EP 3
エルフの迷子と市場崩壊
国境の森を抜け、優也たちは最初の街『宿場町ルルー』に到着した。
ここはタロウ国と獣人国の中間に位置する交易都市であり、本来なら多くの商人や冒険者で賑わっているはずだった。
「……なぁ、なんか静かすぎないか?」
優也が呟く。
街の入口には人だかりができているが、活気というよりは、殺伐とした空気が漂っている。
露店はどこもシャッターを下ろし、道行く商人は頭を抱えて座り込んでいた。
「情報収集するねー」
ユアがスマホを操作する。
数秒後、『お友達』アプリの画面を見せてきた。
「あー、これヤバいね。街の経済が死んでるって」
「死んでる? 魔物の襲撃か?」
「ううん。『野菜の価格破壊』だって」
優也たちが広場へ向かうと、その原因はすぐに判明した。
広場の中央に、一人の少女が立っていた。
金色の髪に、宝石のような緑の瞳。長く尖った耳。
絵に描いたような美少女エルフだ。彼女は満面の笑みで、手にした木の杖を振るっていた。
「さあさあ、お腹を空かせた皆さん! 世界樹の恵みをどうぞ召し上がれ〜!」
彼女が杖を振るたびに、地面からボコボコと大量の野菜が湧き出てくる。
極太の大根、艶やかなトマト、巨大なカボチャ。
それらが山のように積み上がり、市民たちが無料で持ち帰っていた。
「すげぇ! また野菜が増えたぞ!」
「タダだ! 今夜は鍋祭りだ!」
市民は大喜びだが、広場の隅にいる八百屋や農家の人々は、鬼のような形相でその光景を睨みつけていた。
「……なるほど。需要と供給のバランス崩壊か」
優也は額を押さえた。簿記1級の脳が警鐘を鳴らす。
無料で高品質な野菜が無限に供給されれば、誰も店で野菜を買わなくなる。農家は収入を絶たれ、流通に関わる運送業者や卸売業者も連鎖倒産するだろう。
あれは「慈善事業」ではない。「経済テロ」だ。
「おい、そこの耳長女! いい加減にしろ!」
我慢の限界を超えた商人ギルドの男たちが、エルフの少女を取り囲んだ。
「あんたのせいで俺たちの商売はあがったりだ! どう責任取ってくれるんだ!」
「えぇ? 私、皆さんに喜んでもらおうと……」
少女――ルナ・シンフォニアは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「お金がないなら、この石を金塊に変えてあげましょうか? 3日だけですけど」
「ふざけんな! 詐欺で捕まりたいのか!」
商人がルナに掴みかかろうとする。
ルナはオロオロと杖を抱きしめた。
「ど、どうしましょう……私、ただトイレを探していただけで……」
(トイレを探して国境を越えたのか……?)
優也はため息をつき、一歩前に出た。
放っておけば、彼女はリンチにされるか、あるいは魔法を暴走させて街ごと消し飛ばすかもしれない。
「キャルル、護衛を頼む。リカさんは商人の説得を。ユアは電卓アプリ準備!」
「御意っ!」「了解」「へいへい」
優也は人混みをかき分け、ルナと商人の間に割って入った。
「待ってください! そのエルフの身柄、私が預かります!」
「あぁ? なんだ若造、お前もグルか?」
「いえ、私は通りすがりの……経営コンサルタント兼、建築士です」
優也はハッタリをかましつつ、ユアから受け取ったスマホ(電卓画面)を叩きながら早口でまくし立てた。
「現状、この街の野菜市場価格は暴落率98%。このままでは来月の倒産件数は過去最悪になるでしょう。ですが、彼女を責めても野菜は消えません。損害賠償を請求しても、彼女に支払い能力はない(多分)」
「だ、だからどうするんだ!」
「発想を変えましょう。……あの野菜、食べきれないほどありますよね?」
優也は山積みの「巨大カボチャ」をコンコンと叩いた。
硬い。世界樹の魔力で育った野菜は、鋼鉄のように中身が詰まっている。
「ユア、この野菜の硬度と圧縮耐性は?」
「んー、解析完了。カボチャの皮はモース硬度5。圧縮すればコンクリートブロック並みの強度になるね」
優也の目が、職人のそれに変わった。
「決まりだ。……食べられないなら、**『住めば』**いい」
数時間後。
街の貧民街では、前代未聞の公共事業が始まっていた。
「そら、どんどん運べー!」
「カボチャを積め! 大根で隙間を埋めろ!」
ガイマックス(3分限定召喚)が、余った大量の野菜を怪力でプレスし、四角い「バイオレンガ」に加工していく。
それをキャルルが軽々と運び、優也の指示通りに積み上げていく。
「ここの外壁はカボチャレンガで断熱性を確保! 柱にはゴボウを圧縮した強化材を使用! 屋根はトウモロコシの皮を編み込んで防水加工だ!」
優也は即席の図面を片手に現場を指揮した。
ボロボロだった貧民街の家々が、カラフルで甘い香りのする頑丈な家へとリフォームされていく。
「す、すげぇ……本当に野菜で家が建っちまった」
「しかも暖かいぞ! 腹が減ったら壁を削ってスープにもできる!」
住民たちは大歓喜。
商人たちも、優也が提案した「野菜レンガの加工・販売権」を譲渡され、新たな特産品として売り出せることになり、ホクホク顔だ。
市場の野菜価格も、建材として消費されたことで正常値に戻りつつある。
「ふぅ……なんとかなったか」
作業を終えた優也が泥(と野菜クズ)を拭っていると、ルナがもじもじと近づいてきた。
「あの……優也さん、でしたっけ?」
「ああ。君も、魔法で接着剤(オクラの粘り気)を出してくれて助かったよ」
「私、初めてです。私の魔法が、誰にも怒られずに、こんなに喜んでもらえたの……!」
ルナは感動で瞳を潤ませていた。
これまでは「やりすぎ」て破壊と混乱しか生まなかった彼女の力が、優也の「設計」によって、初めて正しい形で役に立ったのだ。
「私、決めました! あなたについて行きます!」
「はい?」
「優也さんは、私の魔法を正しく導いてくれる『導き手』様です! だから、お礼にこの街の道路を全部金塊に……」
「やめろ! インフレで国が滅ぶ!」
優也は慌ててルナの杖を押さえ込んだ。
こうして、物理最強のウサギに続き、経済核弾頭の天然エルフがパーティに加わった。
「あーあ、優也の借金また増えたねー。ルナちゃんの食費(魔力ポーション代)高いよ?」
ユアが意地悪くニヤつく。
優也は遠い目をして空を見上げた。
「……まじめに働こう。高宮建設、開業するしかないな」
一級建築士、高宮優也。
異世界での最初の仕事は、「野菜で家を建てる」ことだった。
そして彼の名は、この街から少しずつ、世界へと轟き始めることになる。




