VOL.36:BACK HOME
サブタイトルだけ見ると何か誤解を受けそうですが、
あくまでこの小説は『幼なじみは魔法使い!?』です。
野球小説ではないので安心して本編へお進みください。
7月に入ったある日、峻佑の携帯にメールが届いた。
『だいぶ出張が長引いていたが、近いうちに帰れそうだ。ところで、家は片づいているのか? あんまり散らかしておかないようにな』
父親からのそんなメールに対し、峻佑は、
『わかった。今はちひろやみちると一緒に過ごしているから家のことは心配いらない。気をつけて帰って来てな』
と返信した。
それから数日後の夕方、峻佑は勉強を終えて居間でテレビを見ようと部屋を出た。
と、ちょうどその時、掃除機をかけ終えたちひろが掃除機を階段の上においたまま階段を降りていくところだった。
峻佑は掃除機のホースを跨いで階段を降りようとしたのだが、跨いだつもりが跨ぎきれていなかったようで、バランスを崩して階段から転落してしまった。
「やべっ……ちひろ、避けろっ!」
峻佑は慌てて少し下にいるちひろに叫んだが、ちひろは「え?」と振り向いただけで、避ける時間はなく、峻佑と一緒に階段を転げ落ち、ドガシャンという轟音が響いた。ついでに、足をひっかけた掃除機まで後から落ちてきて、峻佑の頭に直撃した。
「いってえ……ちひろ、ゴメン。大丈夫……か…………」
峻佑はすぐに掃除機を振り払い、起き上がろうと頭を持ち上げながらちひろにたずねた。と、その時だった。
「ただいま。駅で母さんと会って一緒に帰ってきたぞ」
玄関のドアが開いた気がしてそちらを見ると、ちょうど峻佑の両親が帰宅したところだった。
「し、峻佑……お前何やってるんだ!」
ドアを開けてみたら息子が隣の家の幼なじみを押し倒している格好に出くわした父親は、峻佑を怒鳴りつけた。
「あらあら、いつの間にかそんな仲になってたのね♪」
その後ろから母親も現れ、押し倒した形のまま固まってる峻佑を見て嬉しそうな表情をしていた。
「ち、違う! これは事故だ、事故なんだ! なあ、ちひろ? そうだよな?」
峻佑は慌ててちひろの上から退き、弁解を始めた。しかし、ちひろは峻佑の顔を見て軽く笑みを浮かべると、
「もう、峻佑くんってば……こんなところでやらなくても……」
などと顔を赤らめながら言うものだから、父親がすぐさま食いついた。
「し、峻佑! まさかお前、高校生の分際でお嬢さんを傷物にしたんじゃなかろうな!?」
そんなふうに慌てふためく父親をよそに、母親は、
「あらまあ、大変♪」
と、言葉のわりには大変だとは思ってない表情で言うだけだった。
「ち、ちひろ!? 何言ってるのさ! オヤジ、信じてくれよ! オレはまだちひろにもみちるにも手を出しちゃいない!」
峻佑は必死に弁解するも、
「“まだ”? つまりはいずれ手を出すってことか? まだお前には早い!」
父親は変なところにガンコなようで、峻佑の弁解の一部分を曲解して噛みついてきた。
「そ、そういう意味じゃない! 言葉のアヤを曲解するな、このバカ親父!」
「なんだと!? 親に向かってバカとは何事だ!」
ついには親子ゲンカに発展してしまった今回の騒動に、ちひろは――
「ゴメンゴメン。ちょっと峻佑くんをからかってみただけだよ。おじさま、おばさま、大丈夫です。あたしたちはそんな関係じゃありませんから」
半ば笑いながら口を挟んだが、すでにヒートアップしている2人は聞いていなかった。
「バカにバカと言って何が悪い!」
「何度もバカバカ連呼するな! それに、私がバカならその息子のお前もバカだぞ!」
もはや小学生のケンカにしか見えない光景にも、母親は「あらまあ、でもいつものことかしらね♪」と気にする素振りも見せずに家の中に入っていった。
