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あの階段は語る。

作者: 木山花名美
掲載日:2026/03/28

 

 青い屋根と白い壁が美しい、とある有名な城。

 そのホールの有名な階段の下に、とある高貴な人々が集まっていた。


 まず一人目は、王太子チャーミング。

 高祖父譲りの黒髪と、高祖母譲りの青い瞳を持つ、どこか冷たい美貌の青年だ。長い腕を組み、婚約者を鋭い目で射貫いている。

 二人目は、王太子の婚約者アナスタシア。

 炎のような赤い髪と、吊り上がった紫色の瞳を持つ、華やかな美貌の公爵令嬢だ。背筋を伸ばし、皇太子の鋭い視線を凛と受け止めている。

 三人目は、王太子の愛人エラ。

 太陽のような金髪と、大きな空色の瞳を持つ、愛らしい美貌の男爵令嬢だ。背筋を丸め、車椅子に弱々しく座っている。


 主要人物はその三人で、あとは王太子の取り巻きやら令嬢の侍女やら大臣やら国王──

 その他大勢が見守る中、王太子は婚約者を指差し、大袈裟に声を張り上げる。


「アナスタシア嬢! お前は一昨日の舞踏会の夜、この階段からエラ嬢を故意に突き落とした! そのせいでエラ嬢は足を捻挫し、危うく腹の子も流れるところだったのだぞ! 世継ぎを害そうとしたその罪、たとえ公爵令嬢であっても、決して赦されることではない!」


 すると王太子の婚約者、アナスタシア公爵令嬢は淡々と言い返した。


「エラ嬢が勝手に落ちただけですわ。助けようと手を伸ばしましたが、振り払われました」


「勝手に、だと!? 母子ともに命を落としかけたというのに、なんという言い草! ……はっ! お前のような冷たい女が王太子妃になどなれる訳がない!」


「あなた様こそ、私という正式な婚約者がありながら、別の女性……しかも男爵令嬢ごときと肉体関係を持ち、安易に御子を儲けるなど。到底未来の国王に相応しいとは思えませんが」


「なっ……なんだと!?」


「私たちの婚約は、王室と公爵家との契約なのですよ? まさか王太子ともあろう方が、その意味を理解されていらっしゃない訳はございませんよね? 万一婚約解消ともなれば、不利益が生じるのはどちらでしょうか」


「うるさい……うるさいうるさい! そんなことはわかっている! 王室のために、お前のような冷たい女との婚約も受け入れていたんだ! ……受け入れていたつもりだったんだよ」


 さっきまでの威勢はどこへやら、王太子の口調は途端に弱々しくなる。そして美しい唇から語られ始めたのは、あの世紀のロマンスだった。


「だけど私は、真実の愛を見つけてしまったんだ。かつてこの階段で、ガラスの靴を拾った高祖父のように。青いドレスで広間に現れたエラを見た時、これは運命だと胸がときめいたんだよ」


「チャーミングさまぁ……」と泣くエラの肩を抱き寄せる王太子。二人のその姿は、確かに中央の踊り場の壁に飾られた、世紀のカップルの肖像画に重なる。

 アナスタシアは軽くため息を吐き、紅を塗らなくても赤い天然物の唇を開いた。


「お二人の馴れ初めや、真実の愛とやらは今は関係ございません。なぜエラ嬢がこの階段から落ちたか、責任は誰にあるのか、そこを追及された方がよろしいのでは? 皆様、お忙しい中こうしてお集まりいただいている訳ですし」


 カッと顔を赤らめ「うるさい!」と叫ぶ王太子と、うんうんと頷く大臣ら。侍女と取り巻きたちは、それぞれの主を守ろうと戦闘態勢に入った。


 王太子はゴホンと咳払いをすると、自分の取り巻きたちを、前に引っ張り出し証言させる。エラに対して醜い嫉妬を抱いたアナスタシアが、エラの頭に水をかけたり平手打ちをしたりと……まあ、そんなありきたりな内容だった。

 アナスタシアはふっとわらい、毅然と言い返す。


「もし私がエラ嬢に対し嫉妬していたなら、そんな幼稚な悪戯では済みません。そうですね……まずは王太子殿下を媚薬で誘惑した罪で牢に入れて、だらしないその女性器を焼き鏝で……胎教に良くないので、あとはご想像にお任せいたしましょう」


