Eggs
日曜が苦手なあなたへ。
自分はもう闘えないんだと気づいたとき、冷蔵庫の卵が2つ割れた。
卵が割れる前、冷蔵庫は上下段どちらもドアは放たれていた。
僕は、中に入っている食材を確かめながら、料理なんかする気力が自分にないことに気づいた。
料理したいと思える食材が冷蔵庫冷凍庫に残されていない印象も同時に受けた。
そして、まず下段の冷凍庫の引き出しとドアを力一杯叩き締めた。
上段の野菜室とパーシャルの引き出しと冷蔵室のドアも同様に、思いっきり閉めた。
閉めた後に、冷蔵庫の卵の収納棚から音がした。
妻のスパイスの小瓶たちが倒れる音だった。
冷蔵庫のドアを開けると、スパイスの小瓶の脇に収納されていた残りの卵2つが、割れていた。
割れた分、卵の背は低くなっていて、弱々しく見えた。
強く見える卵なんてものもなかなかお目にかからないが、僕が割った卵は、白くてひび割れて、白身が漏れて、二回りほど割れて小さく容態を変えていた。
申し訳ない気持ちと(卵を割るつもりなんかなかった。)、もう知るかという無力感のまま、自室に逃げ込んだ。
だから日曜は嫌いだ、と思った。
やりたいこととやらなくちゃいけないことが、脳に中でごちゃ混ぜになって、自分がバラバラになってしまっていた。
やりこと?やらなくちゃいけないこと?
いくらでも挙げられた。
・玄関のエクステリアのために、何か新しいものをホームセンターまで買い出しに行くべき?
・資格の勉強をするべき?
・フィジカルのケアとして、マッサージに行くべき?
・今日こそ近所のリトルシアターで映画でも一本観に行くか?
・妻に声がけをして、食料品の買い出しに行くべきか?
・たまにはがっつり豚骨ラーメンでも食べに行きますか?
・もういいから眠ろうぜ。
・まだ正午を少し過ぎた時間だ、昼飲みにでもくりだしますか。
・投資の勉強をするのに本を読まなくては。
・きっと俺は疲れているんだ、そうだ、にんにく疲労回復注射でも打ちに行こう。
・床屋にでも行って、さっぱりしてくるか。
・いい天気だ、車の洗車にはもってこいの日だぞ。
・友人の誕生日メッセージをラインで送らねば。
・ジムだ、スポーツジムで汗をかいてストレス発散、メタボも軽く予防。ジムに行こう。
妻は何をしているんだろう、書斎で仕事かな。
「どうしたの? 薬は飲んだ?」
冷蔵庫の音が聞こえたからなのか、妻が俺の部屋に来た。
妻に安定剤を飲んだ方がいいのではと言われると、最低な気分になる。
あんたはおかしいから、薬飲んで抑えろと言われている気分になる。卑屈すぎるだろうか?
この世で、石油やらよくわからん化学物質で精製された薬なんて前のめりで飲みたがる人間はいますか?
俺は違う。
俺はできるだけ薬なんか飲みたくない。
そもそも俺はおかしくなんかない。
薬は自分の判断で飲む。どうして専門家でもない妻が、
俺の薬の服用タイミングを指摘する?
冗談じゃない。
妻の言葉には返事をせずに、ベッドに横になって目を閉じた。
カーテンをしていない窓から見えるのは、青空。
春の青空。
関係ない、俺は目を閉じた。
観たい映画ほど、興味の沸く映画ほど、YouTubeで予告を観ると公開期間が終わっていることが多かった。
それは学生時代からのことで、自分の楽しい時間を、
どうも後ろ倒しにする癖が俺にはあるらしい。
でもこれって社会人あるあるだよね? 俺はそう思う。こんな癖は俺だけじゃない。
目の前の仕事やら義務やらに責任を持ちたい人間は、自分の楽しみを後回しにする、普通のことだ。たぶん。
喉の渇きを覚えて、目が覚めた。スマホを見ると、時刻は16:56。
四月も下旬になっってくると、陽が長くなっているようで、
まだ昼間の日差し、柔らかい青空が広がっていた。
5時間弱眠っていたけど、夢は一切覚えていなかった。
酒を飲みたい気持ちはなかったし、マッサージに行く気力もなかった。
ただ、空腹だった。
キッチンに行くと、妻がオムレツを作ってダイニングテーブルに解凍したご飯と出してくれた。
卵を割ってしまってすまない、と言うと、妻はもうすぐ味噌汁もできるから、とお椀を2つ小鍋の横にセッティングしていた。
「割らなきゃ料理に使えないでしょ」淡々とした妻の声だった。
オムレツの脇にはトマトケチャップが置かれていた。
「あなた、お肌ツルツルね」よく寝たからじゃない?と妻は俺に微笑んだ。
(了)
幸せな瞬間より、結構最低な瞬間の方が人間の経験する普遍的な共通項なのではと思います。
卵は割れたっていいんだと思います。
割って料理にすればいいと思います。
冷蔵庫の中で、冷蔵されたまま割れた卵にはまだポテンシャルがあり、可能性があり、卵が割れることは悪いことではない気がします。
私にとっては最低な時間の後に、何かしらの救いがあること。それこそが、『生きること』のような気がします。循環。
あと、何かしらハッピーなものを書きたかったので。
長編を書けるようになりたいと渇望しながら、短編とも引き続き、仲良く仲良くしていきたいと思います。