VOL.16:襲撃者
体育祭まであと数日と迫ったある日のこと。
「峻佑、聞いたか? 今日どこかのクラスに転校生が来るみたいだぜ」
朝、ちひろやみちると一緒に登校し、みちると別れて教室に入った峻佑に耕太郎がいきなり切り出した。
「転校生? こんな時期にか?」
峻佑は聞き間違いかと思って聞き返した。
「俺もそこら辺は不思議なんだけど、ほぼ確実だな。さっき職員室に呼び出されて行ったら、見たことないヤツが学年主任と話してたんだよ。真新しい制服の腕章も1年生のものだったしな。ただ一つ残念なのは、転校生が男だってことだ」
耕太郎は首を振っていかにも残念そうにつぶやいた。
「もう、沢田くんってそういうことばかり言ってるんでしょ?」
ちひろが笑いながら耕太郎の背中をバシバシ叩いた。
「な、なぜそれを! さては峻佑、お前中学時代のことを喋ったな!?」
耕太郎は峻佑の仕業と断定し、つかみかかった。
「おい、早まるなよ。オレは話した覚えはないぞ。なあ、ちひろ?」
峻佑は耕太郎の手を払いのけながらちひろに同意を求めた。
「うん、あたしは峻佑くんからは何も聞いてないよ。あたしには沢田くんがそういう風に見えたの」
ちひろは峻佑の言葉に頷き、弁解した。
「俺はちひろさんからそんな風に見られていたのか……」
ショックを受けてがっくりと落ち込む耕太郎を放置して峻佑たちは席に向かった。
HRと1時間目が終わり、2時間目が始まる前の休み時間、突如として4組の教室内に煙が立ちこめた。
「な、なんだ!? 何も見えない!」
峻佑を含めたクラスメートたちがパニックに陥る中、ただ1人ちひろは落ち着いていた。
(なんだかわからないけど、この状態なら魔法を使っても見られることはなさそうね……)
ちひろはそう考えると、魔法で窓を開くと同時にわずかに風を起こして煙を逃がしていった。と、そこに、
「真野ちひろ、覚悟! 猿義忍法、焔玉!」
煙が晴れつつある中を何者かがちひろに猛スピードで近づき、火のついた火薬玉を投げつけ、破裂させた。
「きゃあっ! ちょっと、いきなり何すんのよ! そんなもの投げたら危ないじゃない!」
「ちひろ、大丈夫か!?」
ようやく煙が晴れて視界が良くなったので、峻佑はちひろの悲鳴が聞こえた方へ向かった。すると、
「バカな、拙者の焔玉を受けて無傷だと!? くっ、奇襲失敗か! やむを得ん、この場は一旦退こう」
謎の襲撃者は驚きに満ちた声を出すと、足元に煙玉を投げつけ姿を消した。
「ちひろ、大丈夫か? ってか、あれはいったいなんだったんだ?」
峻佑がイマイチ状況を把握できずに首を傾げていると、
「うん、あたしは大丈夫。なんか攻撃されたけど、普段の防御で間に合う範囲だったから。なんか攻撃のときに‘エンギ忍法’とか言ってたからただの忍者かぶれか何かだと思うけど、あたしを狙ってくる理由がわからないわね……」
ちひろは大丈夫と頷いたが、襲われた理由まではわからず首を傾げていた。と、
「いま教室内に煙幕張ってちひろさんに襲いかかってたのって、今日転校してきたヤツじゃね? 朝俺が職員室で見たヤツそっくりだったし。たしか名前は猿義 半助とかいったな。でもってクラスは6組。6組の同志がさっき転校生が来たって言ってたからな」
耕太郎はどうやら襲撃者を見ていたらしく、正体を推測した。と、その瞬間教室内を矢が横切り、ちひろの席の近くの壁に刺さった。
「や、矢文……?」
ちひろが驚きつつも矢から手紙を外して開いてみた。
“拙者の正体をよくぞ見破った。その通り、拙者の名は猿義半助。猿義流忍法正統後継者である。我が猿義流忍法の極意は他の流派の秘伝の技を盗み、猿義流にアレンジして使うこと。今度の獲物は真野家に先祖代々伝わるとされる秘伝の書。その後継者の真野ちひろよ、秘伝の書を賭けて拙者と勝負いたせ。昼休み、屋上にて待つ 猿義半助”
と書いてあった。
「おいおい……なに考えてるんだこの猿義ってヤツは……」
横から手紙をのぞき込んだ峻佑が呆れたようにつぶやく。
「ふ〜ん……真野家の秘伝の書って、要はご先祖様が遺したあの書物のことでしょ? そんな重要なモノを賭けてあたしと勝負ですって? ふふっ、上等じゃない。魔法使いの怖さってモノを教えてあげるわ……」
ちひろは小さな声で笑いながら、静かに闘志を燃やしていた。
