VOL.35:邂逅
「じゃあ、行きましょうか。飛ぶから、掴まって」
裏門にて合流した峻佑たち3人とフラールは、そのままテレポートで松海市内にある真野家所有の洋館に向かった。
「はい、これ。約束の魔法書。あたしたちが使ってる原本よりも少し載ってる種類の少ないコピー版だけど、外されてる物はどれも並大抵の魔力じゃ使えないものばかりで、今の時代には使う必要のない魔法だから、あまり気にしないで使っていただければ」
ちひろは倉庫から比較的保存状態の良い書を選んで持ってきて、フラールに渡した。
「うむ、感謝する。チヒロ、ありがとう。では、我の用事も済んだ。ジェンはすでに亡くなっていたとは言え、魔法書を入手できただけで満足じゃ」
言いながら、本当に満足そうに笑みを浮かべるフラール。と、
「フラールさんはこれからどうするんですか?」
峻佑が不意にたずねた。
「そうじゃな……我も長いこと封印されていたおかげでまだ寿命は余るほど残っておることじゃし、時代の流れによって変わってしまった世界を見て回るとするかの。そうと決まれば旅立つとしよう。世話になったな、さらばじゃ」
フラールはちひろたちに礼を言って、屋敷を出ていこうとした。と、そのとき。
「待って、フラールさん」
突然みちるがフラールを呼び止めた。
「なんじゃ、ミチル? 何か話し足りないことでもあったかの?」
フラールは振り返りながらみちるにたずねた。
「ご先祖様――ジェン=マノールに会いたいって言ってましたよね? この屋敷の地下迷宮の先に、ご先祖様の意識が宿った銅像が置いてあります。どうせなら、会って行きませんか?」
その提案を聞いた3人は、三者三様の反応を示した。
「あっ、それいいわね。行きましょうよ、フラールさん」
「またあの迷宮を進むのか……不穏なトラップの数々が思い出されるな……」
「なに、それは本当か? ならば旅立つ前に是非会っておきたい。連れて行ってくれまいか?」
かくして4人は屋敷の地下迷宮へと入っていった。
「迷路の構造やトラップの種類が変わってるのはどういうことだ――――っ!」
峻佑が力の限り叫んだ。
「叫んでも何も変わらないよ、峻佑くん。それに、どんなトラップが来ようとも、ここには魔法使いが3人もいるんだから、よほどのことがない限りは大丈夫よ」
ちひろが峻佑をなだめながらも自信に満ち溢れた笑みを見せる。
「ああ……だけど、さっきからおかしくないか? 明らかに以前より殺傷性の高いトラップを仕掛けてると思うんだけど。壁から飛び出る槍とか、どこの宝の洞窟だよって思ったよ」
峻佑が苦笑しながらここまでの道筋を振り返る。
以前より通路が広くなったことに首を傾げるヒマもなく、広くなったぶん巨大化した転がる岩のトラップ、床の模様と思って踏んだところ、壁から槍が飛び出し、目の前を横切って反対の壁に刺さった――などなど、以前探索したときより危険度は数段上がっていた。
「まるでご先祖様がフラールさんに会いたくないように思えてきたわ……前はあった“声”が今回はないのも気になるし……あ、最深部へ続く回廊よ。ここは前と変わってないのかしら」
いろいろ考えつつも、最後の回廊にたどり着いた一行だったが……
「スイッチが……増えてる!?」
ちひろの驚きはもっともであった。以前は本物1個に偽物9個だったのが、今回は壁一面にスイッチが並び、その総数は20とも30とも見えた。
「落ち着け。前回は観察していたら偽物は消えたんだ。きっと今回も……」
峻佑は前回のことを思い出して、慌てるちひろたちを落ち着かせようとしたのだが……
「あれ、また壁に何か文字が書いてあるわよ。なになに……“余計な客人はいらん。腹いせにトラップを難しくしたのによくもここまで来やがったな。しかし、最後のスイッチトラップは観察していても無駄だ。本物を見破ってみせろ”ですって」
みちるが壁の文字に気づいて読むと、どうやらジェンからのメッセージだったらしい。すると、
「余計な客人とはすなわち我のことじゃな。ジェンめ、我を無理やり封印した手前、顔を合わせるのは辛いか。じゃが、この程度でくじけるほどジェンへの恨みと今も残る尊敬の念は軽くはない。真実は常に1つ。本物は……これじゃ!」
フラールはポジティブに考え、どこかのちびっ子名探偵のようなことを言った後、スタスタと大量のスイッチの中のひとつを選ぶと、躊躇うことなく一気に押した。すると、見事正解を押したらしく、扉が現れた。
「おお〜、フラールさんすご〜い!」
3人は拍手しながら扉の前で待つフラールのところへ駆けていった。
