二十、犬笛
「小蘭!」
勇敢は雪華が目の前で連れ去られる悪夢を見ていた最中、目が覚めた。
そばには顧雄と方康が心配そうに見つめていた。
「勇敢、大丈夫か?汗びっしょりだぞ」
方康は勇敢の汗を拭いてあげた。
勇敢は、お礼を言い、自分で拭くと言って方康から布を受け取った。
勇敢の手が止まり、二人に尋ねた。
「雪華お嬢様は無事か?」
二人は顔を見合い、下を向いていた。
「まさか・・・」
「お嬢様は連れ去られた。勇敢のせいではない。屋敷にいた者全員眠らされていた。何恩さんが言うには旦那様がすでに敵地へ向かわれている。心配するな。きっと旦那様が助けてくださる」
「そうだよ。あの大将軍の旦那様が向かわれたんだ。お嬢様は無事戻ってくるよ」
勇敢は唇を嚙みしめていた。雪華を守ると誓いながら、守れなかった自分を許せなかった。その手には雪華とお揃いの香袋が握られていた。
二人は勇敢の思いを察し、言葉をかけずに見守っていた。
(そうだ、あの時・・・)
勇敢は倒れる直前のことを思い出した。
「方康、顧雄、お願いしたいことがある。ここだけの話だが・・・」
二人は勇敢の話に言葉を失った。
雪華の目の前には忠からもらった笛が転がっていた。
(これを吹けば忠兄様が気づいてくれるはず!)
雪華は壁に顔を擦りつけながら、口を塞いでいる布を必死にとっていた。
やっとの思いで口から布を外すことができた。しかし、道が悪いのだろうか。手足が縛られているため、馬車に揺られながら笛をくわえるのは至難の業だった。
虫のように這い、転がりながらも、ようやく笛をくわえることができた。
(忠兄様、気づいて!)
雪華は思いっきり笛を鳴らした。
「・・・」
(この笛、音が鳴っているのかわからないのだった。大丈夫。忠兄様ならきっと気づいてくれる)
月亮の部屋では翰がこの前の雪華との件について尋問をしていた。
「翰、雪華も言っていただろう、叱らないでくれと」
翰は背筋が凍るほどの気味の悪い笑顔で月亮に迫っていた。
「翰、妹離れをしたらどうだ。雪華は私と婚姻するのだ。翰は兄なんだぞ」
翰は鼻で笑い、
「殿下、この国の歴史をまだまだ理解していませんね。過去には自分の姉の娘と婚姻した皇帝やわざわざ血の濃い者を子孫に残すため、あえて近しい者を娶った皇族もいるのですよ」
「そうなのか?」
月亮は妙に納得していた。
「月亮、翰に騙されるな」
二人は声がする方を振り向くと、そこには賢建がいた。
賢建は翰に、弟をいじめるのもほどほどにしろと注意していた。
「月亮、この国では近親婚は禁止しているぞ。ただし、翰の言うように認められる場合もあることも事実だがな。まぁ、翰が妹を孕ませない限りは、月亮、安心しろ」
(いや、それはそれで不安しかないのだが・・・)
翰は、なるほどと言いながら悪い顔をしていた。
三人が話していると、部屋外で言い争っている声が聞こえてきた。
翰が様子を見に行きますと戸を開けた。
そこには宦官から引っ張られながら第四皇子に会わせてくれと言っている者がいた。
「万昌?」
万昌は翰に気づきこう叫んだ。
「翰、雪華お嬢様がさらわれた!」
その声は月亮と賢建の耳にも入ってきた。二人も慌てて部屋を飛び出した。
翰は宦官たちに手を放すよう指示し、万昌に近づいた。
「万昌、雪華がどこに連れ去られたかわかりますか?」
翰の口調は冷静だったが、怒りを抑えているようだった。
「あぁ、ついてきてくれ」
翰が万昌と行こうとしたら、後ろから月亮と賢建が走ってきた。
「私たちも共に行く」
三人は万昌の案内で雪華を助けに向った。