そして昼休み。ちひろはみちるにも事情を話し、峻佑を連れて3人で屋上に向かった。
3人が屋上に出るドアを開けると、すでに相手は来ていた。
「待っていたぞ、真野ちひろ。現代に生きる魔女よ」
黒い忍者装束に身を包んだ半助はちひろに指を突きつけ話しかけた。
「戦うかどうかは別にして、聞かせて。あなたは何者? どうしてあたしたちの正体を知っているの?」
ちひろは静かな声で半助に問いかけた。
「拙者の正体は朝の矢文で言ったとおりだ。我が猿義流忍法では他の流派の秘伝を奪い、それを使って敵を倒すことで強く生き残ってきた。そして、新しい技のためなら調査は惜しまない。この竹崎に住む真野家、そこにまだ手に入れてない秘伝の書があると知り、それを奪うために転校してきたのだ。もちろん、その調査の過程でお前が魔法使いだと言うこともわかってる。さあ、覚悟はいいか!」
半助は装束の中から小刀を2本取り出し、構えた。
「ふ〜ん。はっきり言って、あたしはあなたに魔法書を渡すつもりはないし、仮にあたしから魔法書を奪うことができたとしてもあなたには扱えないと思うわよ? それでもこの不毛な決闘をやると言うなら、憂さ晴らしに相手になってあげるわ。さあ、やるの? それともやらないの?」
ちひろも半助に指を突きつけて言い放った。
「扱えないかどうかはやってみないとわからぬ! いざ、尋常に勝負!」
半助は小刀を武器にちひろに飛びかかった。
「やると言うなら、容赦はしないわよ。魔法使いに接近戦を仕掛けるのは相手の魔法を封じると言う意味では定石かもしれないけど、甘いわね」
ちひろはニヤリと笑うと、半助の小刀を指先で挟んで受けとめた。
「くっ、動かぬ!? こ、この怪力女め!」
半助は焦って小刀を引き抜こうとしながらそう言った瞬間、ぴくっとちひろの顔つきが変わった。
「誰が……誰が怪力女ですってえ!?」
ちひろは怒りをあらわにして叫び、指先で挟んでいた小刀を振り回して小刀ごと半助を放り投げた。投げられた半助は思わず小刀でコンクリートの床に着地してしまい、小刀は真っ二つに折れてしまった。
「くっ、拙者を放り投げるとは、なんてパワーだ……ならば、猿義忍法、竜巻玉!」
半助は起き上がると同時に柄だけになった小刀を投げ捨てると、懐からテニスボールくらいの大きさの玉を取り出し、ちひろに向けて投げつけた。玉は空中で破裂すると、猛烈な風を巻き起こし、ちひろに迫っていった。
「しょせんこの程度か。もう、十分ね。終わりにしましょう」
ちひろは小さな声でそうつぶやき、続けざまに何事かつぶやくと、突然竜巻が進行方向を変え、半助のほうに戻りはじめた。しかも威力と速度も心なしか上がっていた。
「そんなバカな……ぎゃあああ!」
半助はなすすべなく竜巻に飲み込まれ、空中に放り出されたあと、屋上の床面に叩きつけられた。
「今のは相手の攻撃を1.5倍にして跳ね返す魔法よ。これに懲りたら魔法使いに挑もうなんて思わないことね」
ちひろが横たわる半助に冷たく言い放つと、
「こ、こんなはずでは……」
半助はやられ役の決め台詞的な一言を言って気絶した。
「やーれやれ、保健室に運んどいてやるか……こうなるだろうことは予想できてたしな。つーかこの状況の原因を保健の先生にどう説明すりゃいいんだ? まさか忍者対魔法使いの決闘が行われた、なんて言える訳ないしなぁ……」
屋上に誰もこないか見張っていた峻佑は一言ボヤくと、気絶した半助を引きずって保健室へ向かうのだった。
放課後、峻佑たちが帰ろうと下駄箱に向かうと、またも矢文が飛んできた。
「猿義とかいうヤツ、懲りてないだろ……で、今度はなんだって?」
手紙を開いたちひろに峻佑がたずねると、
「えーと、“今日は拙者の完敗だ。だがまだ秘伝の書を諦めたわけではない。せいぜい背後に気をつけるのだな”だって。もっとボコボコにしておけばよかったかな……?」
ちひろもさすがに呆れたようで物騒な発言をさらっと言い、
「まあまあ、姉さん落ち着いて。あれ以上やってたらあの人死んでたよ? だから、もし次に何か仕掛けてきたらそのときは完膚なきまでにやっちゃえばいいんじゃない?」
みちるはちひろをなだめながら話し、3人は帰路に着くのだった。
耕太郎の過去は本編にそれほど重要ではないので読者の方々の想像にお任せします。
次回、いよいよ体育祭編開幕!
VOL.17:体育祭Part1(仮) お楽しみにっ!