EP 9
防衛戦! フル課金プロレスショー
「ふぅ……ついに、足場が取れたな」
夕暮れ時の『黒霧の丘』。
優也は、夕日に照らされる我が家――『高宮邸兼事務所』を見上げていた。
野菜レンガとドワーフ漆喰の白い外壁。
断熱サッシが入った大きな窓。
屋根には太陽光パネル(魔導集光板)が並び、煙突からは暖炉の煙がたなびいている。
異世界の風景には少しそぐわないが、機能美を追求した「現代住宅」の完成だ。
「あとは内装の仕上げと、家具の搬入だけですね!」
「ボクの部屋、一番日当たりがいい場所にしてね!」
キャルルとルナも目を輝かせている。
しかし、その平穏は唐突な地響きによって破られた。
ズズズズズズズ……!!
「地震か!?」
「いいえ主様、これは……魔物の足音です! それも大量の!」
キャルルの長い耳がピクリと動く。
丘の麓、優也が舗装したばかりのアスファルト道路の向こうから、土煙を上げて迫る黒い影。
オーク、オーガ、ゴブリン……その数、およそ300体。
いわゆる『スタンピード(魔物の暴走)』だ。
「ヒャハハハ! 壊せ! 奪え! あの家を瓦礫に変えてしまえぇぇ!」
魔物の群れの後方で、安全な場所から叫ぶ男がいた。
先日、リベラに追い払われた悪徳領主、ボルゲ子爵だ。
手には怪しげな笛を持っている。あれで魔物を誘導したのだろう。
「逆恨みかよ……。しかも、せっかく作った道路を利用して進軍してきやがった」
優也の舗装道路があまりに快適だったため、魔物たちもスイスイとスピードに乗って走ってきている。皮肉な結果だ。
「主様、迎撃します! 月影流……!」
「私も! 家は壊させません!」
キャルルが飛び出し、ルナが杖を構える。
だが、数は圧倒的だ。
キャルルがトンファーでオークを殴り飛ばしても、次から次へと湧いてくる。
ルナが魔法を放とうとするが――。
「えいっ! エクスプロージョン!!」
ドカーン!!
「うわあああっ!? ルナ、馬鹿! 家の近くで爆裂魔法を使うな! 窓ガラスが割れる!」
「あうぅ、ごめんなさいぃ!」
ルナの火力は高すぎる。家を守りながら戦うには不向きだ。
このままでは、数で押し切られてマイホームが蹂躙される。
「……くそっ、やるしかないか」
優也はスマホを取り出し、残高を確認した。
タロウ王からの前金、リベラからふんだくった慰謝料、ニャングルから値切った浮いた金。
全てを合わせれば、ギリギリ足りる。
「みんな、下がれ! ここからは……『大人の解決法(課金)』で行く!」
優也は画面上のアプリを、指が残像に見えるほどの速度で連打した。
【アプリ『超人要請』起動】
【アプリ『魔法代行』起動】
【アプリ『お友達』起動】
【アプリ『恋人代行』起動】
「全員まとめて来いッ!! フル課金だぁぁぁ!!」
《チャリンチャリンチャリンチャリーン!!》
けたたましい決済音と共に、空が、大地が、空間が歪んだ。
「レェェェェディィィィス、エーン、ジェントルメン!!!」
戦場に場違いなマイクパフォーマンスが響き渡る。
虚空から現れたのは、燕尾服の魔導師・ザーマンスだ。
「今宵、この黒霧の丘で開催されますは、血沸き肉躍るデスマッチ!
赤コーナー! 悪徳領主率いるモンスター軍団ンンン!
対する青コーナー! 宇宙の彼方から飛来した、筋肉の救世主ゥゥゥ!」
ズドオオオオオオン!!!
ザーマンスの紹介に合わせて、魔物の群れのど真ん中に隕石が直撃した。
爆煙の中から、テカテカにオイルを塗った巨人が立ち上がる。
「ガイマァァァックス!!」
「ひっ、ひぃぃぃ!? な、なんだコイツは!?」
ボルゲ子爵が腰を抜かす。
ガイマックスはニヤリと笑い、右手を掲げた。
「リング・イン!!」
カァン!
