EP 6
土地購入!そこは幽霊物件?
「毎度おおきに! お客さん、ええ買い物しまっせ!」
大陸屈指の大企業『ゴルド商会』のルルー支店。
応接室に通された優也たちを迎えたのは、商人服に身を包んだ茶トラ模様の猫耳族だった。
「ワイは当支店長のニャングルや。……フンフン、ええ匂いや。タロウ王とレオ王の『紹介状』から、極上の金貨の匂いがするでぇ!」
ニャングルは優也が提示した紹介状に頬ずりし、首から下げた巨大な鈴をチャリンと鳴らした。
そして、純金のそろばんをスケボーのように乗りこなし、テーブルの上を滑って優也の目の前に着地した。
「で? 拠点が欲しいんやって?」
「ああ。条件は以下の通りだ」
優也はメモを読み上げた。
* 広さ: 資材置き場と実験場が必要なので、最低500坪。
* 地盤: 固い岩盤層であること(重量級の建築に耐えるため)。
* 水利: 近くに水源があること。
* 予算: 金貨100枚以内。
「……お客さん、アホなんか?」
ニャングルは呆れ顔でヒゲを震わせた。
「500坪で地盤カチカチで水付き? そんな優良物件、王都なら白金貨(100万相当)コースやで。予算の桁が一つ足りへんわ」
「そこをなんとかするのが商人の腕だろ? タロウ王も『ニャングルならなんとかする』って言ってたぞ」
「くっ……! あの王様、また無茶振りを……!」
ニャングルは「キィーッ!」と頭を抱えたが、そろばんを高速で弾き始めた。パチパチパチパチ!
「……ある。一つだけ、あるわ」
ニャングルが取り出したのは、一枚の古びた地図だった。
街外れの小高い丘。立地は最高だ。
「通称『黒霧の丘』。広さは1000坪。元々は貴族の別荘地や。建物(廃墟)付き。これなら金貨10枚でどうや?」
「10枚!? 破格すぎるだろ」
相場の10分の1以下だ。
優也の【簿記1級】スキルが、「裏がある」と警鐘を鳴らしている。
「……とりあえず、現調(現地調査)に行こうか」
現地に到着した優也たちを待っていたのは、昼間だというのに薄暗い霧に包まれた、ボロボロの洋館だった。
「ひぃぃ……主様、ここ怖いですぅ……」
キャルルが優也の背中に隠れる。ウサギの聴覚が、風に乗って聞こえる「何か」を捉えているようだ。
ルナだけは「わぁ、趣がありますね!」と天然発言をしている。
「……基礎は腐ってるな。リフォームは無理だ。更地にして建て直すしかない」
優也が建物の柱をチェックしていると、突如、館の扉がガタガタと激しく揺れた。
『……カエ……レ……』
地を這うような怨嗟の声。
霧が集まり、半透明の老人の姿を形成した。
『ワシの……土地ダァ……! 出テ行ケェェェ!!』
「で、出たァァァ!! 幽霊ですぅぅ!」
キャルルがパニックになり、トンファーを振り回すが、物理攻撃は幽霊の体をすり抜けるだけだ。
ニャングルがそろばんを盾にして震え上がった。
「そ、そうや! 言うの忘れとったけど、ここは前の持ち主が『土地への執着』を残して死んだ、札付きの幽霊物件なんや! せやから安いんや!」
「忘れてた、じゃねぇよ確信犯!」
優也は舌打ちした。
悪霊に取り憑かれた土地なんて、建築以前の問題だ。除霊師を呼べば追加料金がかかる。
……いや、待てよ。
優也はスマホを取り出した。
「リカさん、出番だ。追加オプション『憑依演技』頼めるか?」
「あら、人使いが荒いわね。……で、役柄は?」
優也は幽霊の姿(頑固そうな老人)を観察し、即座にプロファイリングを行った。
(あの年代の頑固ジジイが、唯一頭が上がらない存在といえば……)
「設定は『母親』……いや、もっと上だ。『お婆ちゃん』でいこう!」
「了解。……3分だけよ?」
リカが化粧ポーチから白粉を取り出し、パンパンと顔に叩く。
白い煙が彼女を包み込む。
煙が晴れた時、そこに立っていたのは、腰の曲がった、しかし眼光鋭い老婆だった。
「コラァ! ヨシオォォ!!(適当な名前)」
