VOL.41:アルバイトをしよう
久しぶりの大掃除をしてきれいになった居間で、ちひろとみちるがうなっていた。
「うーん……どうしよう……」
2人は自分の財布と、何かの紙とをにらめっこしていた。
「どうしたの、2人とも?」
エッチな本を捨てられたショックからなんとか立ち直れた峻佑が居間に入ってきて、2人にたずねた。
「夏休みだからいろいろ遊びに行ったりしたいんだけど、お金がないのよ。あたしたちも両親から生活費は入れてもらってるけど、あんまり使いすぎるとツラくなるし……」
ちひろはしかめっ面で峻佑に話した。
「なるほどね……そういえばオレもあまり小遣いは余裕ないなあ……」
峻佑はポケットに入れていた財布を取り出すと、中の小遣い分の残額を見てヘコんだ。
生活費として親が用意しておいてくれた分は、姉妹が料理を担当してくれて、しかも材料費は主婦なみに節約してくれているので、足りないと泣きつくには至っていない。だが、それ以外のそれぞれの小遣い分は高校生らしく、常に金欠な3人だった。
「それで、いま姉さんとどこかでアルバイトでもしようかって話になってたの。一応うちの学校は禁止じゃないみたいだし。ちなみに、松海学園はいくら高校生でも禁止らしくて、学校にバレたら停学は免れないって言われてたけどね」
みちるはちひろの言葉を継ぐように、峻佑に話した。
「アルバイトか、それはいいかもな。でも、16歳で働けるところってかなり限られてるよな?」
峻佑は楽しそうな表情になって頷いたが、年齢制限を思い出して笑みが消えた。
「確かに、16歳で働けるところは少ないけど、あたしたちはここを受けるつもりだよ」
そう言ってちひろが求人広告のある一点を指差した。そこには――
『ホールスタッフ2名(女子)、キッチンスタッフ1名(男女問わず)急募! 時給800円から、出勤日数や時間は応相談 喫茶店シエル 連絡先……』
と書いてあった。
「へえ……喫茶店にしてはずいぶん待遇良くね? このキッチンスタッフでオレも応募しようかな」
「あっ! それいい! そうと決まったら早速電話しよっ!」
――かくして、3人で喫茶店シエルという店の面接を受けることにしたのだった。
そして、面接の日。電話のときに、高校生であることを告げると、証明のために面接には学校の制服で来るようにと言われたので、それに従って、制服姿で3人は喫茶店シエルにやってきた、のだが……
「えーっと、ここ、だよな……」
峻佑が姉妹のほうを振り返ってたずねる。
「え、ええ、ここみたいね」
「峻佑くんも姉さんもなにを尻込みしてるのよ? 喫茶店の制服、かわいいじゃないっ」
ちひろも動揺を隠せないなか、ただひとりみちるだけは中に見えるスタッフの制服のかわいさにウキウキしていた。
「いや……でも、これは……いくらオレにはあまり関係ない制服とは言え……」
峻佑は中のスタッフの制服を直視できずに、顔を逸らしてつぶやいた。
「まさか、喫茶店は喫茶店でも、“メイド喫茶”だなんて思わなかったわよ……」
ちひろも苦笑いしながら話した。そう、喫茶店シエルの正体は、メイド喫茶だったのだ。
「ここまで来て、やめるの? 姉さんたちがやめても私は行くよ。だって、楽しそうじゃない」
みちるは峻佑たちに宣言すると、自動ドアをくぐってひとりで中に入っていった。
「あっ、待ってよ、みちる! やめるとは言ってないでしょっ!」
ちひろと峻佑も慌ててみちるの後を追って中に入っていった。
「……で、あっさり採用と。こんなにあっさり決まっちゃっていいのか?」
シエルを出て、帰路につきながら峻佑はつぶやいた。
3人で面接に入るなり、店長が「キャーッ、いいわ! あなたたちみたいな子を待ってたのよ! ええ、即採用!」などと狂喜乱舞してしまい、3人はあっけにとられつつも採用を喜んだ。
「まあ、決まってよかったわ。明日、早速初出勤だし、頑張ろうねっ!」
面接のことを思い返しつつ、ちひろは笑顔で話したのだった。
そして、翌日。
「うわ〜、やっぱり制服かわいいね〜」
制服に着替えて、みちるは目を輝かせ、ちひろはちょっと照れていた。
「2人ともやっぱり似合うわよ〜。初めてのアルバイトで不安かもしれないけど、ウチのお店に来る“ご主人様”はいい人ばかりだし、スタッフのみんなも優しいから、安心して。さあ、行きましょうか。キッチンスタッフの市原くんはもう少し待っててね」
店長、さゆりは2人を連れて、スタッフルームからホールに出ていった。と、その瞬間、ホールの空気が変わった。
(うわっ、すげえかわいい……けど緊張してるみたいだし、新人さんかな……?)
(しかも双子だよ……おれ、今日はツイてるなぁ。こんないいもの見れて、来てよかった……!)
