結ばれない欠片
私は幼い頃からひどく臆病でした。
外の世界が怖かったのです。
そんな外の世界で暮らしている人達も怖かった。
違うと言うことが怖かった。同じではないと言うことが苦痛だった。
私の見ている世界と他人の見ている世界。
私の感じている感覚と他人の感じている感覚。
楽しそうに笑い合う会話の環に加わることさえできませんでした。
私には判らなかったのです。他人に合わせるための笑い方が。
いっそ空気に、いいえ、植物にでも慣れたらどんなに素敵だろうと思っていました。植物は唯いつもそこにいるだけで、きっとこんな悩みなど持たなくてもいいだろうから。
けれど、私のこの思いはある少女との出会いでがらりと変わりました。
「ね、お話しよ」
ある日のことでした。そう言って私に声をかけてくる少女がいました。優しい、少女でした。笑顔のまぶしい少女でした。
戸惑う私に構わずに彼女はいつも隣にいて、色々なことを話してくれました。
「この花、しってる?」
そう言って彼女が見せてくれたのは透けるような白さの花弁を持つ花でした。私はその花を見て可愛い花。とは思ってもその花のことは知りませんでした。
「これはね、オシロイバナって言うんだ。いろんな色のある花でね、今朝起きたら白いのがこの一輪だけ咲いてたの。可愛いよねぇ」
彼女はそう言って愛おしそうにオシロイバナをなでました。
「この子の花言葉は臆病と内気。――貴女と一緒ね」
そう言って私に微笑みかけた彼女に私は、知らず微笑み返していました。
私はいつのまにか彼女が好きになっていました。
彼女との交わりで私は色々なことを知りました。
「違う」ということは「個性」であり、「他人」という存在を「認める」と言うこと。大切なのは「同じであること」ではなく、お互いを「理解し合うこと」なのだと。
私が怖がっていたのは「違う」ということがいづれ「拒絶」に繋がるのではないかと言うことを無意識の内に知っていたから。けれどそれは誰しもがもっているモノ。
だから人は人と繋がらないといけない。個性を認めて、理解しあうことで拒絶は容認に変わり、違うと言う恐怖は認められたと言う安心感に変わる。
彼女は膝を抱えて凍えながら怯えていた私に、手を差し伸べ一筋の、けれど大きな光を与えて照らし暖めてくれました。
彼女との毎日はとても楽しく、新鮮で、愛しいものでした。
――――けれど、彼女と私は「違いすぎて」いました
彼女は私のことを好いてくれていました。
私も彼女のことが好きでした。
しかし、彼女と私の間には決定的な齟齬があったのです。
私も彼女もそれには気が付いていませんでした。けれど私がそれに気が付くのはそう難しいことではなかったのです。
――――狂おしい愛欲の焔が身を灼く苦しみを知りました。
私は、自分ではどうしようもないほどに、彼女を、愛してしまっていたのです。
それでも私はそれが異常なことだと知っていました。この気持ちを彼女に伝えれば、きっともう、彼女とは一緒にいられなくなる。私に――今の私にとってそれは死よりも辛いことです。
私は耐えました。必至に自分に言い聞かせたのです。今のままで良いじゃないか。彼女が隣にいてくれる。ただ、それだけで十分ではないか。と。
けれど私の中の焔はその火力を増すばかり。抑えようとすればするほど、どうしようもなくなっていく。彼女のなにもかもが狂おしいほどに愛おしい。嗚呼、彼女を私だけのものにしたい。けれど――――……
愛欲の焔を膨らませながら私は彼女との交わりを続けていく。
彼女の笑顔。白い肌。流れる髪。きれいな声。花弁のような唇。優しさ。――――ううん。そんなものは些細なもの。私にとって彼女という存在そのものが愛おしいのです。
「大丈夫?具合悪そうだけど」
そう言って私の顔をのぞいてくる彼女に、私はなんでもないよと笑顔で返しながら思いました。
――――貴女はきっと私のこの想いを想像すらしていないのでしょうね。
と。
ある時、私はついに決心しました。
私は勇気を振り絞って想いの全てを彼女に告白しました。
けれど、私のこの想いは彼女に「拒絶」されました。
そのときの彼女の言葉は優しく、それだけに残酷で辛いものでした。
この決定的な違いは到底判り合えないのだと確信しました。
この後の私の記憶はとても曖昧で、けれど、不思議と客観的で鮮明なものでした。
泣きながら逃げる愛しい少女。
それを追う私。
縺れ合うようにして木の床を転がる私と彼女。
彼女に全身で触れていると言う歓喜に震えながら、自らと愛を呪う私。
顔を歪め、泣きながら私に何かを言う彼女。
何を言っているのか判らない。何故泣いているのか判らない。
――――嗚呼、こんなにも愛しているのにあなたを判ってあげれない。
気が付けばそこは教会でした。
聖母様が見守る中、彼女は、とても冷たくなっていました。
嗚呼、何故こうなってしまったのだろう。
もう私に微笑みかけてくることも、一緒に花を愛でることもできない彼女を前に 私は嘆き悲しみました。
嗚呼、なんで私達は分かり合えなかったのだろう。
いつのまにか頬を濡らしていた涙に気付くことなく私は自分を恨みました。
――――大丈夫。今度こそ、私と貴女は判かり合える。結ばれることができる。悠久に、永遠に、一緒にいられる。だから、そのときまで、おやすみなさい。
私の、愛しい人……