リカ(老婆Ver)が、しわがれた大声で怒鳴った。
幽霊の動きがピタリと止まる。
『……え? ……バ、バッチャ……?』
「いつまで現世に未練たらたら残っとるんじゃ! みっともない! お天道様の下で成仏できんのかい!」
リカの演技は完璧だった。その迫力は、まさに昭和の雷親父ならぬ雷ババア。
幽霊(ヨシオ?)は、たちまち小さくなった。
『で、でもバッチャ……この土地はワシが一生懸命……』
「あー言えばこー言う! 死んだらあの世に行くのが道理じゃろが! さっさと行って、爺さんの肩でも揉んでやりな!」
リカが幻影の杖を振り上げる。
幽霊は「ひぃっ! ごめんなさいぃぃ!」と泣き出し、そして……。
『……バッチャに会えて、良かった……』
満足げな笑みを浮かべ、光の粒子となって空へと消えていった。
除霊完了。所要時間、わずか1分。
「……すごい。物理無効の幽霊を、演技力だけで成仏させた」
優也が感心していると、リカは元の美女の姿に戻り、髪をかき上げた。
「ふふ、チョロいもんね。……さて、優也くん? 難易度高めの演技だったから、ボーナス期待してるわよ?」
「……検討します」
幽霊が消え、霧が晴れると、そこには素晴らしい眺望が広がっていた。
眼下にはルルーの街並み、遠くには世界樹の森も見える。
地盤も申し分ない。
「……ええ場所やろ? 幽霊もおらんくなったし、これで金貨10枚は安すぎやで!」
ニャングルがそろばんを弾きながら、契約書を差し出してきた。
「さ、ここにサインを……」
「ちょっと待った」
ユアが横から手を伸ばし、契約書をひったくった。
ギャル特有の軽いノリで、書類の隅々まで目を走らせる。
「んー? ……あ、見つけた。ここ」
ユアが指差したのは、虫眼鏡でも読めないような極小の文字で書かれた特約事項だった。
「『本物件ニ係ル、前所有者ノ固定資産税オヨビ滞納金ハ、新所有者ガ承継スルモノトスル』……だってさ」
「なに!?」
優也が再確認する。
滞納額、金貨500枚。
つまり、土地代10枚で買わせて、裏で500枚の借金を背負わせる罠だ。
「ニャングル店長……?」
優也の声色が低くなった。
キャルルがトンファーを構え、リカが無言でハイヒールを脱ぎ(武器にする気だ)、ルナが「悪い猫さんにはお仕置きですねっ!」と杖を構える。
「ヒィッ!? ち、ちゃうねん! これは事務上のミスで……!」
「ミスで済むか! 詐欺未遂だぞ!」
優也は【簿記1級】の知識をフル動員し、新たな契約書を脳内で作成した。
「慰謝料代わりだ。この土地、金貨5枚(50万円)で売れ。滞納金はもちろんゴルド商会持ち。さらに、解体工事の廃材処分費もそっち持ちだ」
「ご、ご無体なー!! 赤字や! ワイのボーナスが消えてまうー!!」
「嫌ならタロウ王に『ゴルド商会が詐欺を働いた』って通報するけど?」
「……売りますぅぅぅ!!」
ニャングルは涙と鼻水を流しながら、新たな契約書に判を押した。
数日後。
ガイマックス(解体作業用)によって更地になった丘の上に、優也は一人立っていた。
目の前には、広大な平地。
優也の目には、そこに建つべき「理想の城」の幻影が見えていた。
「よし……やるか」
優也は地面に杭を打ち込み、製図版を広げた。
「基礎はベタ基礎、コンクリート強度は24ニュートン以上。
壁構造は2×6(ツーバイシックス)工法で断熱材を充填。
窓はトリプルガラスの樹脂サッシ。
全室床暖房完備。
そして、地下から引き込んだ温泉付きの大浴場……!」
異世界の石造りの家は、夏は暑く冬は寒い。隙間風だらけだ。
だが、優也が建てるのは違う。
日本の建築技術の粋を集めた、*「高気密・高断熱・超快適マイホーム(要塞)」だ。
「見てろよ……世界中の王族が『住みたい』って土下座するような、最高の家を建ててやる!」
建築士の魂に火がついた。
高宮建設、最初の大規模プロジェクト――『本社ビル兼マイホーム建設工事』が、今まさに着工した。