 エラは涙を引っ込め、慌てて反論する。


「びっ、媚薬なんて使っていないわ!」


「使ったか使っていないかなんてどうでもいいのよ。礼儀知らずで目障りな女をいかに排除するか……ただそれだけ」


 まるで悪女のように恐ろしい公爵令嬢に、取り巻きたちは震え上がり、すごすごと引き下がった。

 緊張した空気の中、今度はアナスタシアの侍女ドリーが、(くうっ! お嬢様、カッコいい!)と内心興奮しながら前に歩み出る。

 そして、アナスタシアに対して醜い嫉妬を抱いたエラが、アナスタシアを悪女に仕立て上げるため、あの手この手で事件をでっち上げ、被害者ぶっていたことを証言した。


 わあっと泣き出すエラと、ざわつくホール。

 王太子は、アナスタシアとドリーをキッと睨みつけ叫んだ。


「嘘だ!それこそでっち上げだ! 証拠は……証拠はあるのかっ!」


 その声に、大臣の群れの中から、スッと手が上がる。瓶底メガネを掛けた若い大臣が、四角い箱を片腕に抱え前へ歩み出た。

 長い指で、メガネをくいっと押し上げながら、よく通る爽やかな声で話し出す。


「この箱は、王室の研究室で開発されたばかりの、物の声を聞く魔道具でございます。今からこの階段に、一昨日の事件を詳しく証言してもらってはいかがでしょうか?」


 ホールはさらにざわつく。面白そうだという声と、これはまずいのでは……という声が入り混じっている。

 王太子はエラが青ざめるのを見て止めようとするが、静かに控えていた国王からGOサインが出てしまう。

 わざわざ階段の下に召集したのはこのためだったのかと、王太子はやっと気付いた。


 メガネの大臣は階段を昇り、世紀のカップルの肖像画が飾られた中央の踊り場に立つ。床に箱を置き、中から聴診器のような物を取り出すと、階段の一番上の段にペトッと当てた。


『……やれやれ、今日は昼から騒がしいな。ここんとこ舞踏会や夜会が続いて踏まれっぱなしなんだから。少しぐらい休ませてくれよ』


 気だるそうな声が、開いた箱からホールへと響いた。


「おおっ、これが階段の声か!」

「さすが歴史ある階段、舞台役者のようにいい声だな!」


 感嘆の声があちこちから上がる中で、エラの顔は一層青くなっていく。


「お騒がせして申し訳ございません。一刻も早く解散するために、一昨日の舞踏会の夜に起きた事件について、あなたが知っていることを教えていただけませんか?」


『ああ、令嬢が落っこちた事件だろう? 当然、よく知っているよ。すぐ上の踊り場()でそこの令嬢たちが話していて、一人がこの段から落ちたんだから』


「二人はどのような会話をしていましたか?」


『うーん、金髪の方が、赤毛の令嬢を一方的に煽っていたな。“ お飾りの王太子妃と、寵愛される側妃のどちらが女性として幸せかしら ” とか、“ 私はいずれ国王の母になるのよ。そうしたらあんたなんて追放してやる ” とか』


 皆の視線が、一斉にエラへと集まる。

「エラがそんなこと言う訳ない!」と庇う王太子と、「違う! 嘘よ!」と首を振るエラを、国王は苦い顔で制し、取り調べを続行させた。


「……それで、金髪の暴言に、赤毛の令嬢はなんと答えましたか?」


『何も。黙って聞いていたよ。“ お話が終わったようなら失礼いたします ” と広間に戻ろうとしたが……金髪が勝手に受け身を取りながら下まで落ちて行ったんだ。赤毛の令嬢は咄嗟に手を差し伸べたが、振り払われてしまってな』


 エラへ集まっていた視線は、一気に険しくなる。王太子は早くもエラを庇うことを諦め、処罰を逃れる方法を考え始めていた。


「その後、赤毛の令嬢は、どのように対応しましたか?」


『階下で倒れた金髪に駆け寄って、すぐに助けを呼んだ。自分のショールを金髪の腹に掛けて、御子を守れと必死に周りに指示していたよ』


 一斉に称賛の眼差しを向けられるも、アナスタシアは微動だにしない。役者のような階段を、深い紫色の瞳でじっと見つめていた。



「お疲れのところ、貴重な証言をありがとうございました。せっかくの機会ですから、他に何か伝えたいことはありますか?」


 そう促された階段は、声のトーンを落とし、ある衝撃的な事実を語った。


『昔……ガラスの靴をわざと置いていった、金髪碧眼の青いドレスの令嬢がいたな。そのせいで、当時の王太子は、結婚間近だった令嬢を婚約破棄したとか。裏切られた哀れなその令嬢は、ここで眠るように…………興味があるなら、下から三段目に訊いてみるといい』


 現国王も知らない、かつて王室が隠蔽した悲劇が、魔道具を通して三段目の口から静かに語られた。




 それから数日後──

 王太子とアナスタシア公爵令嬢は婚約を解消した。王太子に全面的に非があると認められたが、王室の苦しい財政を鑑みて、慰謝料は請求されなかった。娘を傷つけられた公爵家が、怒りを胸の内に収め、臣下として円満に処理したためだった。