半径50メートルの巨大な結界――『特設リング』が生成され、魔物たちを完全に閉じ込めた。
「さぁ、試合開始だ! レフリーは、この方!」
ザーマンスが指差すと、縞模様の服を着た女子高生・ユアが、パイプ椅子を持ってリングインした。
「反則は厳しく取るよー? あ、ガイマックス君、これ使いな」
ユアは笑顔で、持っていたパイプ椅子と、どこから出したのか分からない**「有刺鉄線バット」**をガイマックスに手渡した。
「サンキュー、レフリー!」
「ちょ、ちょっと待て! 凶器だろそれは!」
子爵が叫ぶが、誰も聞いちゃいない。
さらに、リングサイドには「ROUND 1」のボードを持ったバニーガール姿の美女・リカが現れた。
「うふふっ♡ どっちが勝つかしら? 賭けてみる?」
リカが悩殺ポーズでウインクを飛ばす。
その色香に、最前列のオークたちが「ブヒィ……♡」と鼻血を出して硬直した。
「隙ありィィ!!」
ガイマックスが有刺鉄線バットをフルスイングする。
バゴォォォン!!
オークたちがホームランボールのように星になって飛んでいく。
「つ、強い……! なんなんだコイツらは!」
「まだまだぁ! 次は魔法(演出)とのコラボだ!」
実況席のザーマンスが杖を振る。
「イリュージョン・ファイヤー!」
リングの周囲から極彩色の炎が噴き上がり、魔物たちを恐慌状態に陥れる。
「逃げるなァ! 筋肉からは逃げられない! マッスル・ラリアット!!」
ガイマックスが暴走機関車のように走り回り、次々と魔物たちをなぎ倒していく。
ユアは倒れた魔物に対し、高速で「ワンツーカンカンカン!」とカウントを取り、即座に退場(消滅)させていく。
「ひ、ひぃぃ……! 撤退だ! 逃げろぉぉ!」
ボルゲ子爵が逃げ出そうとした、その時だった。
「おっと、逃走はルール違反だねっ☆」
ユアが子爵の前に立ちはだかり、スマホの画面を見せた。
「あんたの今の心拍数、180超えてるよ? あと、あんたの隠し財産の情報、全部ネットに流しちゃった♡」
「な、なにぃぃぃ!?」
「仕上げだガイマックス!」
「おうよ!」
ガイマックスが子爵の背後に回り込み、そのブヨブヨした体を高々と持ち上げた。
「これは……出るか!? 必殺の……!」
ザーマンスが絶叫する。
優也は完成したばかりの家のテラスで、コーヒーを飲みながらその光景を眺めていた。
「ファイナル・ギャラクシー・パイルドライバーッ!!!」
ズガァァァァァン!!!
子爵の体は、地面に深々と突き刺さった。
完全にKO。白目を剥いてピクりとも動かない。
カンカンカンカンカン!!
「勝者! ガイマァァックス!!」
ザーマンスの勝ち名乗りと共に、魔物たちは全滅、黒幕も撃破。
完璧な勝利だ。
「ふぅ……いい汗かいたぜ」
ガイマックスはマッスルポーズを決め、そして――
「おっと! 3分経つ! カップ麺が!」
「あ、私もドラマの再放送見なきゃ」
「アタシもネイルの予約あるしー」
「撤収でーす」
シュンッ!
4人は驚くべき速さで光の粒子となり、それぞれの世界へ帰っていった。
あとに残されたのは、静寂と、地面に刺さった子爵と……優也のスマホに届いた「決済完了通知」だけだった。
「……勝ったな」
優也は空になったコーヒーカップを置いた。
財布の中身はスッカラカンだが、守るべき「城」は無傷だ。
「主様……すごいです! まるで神話の戦いでした!」
「優也さん、あの筋肉の人、また呼んでください! 今度は私も混ぜて!」
キャルルとルナが興奮気味に駆け寄ってくる。
優也は苦笑しながら、夕日に染まるマイホームを見上げた。
「……次は、もっと稼がないとな」
高宮建設の「最初の夜」は、こうして賑やかに更けていった。
そして翌日。
完成した事務所の扉を、とんでもないVIPたちが叩くことになる。