店の中にいた客が一斉に姉妹のほうを見て、ひそひそ話を交わしていた。さらに、
(新しい子かぁ……うわ〜かわいい〜)
(これは運がいいわ……こんなかわいいメイドさんがいれば近くのライバル店に差をつけられる……!)
などといった、先輩スタッフのひそひそ声までも丸聞こえだった。
「そんなわけで、今日からこのシエルに新しく加わることになった、ちひろちゃんとみちるちゃんよ。まだ高校1年生の16歳で、ここが初めてのアルバイトみたいだから、優しくしてあげてね。それじゃ、2人とも、挨拶して」
さゆりがスタッフ一同とそこにいた客に姉妹を紹介しているころ、峻佑は――
「オレはいつまで待ってればいいんだ?」
さゆりがホールにかかりっきりになってるために、すっかり放置され、ひとり寂しくスタッフルームで待機していた。
それからしばらくして、峻佑も他のスタッフに紹介され、キッチンスタッフとして早速厨房に入ることになった。
「オムライスとハンバーグ1つずつ入りました!」
峻佑が先輩スタッフたちに自己紹介し終えたところに、早速注文が入った。
「よし、じゃ市原くんだったか? ハンバーグは作れるな? 僕はオムライスをやるから、君はハンバーグを焼いてくれ」
注文を受けて、厨房の先輩スタッフ、藤原が峻佑に指示を出した。
「はい、わかりました!」
峻佑は返事をすると、材料の場所を聞いて、手際よく作っていった。
「はい、ハンバーグとオムライス上がりました!」
藤原は出来上がった品を厨房とホールの間の台に載せながら言った。
「お待たせ致しました、ハンバーグとオムライスになります。オムライスのケチャップ文字はどうなさいますか?」
ちひろがテーブルに運び、注文した客にたずねた。この店は、こういったサービスはもちろん、制服やスタッフそのもののかわいさで人気なのだ。
「うーん、それじゃあ、あなたの今の気持ちを書いてもらえますか?」
客の男は、少し迷ってから、ちひろにそう頼んだ。
「はい、かしこまりました、ご主人様」
今日が初日の割には順応性が高いちひろは、にっこりと笑って、オムライスにケチャップで“☆”と書き込んだ。
「これは……“☆”? どういう意味ですか?」
ちひろの意図が掴みきれない男は、ケチャップを抱えて引き上げようとしているちひろを呼び止めて聞いた。
「はい、えっと……あたし今日が初めてのアルバイトで緊張してたんですけど、いますっごく楽しいんです! だから、そんな気分を表すのに“☆”を使ってみたんです☆」
ちひろは一旦男のテーブルの脇まで戻ると、この日一番の笑顔で意図を説明し、最後に可愛くウインクをした。
それを見ていた他の客が一斉にオムライスを追加注文し、ちひろに☆を書いてもらっていた。
一方、みちるは――
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
制服がかわいいとはしゃいでいたのはどこへやら、緊張のあまり笑顔も引きつっていた。挙げ句の果てには……
「し、失礼します。お水をお持ちいたしました。ご注文がお決まりになりましたらお呼び……きゃあっ!」
客の青年2人を席に案内し、水を置きながら注文が決まったら呼ぶように言った瞬間、足を滑らせて手が水の入ったコップを2つとも弾き飛ばしてしまい、1つは自分に、もう1つは客の1人(青年A)にかかってしまった。
「わわっ! 大変失礼いたしました! ただいまタオルをお持ちいたします!」
みちるは水が青年Aにかかってしまったことに気づくと、自分も濡れているのをお構いなしにスタッフルームへ走り、タオルを取りに行った。だが、角を曲がった瞬間にまたも足を滑らせ、派手にずっこけた。
「きゃあああ!?」
(ドジッ子だ……)
(今までここにはいなかったタイプだ……ドジッ子萌え〜)
あちこちで客のひそひそ話が聞こえる中、タオルを取ってきたみちるが水をかけてしまった青年のテーブルに戻ってきたのだが、二度あることは三度ある、またも派手にずっこけてタオルが飛び、青年の顔に直撃した。だが、ここまでされても青年は全く怒ることはなく、穏やかな表情のまま、タオルで水を拭いていた。
この一連の流れを見ていた客が、みちるのことをドジッ子メイドと認識したのは言うまでもない。
精神面の不調から休載をした時期もありましたが、どうにか復活し、今日こうして連載開始から1周年を迎えることができました。
毎回読んでくださっている読者の方々にこの場を借りて感謝させていただきます。
そして、少し前から告知していたとおり、1周年を記念した特別短編を制作し、本日投稿いたしました。
良かったら、こちらも合わせて読んでいただければと思います。
無事、アルバイトも決まって働き出した3人。しかし、接客業に妙な事件はつきものなわけで――
VOL.42;アルバイト事件帖・前編 18日午前0時更新予定です。
感想や評価もお待ちしております。細かいことでも嬉しいので、書き込んでくださると幸いです。