《ついに来てしまったか……途中で引き返させるためにトラップの難度を上げたのに、全てを突破するとは、流石だな》
ジェンの銅像から、以前と同じように声が聞こえてきたが、その声色は以前とは違って少し疲れたようだった。
「ジェン殿……お久しぶりです。あなたに弟子入りを志願し、断られた挙げ句500年もの長い眠りにつかされたフラール=ボーデンです。覚えておいでですか?」
銅像の前に跪き、ジェンに挨拶したフラールだったが、
「よう、フラール。元気そうで何よりだ。俺の末裔に会ってここに来たと言うことは、俺の遺した魔法書を手に入れたのだな。壁のメッセージはウソで、トラップの危険度を上げたのはジョークのつもりだ。本当は俺もいろいろ話したいことがある。だが、この状態は話しづらいな。すまぬが少年よ。カラダを貸してもらってもよいか?」
ジェンは意外なほど明るい声でフラールに呼びかけると、突如として銅像から幽体を現し、峻佑にたずねた。
「フラールさんを連れてきたのはオレたちですし、話したいこともいっぱいあるでしょう。好きに使ってください」
峻佑がそう言った直後、ジェンの幽体が峻佑に乗り移った。と、峻佑の顔がヨーロッパ系の外国人風に変化した。
「ジェン殿……!」
フラールの驚きようから察するに、ジェンの若かりしころの顔らしい。
「俺が流行病で死んでからもうかれこれ350年くらいあの銅像に幽体を宿らせていたから、ずいぶん久しぶりの生身の肉体になるな。フラール、率直に聞こう。俺に封印されたことをまだ怒ってるか?」
峻佑の体に乗り移ったジェンは、少し身体を動かして感触を確かめると、単刀直入にフラールにたずねた。
「あなたの末裔、チヒロとミチルに会うまでは、正直恨んでました。こんなにも真剣に弟子入りを志願していた私をどうして、と。しかし、2人に会って、あなたの遺した魔法書を手に入れることができただけでなく、こうしてあなたと再会できた。それを思ったら恨みなどどこかへ行ってしまいました」
フラールは少し惚けた顔でジェンの問いに答えた。
「そうか。それなら安心した。あのときは後先考えずに封印魔法を使ってしまったが、後からそれを後悔していたんだ。しかし、あの封印魔法は一度発動し、封印が完了してしまえば術者自身にさえ簡単には解けない、危険な魔法なんだ。だから、2人が持っている魔法書の原本にはそのオリジナルではなく、少し効果を弱くしたものを載せてある。バナナマスター08の封印に使ったのはその魔法だ。
今さら謝っても遅いかもしれないが、本当にすまなかった。詫びと言ってはなんだが、フラール。俺はいつでもここにいる。普段はあの銅像に宿っているが、話はできる。何か困ったことができたら、いつでも来てくれ。もうわざわざあの迷路を抜けなくてもいいよう、庭にお前専用の、この部屋に直接通じる転送魔法陣を作っておくから」
ジェンはフラールに対して謝り、頭を下げた。
「ジェン殿……! 頭を上げて下さい……私などに頭を下げられては困ってしまいます……!」
フラールは他にも言いたいことは山ほどあったろうが、すでに顔が涙でくしゃくしゃになっており、言葉も途切れ途切れにしか聞こえなかった。
「本当にありがとう。チヒロたちには感謝してもし足りないな」
ジェンとの話も済み、落ち着きを取り戻したフラールと峻佑たち3人は、屋敷の外に出てきていた。すでに陽は落ち、暗くなり始めている。
「では、今度こそ当て処のない旅に出るとしようかの。この場所にはいつでも戻ってきていいと言われたが、修行のためにはあまりジェン殿に頼っていてはいけないから、たまに戻るくらいにしておこう。では、さらばじゃ」
フラールはそう言い残すと、テレポートで姿を消した。
「行っちゃったか……かなり慌ただしい人だったな。まあ、明日からはまた生徒会治安対策チームの活動を頑張ろうな、ちひろ、みちる」
「そうだね、頑張ろう。きっと神楽先輩たちはあれくらいじゃ懲りないだろうから。……あれ、もうこんな時間なの? 遅くなっちゃってるから、一気に飛ぶよ! 掴まって!」
フラールを見送った峻佑たちは、だいぶ時間も遅くなってるのに気づき、テレポートを使って帰宅するのだった。
かくしてフラールは峻佑たちの前から姿を消した。
神楽たちもなりを潜め、生徒会にも一時の安息が訪れたのだろうか?
次回は、序章以来すっかり出番のなかったあの人たちが帰ってきます。
VOL.36:両親の帰宅騒動(仮) です。
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