EP 2
月額サブスクと脱走ウサギ
「金なら払う。……ここがどこなのか、教えてくれ」
優也の悲痛な叫びに、スマホの向こうの女子高生――ユアは、ポテトチップスを咀嚼する音と共に答えた。
『りょ。じゃあ、今からそっち行くね。出張費込みで……契約はサブスクでいい?』
「サブスク?」
『月額金貨50枚で、アタシ「ユア」とお姉ちゃんの「リカ」を常時召喚・使い放題プラン。今なら「お友達紹介キャンペーン」で初月は後払いでいいよ?』
月額金貨50枚。
さっきのガイマックス召喚が金貨1枚(1万円相当)だったことを考えると、50万円だ。高い。
だが、優也の脳内で【簿記1級】のスキルが高速で損益計算を弾き出した。
(この異世界で、情報ゼロは死に直結する。安全と情報を月50万で買えるなら……初期投資としては妥当!)
「分かった。契約する!」
『まいどありー! じゃ、転送しまーす』
スマホの画面が光り輝き、優也の目の前に二人の美女が実体化した。
一人は、金髪にルーズソックス、少し着崩したブレザー姿の女子高生。右手にはスマホ、左手には「コンソメパンチ」の袋を持っている。
もう一人は、タイトスカートのスーツを着こなした、モデル並みの長身美女。片手には化粧ポーチ、もう片手には缶ビール(ロング缶)を持っていた。
「ういーっす。アタシがユア。こっちが姉のリカ」
「あらぁ、あなたが新しいクライアント? 優也くんって言うのね。……ふぅん、悪くない顔だけど、目の下のクマが凄いわね。コンシーラー貸しましょうか?」
「い、いえ、結構です……」
優也は圧倒された。
レッドグリズリーの死骸が転がる草原に、女子高生とOL。シュールすぎる。
「で、ここどこなんだ?」
ユアはスマホの画面(FXのチャートが表示されている)を見ながら、適当に答えた。
「ここはマンルシア大陸の南端、ガルーダ獣人国の国境付近だねー。あ、ドル円下がった。マジ最悪」
「獣人国……?」
「そ。ここら辺は治安悪いよー? ほら、早速お客さんだ」
ユアが指差した森の茂みから、ガサガサと何かが飛び出してきた。
「ハァッ、ハァッ……! 誰か、助けて……!」
現れたのは、少女だった。
透き通るような白い肌に、真紅の瞳。そして頭には、白銀の長いウサギの耳が生えている。
ボロボロの衣服を纏い、裸足で駆けてくる姿は痛々しい。
「うわ、月兎族じゃん。レアキャラ〜」
ユアが呑気に写メを撮ろうとした瞬間、少女の背後から怒号が響いた。
「逃がすな! あのウサギは王族への貢ぎ物だ!」
「足を折ってでも捕まえろ!」
現れたのは、金属鎧に身を包んだ騎士団らしき男たち。その数、およそ10名。
ギラついた目で少女を追い詰めていく。
「きゃっ!」
少女が木の根に足を取られて転倒した。
騎士の一人が剣を抜き、少女に迫る。
優也の思考が加速する。
(俺に戦闘能力はない。ガイマックスはクールタイム中で呼べない。……見捨てるか?)
