佑が口を開いた。
「さて、どうやってちひろをヤツらから取り戻すかだよな……仮に熱田のバックにいる組織がその【ノアの箱船】とかいう連中だったとして、ちひろが協力することはまずありえないよな。だけど、オレにはちひろがいない生活なんて考えられない。もちろん、みちるも必要だけど、ちひろはそれ以上に大事な人だ。オレはすぐにでもちひろを助け、熱田を殴り飛ばしたいくらいだ」
峻佑がアツく語ると、
「うん。私も同じだよ。私だって、姉さんとは双子として生まれてからずっと一緒だったんだから、いない生活なんて考えられないわ。行きましょう、峻佑くん」
みちるも拳を握りしめ、やる気満々だった。
「シュンスケ、ミチル。我にも協力させてくれないか? チヒロにはまだ恩を返せてないのでな……」
フラールも立ち上がって、峻佑たちにそう尋ねた。
「もちろん! ちひろがいない以上、魔法使いがみちるだけだと多勢に無勢だし、フラールさんがいてくれれば心強いです。まあ、正直な話、オレは魔法使いじゃないから、役には立てないことくらいわかってる。でも、ちひろを想う気持ちは誰にも負けねえんだ!」
峻佑は力強く頷いた。だが、自分が戦力にならないこともわかっていて、自嘲するような笑みを見せた。
「峻佑くん……」
「シュンスケ……そうだ、よし! 少し待っておれ!」
そんな峻佑の表情に、みちるはどう言っていいかわからないような複雑な表情になり、フラールは突然何かを思いついたらしく、テレポートでどこかへと姿を消した。
30分ほどして戻ってきたフラールの手には、銅像のようなものが抱えられていた。
「そ、その銅像は……?」
どこか見覚えのある銅像だが、思い出せない峻佑はポカンとしている。
「それってもしかして、ご先祖様の銅像……ですか?」
みちるがそうたずねると、
「うむ、そうじゃ。以前旅立つ時に、困ったことがあったらいつでも来いと言っていたことを思い出してな。ちょっと相談しに行っていたわけじゃ。そうしたら、こうなったと言うわけじゃ」
フラールが事情を話し終えると、銅像に宿っていたジェンの幽体が姿を見せた。
《久しぶりだな、少年。それと、我が末裔、みちるよ。俺の願い、世界平和を壊そうとする連中にちひろが捕まっているらしいな。少年、俺も行くぞ。俺の末裔を悪事に使おうなんて事はさせるわけにゃ行かねえからな。だが、俺は幽体でこのままだとロクに生前の魔力も発揮できねえ。そして少年はちひろを助け出すためのチカラが欲しい。どうよ――》
ジェンは相変わらずの軽い口調で話していたが、
「要は、オレの体にジェンさんが入って、ともに行こうと言うことですね?」
峻佑はその先の言葉を予測し、ジェンの言葉を遮るように言った。
《おっ、話が早いじゃねえか。その通りだ。で、どうだい?》
ジェンはニヤリと笑うと、峻佑の答えを待った。
「答えは、もちろんイエスです。だけど、お願いがあります。オレの体を貸すのは構いません。しかし、以前のように、取り憑いてる間、オレ自身の意識がないのは今回ばかりは困るので、意識の優先権はオレ自身に残してもらいたいのです。それって、できますか?」
峻佑は迷わず頷いたが、条件を付け加えた。
《おう、もちろん可能だ。俺をバカにするなよ。だが、ピンチだと感じたら、すぐさま交代させるからな。それでいいな?》
ジェンも頷き、条件を出した。
「ええ、よろしくお願いします、ジェンさん」
峻佑は力強く頷くと、ジェンの幽体を取り憑かせた。
「さーて、そんじゃま、夜が明ける前に済ませちまおうぜ。善は急げ、ってヤツだ」
ジェンの能力の使い方を簡単に確認し終えた峻佑は、ニヤリと口元だけで笑うと、みちるやフラールとともに熱田邸の近くへテレポートしたのだった。
(いま行くからな、待ってろよ、ちひろ……!)
フラール、それとジェンの幽体を味方につけ、峻佑たちはちひろの救出に向かった。
戦闘も辞さない3人の行く先に待ち受けるものは?
次回、VOL.51:戦闘開始 in 熱田邸