VOL.37:教育実習最終日とその夜
梅雨明けも近づいてきた、暑いある金曜の昼休みのこと。
「そういえば、藍沢先生の教育実習っていつまでだっけ?」
現国の授業が終わって実習生のさとみが本来の担当の野村という引退間近のジジイと一緒に出ていくのを見てから、峻佑はちひろにたずねた。
「たしか……今日じゃなかった?」
ちひろも日程を思い出すように少し中空をボンヤリ眺めてから言った。
「あー……今日までか。んじゃあ――」
確認するように峻佑が繰り返し、何かを言おうとした、そのとき。
「なにっ! さとみ先生今日までなのか!?」
その話が聞こえていたのか、耕太郎が血相変えてすっ飛んできた。
「うん、今日までね。でも、普通の実習生はもうとっくに終わってるはずなのよ? 姉さん、いや藍沢先生は来るのが少し遅かったから今日までになってるみたいね」
ついつい身内なので姉さんと呼んでしまったものの、学校であることを思い出して言い直したちひろは、大きく頷いて耕太郎に事情を説明した。
「そうなのかー。んじゃあ帰りのHRで最後ってわけか……」
耕太郎はよほどさとみがお気に入りだったのか、ものすごく残念そうにつぶやくのだった。
――なんだかんだで午後の授業も終え、帰りのHR。
「と、言うわけで藍沢先生は今日で実習を終えて大学へ戻られる。最後に言っておきたいこととかはあるか?」
脇野が教壇の端っこから教室内に呼びかけると、晴香が立ち上がって、
「藍沢先生、ありがとうございましたっ! 大学へ戻っても頑張ってくださいね! 来年か再来年、この学校に戻ってこられるのを待ってます!」
予め混乱を避けるために峻佑とちひろがクラスメートに声をかけておき、代表して委員長――晴香にみんなの想いを伝えてもらうように根回ししておいたのだが、その作戦が大当たりしたらしく、パニックにならないどころか、最初にさとみが来たときとは違ってあまりにも統率の取れた姿に脇野は驚き、さとみに至っては感激のあまり涙を流しかけていた。
「……そ、それじゃ、藍沢先生からは最後に何かありますか?」
しばらく呆けていた脇野がハッとしたように今度はさとみに話を振った。
「えと……皆さん、今日までありがとうございました。正直、実習中の身なので至らない点は多々あったでしょうが、皆さんのおかげでやり切ることができました。わたしは大学に戻って教員免許を取るために勉強を続けてきっとこの高校に帰ってきます。だから、皆さん、一人も欠けることなく進級してくださいね」
さとみがそんな挨拶をして最後に一礼すると、クラスの半分くらいが泣いてしまったのだった。
「ちひろ、泣かなかったね。やっぱり実のお姉さんだから?」
放課後、ちひろのところに、先ほどのさとみの挨拶で大泣きしたのか目を真っ赤にした晴香がやってきて話しかけた。
「うん、まあね。結婚していまは離れて暮らしているとはいえ、会おうと思えば結構簡単に会いに行けるし。それに、つい半年前まで一緒に育ってきたんだもの。このくらいで泣きはしないわよ。まあ、晴香みたいに泣く人の気持ちがわからないわけじゃないけど」
ちひろはケロッとした顔でまだ泣きそうな顔をしている晴香をなだめてあげるのだった。
帰宅した峻佑たちは、夕飯の支度をしていた。もっとも、主にちひろとみちるが料理を担当し、峻佑はその間に風呂を洗ったり、食卓を片づけたりなどの雑務をやるのだが。
今日のメニューはスパゲティらしい。麺を茹で、ソースや具を用意していた、そのとき。玄関のチャイムが鳴り響いた。
「はいはい、どちらさまですか?」
皿を準備していた峻佑が小走りで玄関へ向かい、扉を開けると――
「こんばんは、遊びに来たよ〜」
そこにいたのは、さとみとその夫と思われる若い男だった。
「あれ、さとみさん、いらっしゃいッス。ウチに来るのはずいぶん久しぶりですね。とりあえず上がってください」
峻佑は突然のさとみの来訪に驚きつつも、家の中に招き入れた。
「ちひろやみちるは知ってるだろうけど、改めて紹介するわね。わたしのダンナの一樹くん。23歳の公務員よ」
人数が増えたのでスパゲティを追加で茹でて、出来上がった夕食の食卓を5人で囲みながら、さとみが峻佑のために隣にいる夫を紹介した。
