二十六、束の間の休息
劉家の屋敷の前には狩りから帰って来た者たちの姿があった。
家豪は誰よりも早く、雪華の元へ向かった。
雪華の部屋の前には木刀を持ち見張りをしている忠の姿があった。
家豪は忠を見るなり、強く抱きしめた。
忠は苦しげな表情をしながらも、照れ笑いをしていた。
「よくやった、忠。私はお前を信じてた。誇らしく思うよ。それで雪華は休んでいるのか?」
家豪は抱きしめていた手を緩めた。
忠は先程の翰と雪華のやり取りを思い出し、少し笑っていた。
「先程まで翰兄に追いかけられていましたが、今はゆっくりしてると思いますよ」
家豪は困ったような表情で、翰のやつはと言いながら雪華の部屋に声をかけた。
雪華は勢いよく戸を開けながら言った。
「父上、変な男から連れ去られそうになりましたが、忠兄様が守ってくれました。私は大丈夫です」
家豪は雪華の元気な姿を見て、泣きながら先程の忠よりさらに強く抱きしめた。
「父上・・・ぐるじい」
本気で苦しがっている雪華に謝りながら家豪は雪華を離した。
「雪華、今は心強い兄たちがいる。心配するな。十五年前の失敗は二度としない。私も含めて、皆でお前を守るから」
そう言って家豪は雪華の頭をなでた。雪華はいつも通りの手の温かさにほっとしていた。
「雪華お嬢様ー」
激しい足音と共に雪華に向って冰夏が飛び込んできた。
「お嬢様、無事でよかった。本当によかった」
泣いてるのか笑っているのかわからない表情をしながら、雪華を押し倒していた。
「冰夏、鼻水垂れてる。汚い」
そう言いながらも雪華はうれしそうにしていた。
「雪華、よかったわ、無事で。翰が血相を変えて行ったときは生きた心地がしなかったわ]
冰夏は琳琅の姿を見て、涙を拭きながら立ち上がった。
雪華は琳琅に飛び込むように抱きついた。
「母上・・・怖かったです」
雪華は琳琅に抱きついたまま離さなかった。
「うれしいわ。雪華が甘えるなんて。あなたはまだ十五なのだから甘えてもいいのよ」
琳琅は雪華の頭を優しくなでていた。
その光景を見ていた周りの者の顔はほころんでいた。
その夜、劉家の食事には狩りで捕獲した獲物がご馳走となって振舞われていた。
そんな中、家豪、毅、翰、忠、周廣、朱輝は別の部屋で話していた。陳浩然は外で見張りをしている。
「まさか、雪華をさらおうとした男が死ぬとはな」
皆残念な表情で沈んでいた。
「おそらく雪華の連れ出すことに成功してもしなくてもあの男を殺す予定だったのでしょう。雪華には顔も声もわかってしまいますから。しかし、今回雪華を襲った男は第一皇子の手の者ではありませんね。もし雪華をさらうつもりだったのなら、わざわざ第四皇子を使ってまで事を荒立てる必要はありませんからね。兄上の方はどうでしたか?」
「翰に言われて後をつけていたが特に変わった様子はなかったぞ」
翰は何かを思い出そうとしていた。
(そういえば・・・たしか)
「兄上、その方は獲物を射ってましたか?どこに命中していましたか?」
「獲物は獲っていたぞ。たしか、足とか頭とか。その時々で変わっていたぞ」
翰は満足げに笑っていた。
「翰、何かわかったのか」
家豪は期待するような目で見ていた。
「まだ憶測に過ぎません。確信が持てましたらお話しします。幸いなことに、第一皇子は禁足になりました。しばらくは大人しくしてるでしょう」
皆は顔を合わせながら少し残念な顔をしていたが、一旦一段落つきそうなので安心していた。
「皆さん、私のような者の指示で動いていただきありがとうございます。全ては雪華を守るためです。引き続きご協力いただくことがあると思いますが、その時はよろしくお願いします。あと、もし私が誤解を生むような行動をとっても何か裏があると思ってくださいね」
翰の意味深な言葉に皆よくわかっていなかったが頷いていた。
「そういえば翰、第四皇子はいいのか?」
翰はにこにこしながら、答えた。
「はい、問題ありません。わたしより頼りないですが別の方にお願いしてきました。もちろん、皇上も存じ上げてますよ」
「そうか、ならいいが。明日の朝にはちゃんと戻れよ」
「父上、心配しなくても戻りますよ」
(翰は明日はここにいない方がいいだろう。あの勅命が下るだろうから。翰がいたら死人がでるぞ)
劉家では護衛の者たちも参加し、皆酒を酌み交わしていた。
皆が盛り上がっている中、雪華は縁側で一人空を眺めていた。そばには侍女の冰夏もいた。満月の夜で、雲一つなく、星が輝いていた。
背後から誰か近づいている気配がした。
雪華が振り返ると家豪が立って、空を眺めていた。
家豪は雪華を見ると隣に座り、冰夏に下がるよう命じた。
しばらく無言のまま二人は空を見つめていた。
「雪華、第四皇子のことどう思うか?」
雪華は唐突な質問をされ、考えたが答えが見つからなかった。
「正直、よくわかりません。まともに話したこともないですし。今は何の感情もありません」
家豪は少し笑みをこぼして、そうだよなとつぶやいた。
「本当は雪華には一緒になりたいと思う相手と婚姻してほしかった。しかし、お前が十五年前さらわれた時、それは無理だと感じた。いろんな意味でお前を守れる男でないと。だから、私は雪華の相手を第四皇子月亮に決めた。皇帝であり友人でもある志偉が次の皇帝にしたいと思っている男だ。父の我儘だが雪華・・・」
家豪は雪華の頭に顔をうずめながら抱きしめた。
「雪華、わたしはもう二度とお前を失いたくないのだ」
雪華は月亮がそれほど信頼に値する男なのかよくわからなかった。
しかし、家豪の気持ちは理解できた。
(私は将軍の娘だ。遅かれ早かれいずれ縁談があったはずだ。そう思えばこの婚姻は悪くないはずだ)
雪華はなんとか自分を納得させ、前向きに考えようとしていた。