「とにかく、止めないと……ねえ、2人とも、話を――」
ちひろは親子ゲンカをどうにか止めようと、睨み合いを続ける峻佑たちの間に入り込もうとした。だが、
「うるさい! 引っ込んでてくれ! 今はこのバカ息子を更正させねばならん!」
「お望みなら何回でも言ってやるよ! この、バカ親父!」
どちらも話を聞く気はゼロで、2人の間に立ったちひろは邪魔だとばかりに突き飛ばされた。
「……あたしのイタズラが発端とはいえ、ちょっと2人ともヒートアップしすぎかな。少し冷静になってもらわないと。でも、いきなりやるのはなんだし、様子を見ようかな」
突き飛ばされたちひろは階段に座り込み、様子を見ていたが、落ち着きそうにない2人に、ついに立ち上がり――
「あーもう! 2人とも一旦落ち着いて話を聞いて!」
ちひろは魔法で空気の塊を発生させると、相変わらず口汚い罵りあいを続けていた峻佑たちにぶつけた。
「いたっ! 何するんだよ、ちひろ! そもそもちひろが原因だろ!?」
無反応の父親に対し、峻佑はちひろにターゲットを変更しなおもヒートアップを続ける。
「峻佑くん……落・ち・着・い・て?」
ちひろは手を握ったり開いたりしながら、笑顔で峻佑に頼んだ。
「ひゃ、ひゃいっ! オ、オヤジ、一時休戦だ!」
峻佑はちひろの笑顔に何か本能的な危機を感じ取り、慌てて従った。
「まあ、私もついつい少しアツくなりすぎたが、息子とケンカをするために3ヵ月ぶりに帰ってきたわけじゃない。しかしなんだ、私たちがいない間お嬢さんたちと一緒に暮らしていたようだが、尻に敷かれているようだな?」
父親もすっかり落ち着きを取り戻し、今のやりとりで2人の力関係を見破ったらしく、ニヤリと笑みを浮かべながら峻佑の耳元でたずねた。その様子はとても数分前まで口汚い罵りあいをしていた親子とは思えなかった。
「うるさいな、ほっといてくれよ」
峻佑はブツクサ文句を言いつつも、いつまでも玄関で騒いでいるのもなんなので、父親と居間に入っていった。
「なるほどな。真野さんのご両親も旅行に行ってるから一緒に暮らしていたのか」
父親は峻佑から事情を聞いて、納得の表情を見せた。
「で、峻佑はちひろちゃんとみちるちゃんのどっちがお気に入りなの? やっぱさっき押し倒してたちひろちゃん?」
なにが“で”なのかはわからないが、唐突に母親が峻佑に訊ねてきた。
「母さん、その問いには答えられない。どっちも大事な幼なじみだから、選べないよ」
峻佑は軽く首を振ると、母親の目を見て真剣な表情で答えた。
「なんだ、つまんないの。ついに峻佑にも春が来たと思ったのに」
母親はあからさまに残念そうな顔をし、峻佑は苦笑するしかないのだった。
翌日。
朝、峻佑たちが起きると、すでに両親の姿はなく、テーブルに書き置きが2枚置いてあった。
『今朝方緊急で呼び出しがかかったのでまた母さんともどもしばらく家を空ける。お嬢さんたちと家のことは任せたぞ。高校生なんだから節度を守って暮らしなさい。 父』
『次に私たちが帰ってくるのはいつになるかわからないから、帰るまでにちひろちゃんでもみちるちゃんでもどっちでもいいから関係を進展させとくように♪ 母』
「いったい何しに帰ってきたんだか……慌ただしい両親だぜ、全く。ってか、母さんは余計なお世話だっての」
書き置きのメモを読んだ峻佑は、ため息をつきながらつぶやいた。
かくして、再び3人だけの生活が始まるのだった。
いったい峻佑の両親は何しに帰ってきたのか。
そんな疑問を抱きつつも、峻佑たち3人だけの生活が再び始まる。
次回は、さとみの教育実習の最終日の出来事。
VOL.37:教育実習最終日・そして……(仮
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