 また、王太子は謹慎処分ののちに廃位され、身重のエラとともに辺境の地へ追いやられた。


 そして──あの世紀のカップルの肖像画も、国王のめいで、跡形もなく撤去された。

 かつてガラスの靴が置かれた、下から三段目。そこで起きた悲しい物語は、その場にいた人々から永遠に語り継がれ、絶えず花が手向けられるようになった。


 新たに王太子として即位したのは、アナスタシアの叔母が生んだ、幼い第二王子だった。

 即位式にて、自分と同じ赤毛に冠を被せられる従弟を、アナスタシアは複雑な気持ちで見守っていた。



 厳かな式が終わり、華やかな夜会へと移る。

 アナスタシアは、広間の角にひっそりと立つあの大臣を見つけ、そちらへ向かった。

 二人は丁寧に挨拶を交わし、グラスを掲げる。


「その節はありがとうございました」

「いえ、お役に立ててよかったです。物に真実を訊くのが一番公平ですからね」

「……公平ではないかもしれません。あの階段、嘘をつきましたもの。私を助けるために」


 アナスタシアはグラスを一気に呷り、言葉を吐き出す。


「本当は私、彼女の手をしっかり掴んだんです。階段を落ちるなんて、危ないことは止めてほしい。最初はその一心でしたけれど……。でも結局、勢いよく振り払ってしまいました。だって……だって『あなたはシンデレラに負けたのよ』って。『十年の月日も、一瞬の魔法には敵わないのよ』って、そう言われて……」


 涙交じりの声に、大臣は黙って耳を傾ける。


「私、本当は嫉妬していたんです。あんな酷い人でも愛していたみたいなんです。だって、十年間も一緒に過ごしたんですよ? 幼い頃から一緒に遊んで、一緒に本を読んで、一緒に未来を……。従弟ではなく、私に似た赤毛の息子が、あの冠を被っていたかもしれないのに。それなのにどうして? どうしてあの人は急に変わってしまったの? 世紀のロマンスなんて、魔法なんて大っっっ嫌いよ」


 大臣はアナスタシアが人目に触れぬよう、柱の陰に隠す。そして、彼女の頬をハンカチで拭いながら、優しく言った。


「大丈夫、もう魔法は解けましたから。あなたが大切に育んだ十年間は、決して幻なんかじゃありませんよ」


 アナスタシアの心から、ふっと余計な力が抜ける。身勝手な魔法に壊されてしまったあの日々を……愛を否定しなくてもいいのだと、初めてそう思えたからだ。

 アナスタシアはハンカチを受け取り、自分の頬をごしごしと拭う。そして「ありがとう」と、晴れやかな顔で微笑んだ。



「それにしても、よく私がわかりましたね? 今日はメガネを掛けていないのに」


「ああ……あなた、とってもいい声ですから。つい口元ばかり見てしまったので、唇の形や顎のほくろが印象に残っていましたの。それにほら、階段さんの声もあなたでしょう? 一瞬、腹話術かしら、なんて疑ってしまって。皆さん気付かなかったようですけれど」


 すると大臣は、目を輝かせ楽しそうに答えた。


「そうなんですよ! あっ、腹話術ではなくて……あの魔道具には私の声が組み込まれているんです。実は、あれを開発したのは私の親友でしてね。いい声だから、ぜひ使わせてほしいと」


「まあ。では、みんなあなたの声でお喋りされるのですか?」


「はい。この柱も、あのシャンデリアも……あ、あなたのその赤い靴も。性別関係なく、全て私の声で喋ります」


「性別……」


 アナスタシアはふふっと笑う。

 薔薇の飾りの付いた、いかにも女性らしい赤い靴を見下ろしているうちに、ある光景が重なった。


「信じていただけないかもしれませんが……エラ嬢が階段から落ちる時、階下の赤い絨毯がふわっと動いて、彼女を包み込んでくれたんです。助けてくれてよかった……そうでなければ私は……」


 再び涙が溢れる前に、長い指が彼女の目尻を拭う。その優しい温もりに、アナスタシアはしばしの間、やるせない感情を委ねていた。



 やがて、笑みを交わす二人の耳に、美しいワルツの調べが流れ込んだ。


「よかったら、一曲お相手していただけませんか?」


「……ええ、一曲でも十曲でも。魔法なんてどこにもありませんから、好きなだけ踊りましょう」



 十二時の鐘が鳴っても、消える心配などしなくていい。

 見つめ合う二人の間には、ガラスの靴よりも輝く何かが残っているから。


ありがとうございました。

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拝読させていただきました。 人間は哀しみ、嫉妬する。 階段や絨毯の方が優しくて冷静でしたね。
階段が証言するなんて斬新!この魔道具があれば何でもお見通しですね。歴史好きとしては、歴史のあれやこれやも語って欲しい。 階段さん=大臣さんのお声は、声優の速水奨さんを思い浮かべてしまいました(◯滅の…
次々明かされる真実にひょえーと驚かされっぱなしでした! 一緒に成長したら情が湧くし、王妃を夢見ちゃいますよね…… 最後は優しい救いのあるお話で、じわっと心に響きました。 素敵なお話をありがとうございま…
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