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チョコレートの魔法が貴方を守ってくれますように 〈レイネシア姫のターン〉

作者: 鳳めぐみ

 こつん、と窓になにか小さなものが当たる音がした。


(まさか……)


 こんな時のレイネシアの勘は、妙によく当たるのだ。のらりくらりと生きてはきたが、その勘に支えられて切り抜けてきたと言っても過言ではない。


 レイネシアは部屋着の上からふんわりと大きなショールをかぶると、カーテンの陰に隠れながらバルコニーに声をかける。


「こんな夜更けに、いたずらをなさるのは、どなた?」


 すると、くすくすと笑う声がした。それは忘れもしない、人をからかって楽しむ悪い癖のある、あの人の声だった。


「私です。姫様には、けむたがられているようですが」


 レイネシアはその声を聞いてはっとした。


(やっぱり……クラスティ様だったんですね)


 いったん部屋の明かりを消した。もし今外を誰かが通りかかったら、バルコニーにいるのがだれか、部屋の明かりに照らされてわかってしまうからだ。


「まったく、どうしたのですか……?」


 レイネシアはバルコニーに通じるガラス扉を開けた。ちょっとは迷惑そうな顔が作れているだろうか。


(まさか。こんな形でお会いすることになるなんて)


 アキバの街での公式行事のときには、たいていクラスティは隣にいて、軽口を叩いてくれた。


 ただ、いっときよりは、親しみが薄れたような……いや、クラスティがもともと持っていた儚さが、濃くなったような気がしていた。


「姫……」


 急に部屋の明かりが消えたせいで、クラスティは面食らっていた。


「びっくりさせて、ごめんなさい……とにかく中へ」


 クラスティの手を引き、部屋の中に導く。扉を閉めいったんカーテンを引き、私室のランプに火を灯して客間へと連れ出した。


「はあ。まったく心臓に悪いことを……。誰かに見られたら大変なことになってしまいますわ」


「いや……すみません。確かにそうですね」


 クラスティにしては珍しく元気のない様子だった。


(なにかあるのだわ……でも、聞いても教えてはもらえないでしょう)


 たいてい、なにか政治むきの悩みがあるとクラスティはレイネシアの部屋の空気を吸いにくる。まるで、空気の中に答えが含まれているかのように。


 そんなときは、話をする、というよりはそっとしておくのが一番良いことをたまたまレイネシアは知っていた。


(お父様も、そうでしたから……)


 話をせずに、傍らにいるだけの自分がひどくちっぽけで、つまらないお飾りの人形のような気持ちがして辛くなり、母にそれとなく話してみたことがあった。


(いいえ、傍にいるだけ、それだけが大事なこともあるのですよ、レイネシア。そんなときには、できるだけ落ち着いた気持ちでいることだけを心掛けるといいかもしれませんね)


 そう言って、母は寂しげに笑ったのだった。


 〈大地人〉の貴族の娘、というのは〈冒険者〉ほど知識もなく、体力も、戦闘力もない。知識は、アキバの街に最近出回るようになった〈本〉を読めば少しずつ増える。散歩をすれば体力も増える。


 けれど、自分には〈戦闘力〉はないのだ。この命もひとつきり……〈冒険者〉のように、蘇ることはできないのだ。


 自分の、そんな軟弱なところが情けなく、悲しくなることもあった。


 戦えない寂しさをアカツキに話したとき、黒目がちの目を潤ませて、言ってくれたのだ。


「そうか。姫も戦いたいと思うのか……。私だって、弱くて。泣きたくなるときがある。だから、強くなりたいと思うのは一緒だな」


 その話を聞いて一番驚いたのはレイネシアだった。アカツキがこの〈エルダー・テイル〉でも最高レベルと言ってよい90まで達している一流の〈暗殺者〉だと知っていたからだ。


「戦い方には、いろんな形があるから……姫は、姫として戦えば、それが一番だと思う」


 小さいながらも一本気な、黒髪の美しい少女は、一生懸命に言葉を探してレイネシアに伝えてくれたのだ。


(姫は、姫として戦う……)

 どう戦ったらよいのか、レイネシアはまだわからなくて、もがいていた。


 今の自分にできることは、その日1日の職務を丁寧にこなすこと……まだ、それで精一杯だった。



「どうか、遠慮なく掛けてください。……お茶をお出ししますわ」


 レイネシアは、クラスティを客間のソファーへ案内すると、湯を沸かしに立った。キッチンはとても立派で、使い勝手のよいものが備えられていた。


 レイネシアは、お茶の支度をしながら盛大にため息をついた。

 ひとつ、大問題だったのは、今ここには失敗作の手作りチョコレートしかないことだった。

 ヘンリエッタとアカツキに、「2月の14日、〈冒険者〉はふだんお世話になっている男性に、感謝の印として手作りチョコレートを贈る習慣がある」と教えられ、レイネシアのキッチンはにわかにチョコレート菓子の工場となったのだったが……。小さな皿にころころと並んだ、レイネシア手作りのガトー・ショコラはどれもぶかっこうで、情けない出来だった。自分の未熟さをさらすようでひどく辛かったが、今この家にはお茶菓子といえばこれしかない。


(ふだんからもっと性根を据えて、研鑽しなさいということですよね)


 レイネシアは、神様からキックを食らってリング上に打ち倒されたレスラーのような気分になった。


 まさか、こっそり自分で食べて証拠を隠滅しようとした失敗作を、クラスティに出さなくてはならないとは……。


「……どうぞ」


 レイネシアは言葉少なにクラスティへお茶とガトー・ショコラのなりそこないを出した。


「あいにく、こんな時間ですし。こんなものしかお出しできないのですが」


「……これは?」


 レイネシアは、自分の顔色が真っ赤になってゆくのをおさえられなかった。


(宮廷から離れて久しいですから……わたくしもお芝居を打つのが下手になりましたね……)


 この妖怪心覗きめ、勝手に人の心を覗いているがいい、と思った。チョコレートが完成したあと、ヘンリエッタが追加した「ああ。忘れていましたわ。意中の殿方に愛を告白するときも、チョコレートを贈りますのよ?」という説明が頭の中をぐるぐるする。


(よ、妖怪心覗きなら、これは、感謝の意だときっとわかりますよね……?そそそ、そんなっ!愛とかっ!そんなのではありませんからっ!) 


