EP 5
タロウ国王とラーメン会談
「社長、大変です。店が包囲されてます」
宿場町ルルーの安宿。
優也がキュルリンから受注したダンジョン改修の図面を引いていると、窓の外を見ていたリカが、珍しく真剣な声で告げた。
「包囲? 借取りか?」
「いえ、もっとヤバい連中よ。……黒塗りの魔導車に、筋骨隆々の獣人ガードマン。正規軍ね」
優也が窓から覗くと、宿の周りには一般人を遠ざける結界が張られ、殺気立ったSPたちが目を光らせていた。
そして、宿の階段を上がってくる二つの足音。
「ひぃッ……!?」
同室にいたキャルルが、突然ガタガタと震えだし、床に平伏した。
ウサギの耳が完全に萎縮している。
「ど、どうしたキャルル」
「に、匂いが……絶対強者の匂いがしますぅ……!」
直後、ドアがノックもなく開かれた。
入ってきたのは、対照的な二人の男だった。
一人は、首にタオルを巻き、サンダル履きの気だるげな日本人男性。
もう一人は、野性味あふれる金髪の巨漢で、全身から湯気のような覇気を放つ男。
巨漢がニカっと笑った。
「よう。ここが噂の『野菜で家を建てる建築士』の事務所か?」
「……どちら様で?」
優也が警戒して尋ねると、タオルを巻いた男――タロウが、懐から名刺(和紙製)を取り出して差し出した。
「どうも。隣の国の王様やってます、サトウ・タロウです。こっちの筋肉ダルマは、獣人国の王様、レオくん」
「……は?」
優也の思考がフリーズした。
世界最強の軍事国家『タロウ国』の王と、武闘派集団『ガルーダ獣人国』の王。
それがなぜ、こんな安宿に?
「あ、アタシちょっと席外すねー」
「私も化粧直ししてくるわ」
空気を読んだ(というか面倒事を察した)ユアとリカが、スーッと姿を消す。
部屋に残されたのは、優也と、震えるキャルルと、天然で事態を理解していないルナだけだった。
「ま、固くならないでよ。今日は非公式のお忍びだからさ」
タロウは部屋のパイプ椅子(優也がガイマックスに持ってこさせた)にドカっと座ると、深い溜め息をついた。
「いやー、噂を聞いてね。異世界転移してきた日本人が、面白いことやってるって」
「……やはり、あなた方も」
「そ。俺は30代でこっちに来た元サラリーマン。レオくんは元格闘家。君は?」
「高宮優也。24歳、前職は建築士です」
「建築士! いい響きだねぇ!」
タロウは嬉しそうに膝を叩いた。
そして、ふと優也の胸ポケットに視線を走らせた。そこには、転移前から入れっぱなしだったタバコの箱が見えていた。
「……君さ、それ、吸う?」
タロウの目が、獲物を狙う鷹のように鋭くなった。
優也は箱を取り出す。残りは3本しかない。
「ええ、まあ。でももう切れそうです」
「銘柄は?」
「……メビウスのライトです」
「交換しよう!」
タロウは虚空から、見たこともない箱を取り出した。
『キャスター・マイルド』。バニラの甘い香りがする、甘党御用達のタバコだ。
「俺のスキルで出したやつだ。一本どう?」
「……いただきます」
優也は震える手でタバコを受け取り、火をつけた。
紫煙が部屋に満ちる。
タロウも深く吸い込み、天井を仰いで「ふぅぅぅー……」と至福の声を漏らした。
「嫁がうるさくてさぁ。『城が臭くなる』ってベランダ以外で吸わせてくんないのよ。国王なのに」
「世知辛いですね……」
一気に親近感が湧いた。
すると今度は、獣王レオが鼻をヒクつかせた。
「おいタロウ、ズルいぞ。俺にもなんかねぇのかよ」
「ああ、ごめんごめん。優也くん、何か日本の食い物出せる?」
優也は苦笑し、スマホを取り出した。
「ユア、出番だ。カップヌードルのカレー味、あとコーラ。……請求はタロウ王につけていいかな?」
「おう、好きなだけ請求してくれ」
数分後。
安宿の一室は、完全に「日本の学生寮」の空気になっていた。
「ズズズッ……うめぇぇぇ!! このジャンクなカレー味がたまんねぇ!」
レオはカップヌードル(カレー)をバケツのような勢いで啜り、コーラで流し込んでいる。
キャルルはその横で、「王よ……なぜそのような毒々しい色のスープを……」とハラハラしていた。
「で、だ。本題なんだけどさ」
タロウはキャスターの吸い殻を携帯灰皿に押し込み、真顔になった。
「優也くん、ウチの城をリフォームしてくんない?」
「城、ですか?」
「うん。俺のスキルで適当に増築しちゃってさ。東棟に行こうとすると西棟のトイレを通らないといけないとか、廊下が迷路みたいになってて」
「……違法建築(動線無視)の極みですね」
「嫁が『掃除が面倒くさい! 全て爆破して建て直す!』ってキレかけててさ。爆破される前に、プロの手でなんとかしてほしいんだ」
タロウは深刻そうに頭を抱えた。世界最強の国が、まさか家庭内の動線問題で滅亡の危機にあるとは。
「俺からも頼む」
レオが汁まで飲み干したカップを置いて言った。
「ガルーダの森にも、こういう……サウナ? みたいな癒やし施設が欲しい。最近、部下のキャルルが逃げ出すわ(チラッ)、他国の干渉はあるわでストレスがマッハなんだ」
「ひぃッ! も、申し訳ございません王よぉぉ!」
キャルルが床に額を擦り付けた。
優也は電卓アプリを弾いた。
タロウ国の城郭改修、獣人国の福利厚生施設建設。
……莫大な金になる。しかも、バックにこの二人がつけば、ゴルド商会だろうが悪徳貴族だろうが手出しできない。
「お引き受けします。ただし、設計料と施工費はきっちり頂きますよ? 私は簿記1級持ちなので、どんぶり勘定はしません」
「いいねぇ! 金ならある! 技術と癒やしをくれ!」
タロウとレオは、優也の両手をガシッと握った。
「よし、これで優也くんはウチの『王室御用達・特級建築士』だ。なんかあったら名前出していいから」
「俺の名前も使え。森の素材は好きに持って行っていいぞ」
【ログ:称号『二大国のお抱え建築士』を獲得しました】
【ログ:強力なコネクションにより、社会的信用が爆上がりしました】
「……ありがとうございます。では早速、現地調査の日程を……」
優也が手帳を開こうとした時、ルナが空気も読まずに手を挙げた。
「あ! じゃあ私が記念に、この宿を黄金のお城に変えてあげますね!」
「「「やめろ!!」」」
日本人トリオの声が重なった。
こうして優也は、異世界に来てわずか数日にして、世界最強の「後ろ盾」と、国家予算規模の「案件」を手に入れた。
しかしそれは同時に、世界の裏側(女神や魔王)からも目をつけられることを意味していたのだが……今の彼はまだ、目の前の設計図とカップ麺の匂いに安堵していた。
「……とりあえず、拠点は必要だな。自分の城を建てるか」
優也の目は、次なる目標――「最強の土地探し」へと向いていた。