「あ、どうも初めまして。市原峻佑です」
「初めまして峻佑くん。ボクはいまさとみから紹介された、藍沢一樹だ。いきなり押しかけてしまってすまないね。迷惑じゃなかったかな?」
「いえ、大丈夫ですよ。お気になさらず」
峻佑と一樹が互いに自己紹介し、和やかに食事は進んでいった。
「そういえば、姉さん。教育実習お疲れさま。学校はどうだった?」
みんな食べ終わり、くつろいでいる中でちひろがさとみにたずねた。
「そりゃ、楽しかったわよ。みんないい子たちばかりで苦労もなかったしね。まあ、初日のアレは少し驚いて1人――沢田くんだっけ?――ぶっ飛ばしちゃったけど……」
さとみはこの実習期間を振り返ってそうまとめた。
「ああ、うん、あったねそんなこと。あたしたちはまだクラスの中では魔法のことは秘密にしてるのに姉さんってば普通に使ってるんだもんなぁ」
ちひろが思い出したかのように以前もこぼしたグチを再び言い始めた。
「もうそのグチは聞き飽きたわよ。さて、実習の間は我慢してたけど、晴れて終わったことだし、お酒解禁しようっと♪」
さとみはあからさまにちひろのグチに対して嫌そうな顔をした後、ハッと気づいたかのように持ってきたカバンの中から大量の酒類を取り出し、一樹と乾杯して飲み始めた。
「お、お姉ちゃんってばこんなところで酒を飲む気!? 一樹義兄さんまで一緒になって……ってもう呑んでるし!」
みちるが驚いて止めようとしたが、すでに呑み始めた2人には届かなかった。
「もう、そんなカタいこと言わないの。どうせなら3人も一緒に呑む?」
さとみは早くも酔い始めているのか、トロンとした目でちひろたちにも酒を勧め始めた。
「あ、ありがと――じゃなくて! 姉さん、あたしら未成年よ!? 仮にも教職を目指そうって人が何を言い出すのよ!」
酒を渡された3人はノリで開けそうになったが、プルタブに手をかけた状態でちひろが怒鳴った。すると――
「んー? わたしの酒が受けられないってかぁ?」
さとみが豹変した。完全に目が据わっていて、さっきまで上機嫌に話していたのがウソのように顔をしかめている。
「いやあのだからオレたち未成年――」
さとみの勢いに気圧されつつも峻佑が断りを入れると、
「ガタガタ言ってんじゃないよ! 呑め!」
さらに事態を悪化させてしまったらしく、それまでソファーに座って呑みながら話していたのを、立ち上がって3人に迫りながらなおも「呑め」と言ってきた。
「マズいわね、こうなったら……」
ちひろがジリジリと後退しながらつぶやき、
「何かいい手でもあるの?」
峻佑も下がりながらちひろにたずねる。
「……逃げるわよっ! 父さんや母さんがいない以上、ああなった姉さんは止めらんないわ!」
ちひろの叫びを合図に3人は脱兎のごとく逃げだそうとした――のだが。
「ふぎゃっ!?」
居間の扉が開かず、3人揃って激突した。
「わたしから逃げようたって無駄よ〜♪ さあ、覚悟はできたかしら?」
もはやどこの悪役かと言うような言葉とともに迫ってくるさとみに対し、
「ちひろっ、テレポートで逃げられないのか!?」
峻佑は居間の中をジリジリと逃げながら最後の望みをつなぐ可能性にかけたのだが、
「ダメ、すでに封じられてるわ! 姉さんはこういう補助系の魔法は大得意だから……」
そうこうしている間に、峻佑たちのすぐ後ろにさとみが迫っていた。
「か、一樹さんは!? 奥さんの暴走を止めて――」
峻佑は魔法がダメなら物理的に止めてもらおうと一樹のほうを見たが、すでに酔いつぶれてソファーで眠っていた。
「一樹くんは呑めるんだけどすぐ潰れちゃうのよ。だ・か・ら……あんたたちをお供にするの――」
「わあああ――――!!」
注:未成年の飲酒は法律で禁止されています。絶対にマネをしないでください。
お酒は20歳になってから!
で、今回の話は次回の前半まで続きます。ひとつにするにはちと長く、二つに分けたら短くて物足りない、にっちもさっちも行かない状況に陥ったため、こんな編成になりました。
次回、VOL.38:二日酔いとアンチ生徒会の再襲来(仮)
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