十五、心動かされる人
「あの二人はどこ行った!」
「女を抱えてあの速さで走るとは。聞いたとおりの男だな。近くを捜せ!」
翰と雪華を追っていた者たちは完全に二人を見失っていた。
「どうやら追手は撒いたようですね。ここまで来れば大丈夫でしょう」
翰はゆっくり雪華を下ろした。
雪華は周りを見渡しながら翰についていった。近くには川が流れており、飲むことができるほどきれいな水だった。それ以外は殺風景なところだった。
翰と向かった先には小さな小屋があった。
「ここで休みましょう」
「勝手に入って大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ここは不測の事態が起こった時の隠れ場所ですから。限られた者しか知りません。あの町を選んだのは最悪の事態が起きた時にここへ逃れるためでしたから」
と言って翰は指笛を鳴らした。
雪華は翰が兄であることを心強く感じた。
翰は小屋の中に入り、紙と筆で何かを書いて小さく筒状に丸めていた。
しばらくすると、鳩がこっちに向って飛んできた。その鳩の足についていた筒の中にその紙を入れて、鳩と飛ばした。
「翰兄様、あの鳩は何ですか?何をしたのですか?」
「雪華は知らないでしょうが、あれは軍部の兄上の鳩なんですよ。私たち兄弟の連絡手段です。兄上には私たちがここにいることが伝わるでしょう。私一人が雪華を守りながら同時に相手できるのは十数人ぐらいでしょう。追手が何人いるか把握できない以上、雪華を危険にさらすよりかは助けを待った方が賢明でしょう」
(十数人は一人で相手できるんだ・・・)
雪華はさすが翰兄様だと感心していた。
小屋の中には、紙、筆、木刀と寝台があった。真ん中にはくぼみがあり、火打石らしきものもあったので、一応火は起こせるようだ。雪華と翰は床に座っていた。
「あの人たちは一体何者だったのですか?」
「さぁ、わかりません。雪華を狙っていたのは間違いないでしょう。新年が明けるまでは手を出さないと思っていましたが、どうやら敵は焦っているようですね。尻尾をつかめればいいのですが」
季節は冬のためじっとしていると寒くなってきた。
寒そうな様子の雪華を見て、翰は外に置いてあった薪を持ってきて火を点けた。
「何か食べ物を買えばよかったですね。私としたことが。雪華に危険が迫っていたので、逃げることしか考えてなかったです」
翰は申し訳なさそうな顔をしていた。
「翰兄様、私は大丈夫ですよ」
そう言って、翰を安心させるよう笑顔を作った。
「翰兄様はどうして月亮様の護衛になったのですか?」
雪華からの思いがけない質問に翰は少し驚いていた。
翰はそうですねと言いながら第四皇子月亮との出会いを思い起こしていた。
「兄上、また父上についていって軍部に行くのですか。どうせ、目当ては別にあるでしょうけど」
毅は公主の逸美に会って以来、何かと家豪についていって、会う口実を作ろうとしている。
家豪は後継者として自覚が出てきたと喜んでいるが、まさか別の目的があるとは知らなかった。
「翰もそのうちわかるさ。胸の奥が締め付けられて、会いたくてしょうがない。翰はまだ子供だからな。」
翰には理解できなかった。今まで色恋どころか人に興味を持ったこともなく、自分を鍛錬することにしか頭になかった。
ただ一度だけ心が動かされたことがある。妹の雪華を初めて見た時だ。
赤子ながら顔立ちがはっきりしており、飲み込まれてしまいそうな琥珀色の瞳に、絹のように美しい白髪の髪、この世にこんなにも美しいものが存在するのかと、初めて心を動かされた。
毎日のように雪華を見ていた。
「翰、また雪華を見ているのですか」
雪華を見る翰の表情は輝いており、初めて見る息子の表情に琳琅もうれしく感じていた。
しかし、その雪華は誘拐されてしまう。
それ以来、翰は人に興味を示すことはなかった。
翰が初めて月亮と会ったのは翰が十四、月亮とが十一の時だった。
武術、剣術、学問どれにおいても優秀であり、家豪の息子であることもあったため、皇帝から第四皇子月亮の護衛を任命された。
初めて会った時、月亮は母親である皇后の後ろに隠れながら挨拶するほど引っ込み思案だった。
翰は何の感情もなく日々淡々と過ごしていた。
翰は後宮を出ることのできない月亮に武術、剣術、学問を教えていた。
月亮は飲み込みが早く、翰には到底かなわないが並みの大人なら倒せるほどに成長していった。
翰は月亮の成長に感動していた。
(この気持ちはあの時以来ですね。この皇子のためなら宦官になってずっとお仕えしても構わないですね)
月亮に宦官になることを伝えると必死に止められた。
「翰、もし一緒にいたいと思う人ができたら後悔するよ。それに、大事なものをとったら弱くなるかも。父上は忠誠を表すために焼き印をすれば、宦官になる必要はないとおっしゃっていたから」
(一緒にいたい人ですか・・・。雪華のいない今、私にそんな人が現れるのでしょうか)
翰は月亮の説得に同意し、背中に焼き印を押した。
「翰、これからも私の護衛をお願いしますね」
「御意」
その後、翰と月亮が今の関係になるまで時間はかからなかった。
翰は良き友を得たのであった。
この時は、雪華を巡る好敵手になるとは夢にも思っていなかった。
雪華は翰の話を興味深く聞いていた。
「でも、年齢は賢建様の方が近いのではないですか?なぜ皇上は月亮様を選んだのでしょうか?」
翰は鼻で笑って、
「あの方はいろいろ問題がある方ですから。皇上もわかっておられるでしょうし。雪華に初めて会った時もおそらく・・・雪華の胸しか見てなかったと思いますよ。それに・・・」
「胸!?」
咄嗟に雪華は両手で胸を守った。
翰は笑いながら、
「私は雪華の胸は見ませんよ。私なら全て見ますよ」
そう言った翰を冷たい視線で見ながら、賢建より自分の兄の方が問題があるのではないかと考えていた。




