二十八、琳琅の決断
「勇敢、調子はどうだ?」
「あぁ、明日から復帰できそうだ」
方康は顧雄と交代し、勇敢の様子を見に来ていた。
勇敢は大量の催眠粉を吸ったせいか、回復するまでに時間がかかっていた。動けない間に劉家の息子たちと皇子たちが雪華を救出したと聞いて、何もできなかった自分が腹立たしかった。こんな過ちは二度としないと心に誓っていた。
方康は急に小声で話しはじめた。
「翰様がお嬢様の肌着姿を見たんだよ」
「肌着!」
方康は咄嗟に勇敢の口を押さえた。
「大声出すなよ」
「で、見てないだろうな」
方康は両手と首をものすごい速さで振ってた。
「正確に言うと見れなかったが正しいかな。翰様で見えなかったよ。たぶん、見てたら翰様に目をえぐられていたな」
勇敢は想像して、ぞっとしていた。
で、本題はこっちなんだがと言って方康は勇敢に耳打ちした。
「やはり、そうだったか・・・。旦那様は今どこに?」
「今は後宮の軍部にいるようだ。今日中には家に戻るらしいぞ」
「そうか」
勇敢は何か決心しているようだった。
「翰、怒るなよ」
翰は怒りながら、早足で琳琅の部屋へ向かっていた。
「雪華は私だけ抱きしめてくれませんでした。雪華のためにこんなにも頑張っているのに」
翰は先程、雪華が毅に抱きついて離れなかったこと、自分には来なかったことを根に持っていた。
翰と毅は琳琅の部屋の前に着いた。
「さて、兄上。ここからは真剣にいきましょうか」
「あぁ」
翰は中にいる琳琅に声をかけた。
部屋の中に入ると、二人を待っていたかのように用意がされていた。
琳琅は侍女たちに下がってと命じていた。
二人は用意されている椅子に座り、互いの顔を見合わせ、頷き、いつもより真剣な顔つきで琳琅に尋ねた。
「母上、私たちの祖母に何があったのですか?今回、雪華を誘拐を企てた万暁東は"あの時の生き残りだ"と言っていたそうです」
「生き残り・・・」
ただでさえ大きな目の琳琅の目がさらに大きく見開いていた。
(まさか、あの時の生き残りがいたなんて。もうそろそろ話す頃合いなのかしら・・・)
「毅、翰。忠と雪華を呼んできて」
その口調にはいつもの穏やかさがなかった。
二人は忠と雪華を呼びに部屋を出た。
「しかし、忠がどこにいるかわからないぞ。最近、叔父上のところにも行ってないこともあるらしいからな」
「兄上は雪華を呼んで待っててください。忠は私が呼んできますので」
毅はなぜ忠の居場所を知っているのかわからなかったが、急いでいたため、忠のことは翰にお願いすることにした。
忠はいつものように学舎で訓練していた。ここに来たのは確かめたいことがあったからだ。
(今日は来ないのかな・・・)
忠は水を飲みながら休憩していた。
すると、人が近づいてくる足音が聞こえてきた。
忠は後ろで足音が止まったのがわかり、木刀を持って後ろを振り返った。
そこには身を隠しつつ、忠に手を振る翰の姿があった。
忠は周りに気付かれないように近づき、小声で、
「翰兄、何してるの!というか、よくここがわかったね。先生に見つかったら殺されるよ」
翰は声に出さずに笑いながら、
「忠、私を殺せる人間がいるとでも?」
「まぁ、たしかに・・・。で、本当に何しに来たの?」
「忠、母上が呼んでいます。重要な話のようです。すぐに帰ってください。私は先に帰ります」
それだけ言って、翰は走って帰っていった。
(翰兄がここを知っているってことは・・・。はぁ、翰兄には勝てないな)
忠は胡風に声をかけ、急いで帰った。
忠が琳琅の部屋に着くと、毅、翰、雪華は琳琅と向かい合うように椅子に座っていた。忠の座るところも用意されていた。
忠は静かに部屋に入り、用意されている場所に座った。
琳琅は一人一人の顔を見ながら、話しはじめた。
「毅、翰、忠、そして雪華。今から話すことは決して口外してはだめよ。本来ならば、雪華以外は聞いてはいけないことも話しますから。わかったわね」
四人は静かに頷いた。
「あれは私がまだ雪華より一つか二つ下ぐらいの時だったかしら」
琳琅は過去の恐ろしく、悲惨な出来事を語りはじめた。