だが、建築士としての性分がそれを拒否した。
「理不尽な欠陥」を見過ごせないのと同様に、目の前で行われる「理不尽な暴力」を見過ごすことは、彼の職人魂に反する。
「……ユア、リカさん! 俺はあの子を助ける!」
「えー、追加料金発生するよ?」
「構わん! 請求書に回せ!」
優也の言葉に、リカがニヤリと笑い、ビールを一気に飲み干した。
「いい度胸ね。……じゃあ、ちょっと稼がせてもらうわよ」
リカが化粧ポーチからパフを取り出し、顔にポンポンと叩く。
アプリ【変身能力】発動。
白い煙と共に、リカの姿が瞬時に変わった。
「貴様ら! 何をしている!」
煙の中から現れたのは、騎士たちが着ている鎧よりもさらに豪華な装備を纏った、髭面の厳格な男――「騎士団長」その人だった。
「だ、団長!? なぜここに!?」
騎士たちが狼狽して足を止める。
リカ(団長姿)は威圧的な声で怒鳴りつけた。
「そのウサギは病持ちの可能性があると報告が入った! 隔離が必要だ、離れろ!」
「し、しかし……」
「命令が聞けんのか!?」
その隙に、優也は少女の手を引いて走り出した。
「立って! 走れるか!?」
「え、あ、はい……!」
「ユア、ルート検索! 逃げ道は!?」
「んー、前方に古い石橋があるよ。そこ渡れば国境越えるかも」
優也たちは全力で駆けた。
後方では、リカが演技で時間を稼いでいるが、そろそろバレる頃だ。
目の前に、渓谷にかかる古い石橋が見えてきた。
(……待てよ)
優也は走りながら、その石橋を凝視した。
苔むした石材。不自然な亀裂。そして、中央付近のアーチ構造。
一級建築士の知識と経験が、その橋の「寿命」と「構造」を一瞬で解析する。
(あの橋、右側の主柱が沈下してる。アーチの要石一点に負荷が集中してる状態だ。……つまり)
「あそこを叩けば、崩れる!」
優也たちが橋を渡りきったところで、背後から怒号が聞こえた。
リカの変装が解けたらしい。騎士たちが激昂して橋になだれ込んでくる。
「騙したな! 殺せぇぇ!!」
「優也くん、来るわよ!」
元の姿に戻ったリカとユアも橋を渡りきり、優也の横に並ぶ。
騎士たちは橋の中央まで迫っていた。
優也は足元に落ちていた、巨大なハンマーを拾い上げた。
さっきガイマックスが魔獣を殴った時にうっかり置き忘れていったものだ。重いが、なんとか持てる。
「建築基準法違反だ……撤去させてもらう!」
優也は橋のたもとにある、ひび割れた一点――「構造上の急所」に向かって、渾身の力でハンマーを振り下ろした。
ガァァァァン!!
硬質な音が響く。
直後、橋全体が悲鳴のような軋みを上げた。
「な、なんだ!?」
ズズズ……ドゴォォォォン!!
要石を砕かれたアーチ橋は、物理法則に従って崩壊を開始した。
足場を失った騎士たちが、悲鳴と共に谷底の川へと落下していく。
(※川なので死んではいないだろうが、当分上がってはこれない)
「うっそ、マジで落とした。ウケる」
「あらあら、派手にやったわねぇ」
土煙が舞う中、優也は肩で息をしながらハンマーを下ろした。
「……構造力学の勝利だ」
そして、腰を抜かしているウサギ耳の少女に向き直る。
「大丈夫か?」
「あ……はい。あの、助けていただいて、ありがとうございます……」
少女は涙目で震えていた。
極度の緊張と空腹で、今にも倒れそうだ。
その時、少女の腹が「きゅ〜」と可愛らしい音を立てた。
「お腹、空いてるのね」
リカが優しく微笑む。
すると、ユアが自分のカバンをまさぐり、何かを取り出した。
「ハイこれ。地球産の『プレミアム人参スティック(マヨ付き)』。1本金貨1枚だけど、今回はサービス」
「にん、じん……?」
少女はおずおずとスティックを受け取り、一口かじった。
「っ……!!」
少女の長い耳が、ピン! と垂直に立った。
「おいしい……! こんな甘くて瑞々しい人参、食べたことないですぅぅ!」
ポリポリ、ムシャムシャ。
少女は猛烈な勢いで人参を平らげた。
その瞳には、もはや恐怖はなく、食への感動と、優也たちへの絶対的な信頼(と食欲)が宿っていた。
「あの! 私、キャルルと言います! お金はありませんが、体術には自信があります! ……もっとその人参をくれるなら、一生あなた様にお仕えします!!」
優也は苦笑した。
最強のプロレスラー、がめついJK、変幻自在の女優。
そして今、人参で釣られたウサギの戦士が加わった。
「……分かった。雇用しよう。俺は高宮優也。これからよろしくな、キャルル」
「はいっ! 主様!」
こうして、優也の異世界生活2日目にして、物理・情報・潜入・建築のスペシャリスト(?)が揃ったパーティが結成されたのである。
ただし、優也の借金(ユアへの支払い)は、確実に増えていた。