 そう思いながらも、レイネシアの心臓はばくばくと暴れ、呼吸が苦しくなるのだった。


「ガトーショコラのなりそこない、ですわ。食べるとざりざりして、おいしくないのは受け合います」


 いつも一緒に遊んでくれるヘンリエッタやアカツキと一緒に作ったのに、自分の分だけは失敗したことを話した。


「ああ……温度管理がうまくゆかなかったのですね」


 笑われるかと思ったのに、意外なことにクラスティはちゃんと残念そうな顔をした。


「どうしてご存知なんです?」

「ああ。私の妹もよく失敗をしていたので……。失敗作を食べるのは私の係でしたから」


 それでは遠慮なくいただきます、と、クラスティはココアをかぶった謎物体をひとつ口に放り込んだ。


「……それほど、ひどい出来でもないようですが。妹はもっとガリガリのを作っていましたから」

「そうでしたか……」


(半分は、慰めて下さってるのかもしれませんけど)

 駄目だ。これ以上、自分で凹んではいけない、とレイネシアは思った。


「これは……もし、気に入った出来だったらどうするおつもりだったんです……?」


 クラスティはガトーショコラの粒を見つめながら言った。


「それは……」

(いつもお世話になっていますから。もちろん差し上げるつもりでした)


 そう、答えるはずだったのに。



 そのとき、クラスティは何かに驚いたように目を上げた。そしてすぐ目線を左へと流す。



「すみません……どうしても出なくてはならない念話が……。少しだけ、待ってください」


 なぜか、ひどくがっかりした様子でそう言うと、クラスティは左耳に手をあてて話しはじめた。


「ああ……すみません、ちょっと考えをまとめたくて。今からそちらに向かいます。では」


 言葉少なに答えると、クラスティは小さくため息をついて念話を切った。



「……シロエ様、ですか?」

 そう尋ねると、クラスティは困ったような顔をした。


「その通りです」

 どうして判るのか、とは、クラスティは言わなかった。


(殿方が戦ごとに夢中になるのは仕方がない、とは宮廷にいる頃によく聞いていましたが)


 結局、主戦場に立つことができるシロエや三佐女史でなければ、クラスティの隣にいることなど、できはしないのだった。


「……シロエ様のお館に行かれるのでしたら、裏口のほうが近いですわ。さあ、こちらへ」


 レイネシアはランプを手にして、先に立った。


「すみません……レイネシア姫」


 クラスティは、絶対に"また来ます"とは言わない。言ったことがない。


 その約束が必ず叶えられるような、安全が保証された立場にないことを、彼はよく知っているのだ。


 レイネシアは、ほんの少しだけ、ゆっくりと歩いた。


(また、いつお会いできるか、わからないのですね)


 レイネシアは、泣きそうになるのを、ぐっとこらえた。


「どうか、お気をつけて」


 レイネシアは、なにも知らないといった顔、精一杯の作り笑顔で彼を見送ることしか、できなかった。


「貴女もどうか……気をつけてください」


 下弦の月は細く暗く、いったいどのような表情でクラスティがそう言ったのか、レイネシアには見えなかったが……クラスティの声は、切なく甘かった。







 end.







 こんばんは!鳳めぐみです!


 ソチオリンピックをBGMに愛機WX05K(京セラのガラケー)でぽちぽちと作業をしています(^^ゞ


 こ、こんなところまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました!!


 当初はまったくバレンタイン企画はなかったのですが、Twitterで「クラスティさんとレイネシアさんの二次創作が読みたいよう!!あんまりないんだよう!読みたいよう~!」っていう切なる叫びを目にしまして。



 アイデアがふってきてから1日半の突貫工事なので、たぶんいっぱいアラがありますが( ;∀;)



 すみません、これが今の私の精一杯……。



 そして意外なくらい、悲恋なお話になってしまいましたが、これはあくまで二次創作、本家ログホラとはまったく別のお話なのです……ということは、注記しておきます……。すみませんm(__;)m



 もし、なにか困った点があれば、よろしくご指導ください……。



(絶対に差し障りが発生しないログホラ学園物語とか書いたほうが無難なのかな、と最近よく思います)



 最近、寒さがぶりかえしてきているので、どうかどうか体に気をつけてお過ごしください……!!



 ではっ( ´∀`)/~~




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― 新着の感想 ―
[一言] 時系列を細かく言うと,「迷子」の前としたほうがいいかなっと思います。 アカツキ.シロエ.ソウジロウが倒れた時点で クラスティさん行方不明。
[一言] なるほど。 個人的には、最後がわざとかな?と、気になりましたね。 姫は「お気をつけて」と言ってるんですよね。 武人に対する戦場へ送り出す別れは、「ご武運を」が正しいのですが、これって「運が…
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