三、趙月亮
月亮は皇帝の元へ急いで向かっていた。
趙月亮は皇帝の息子で、第四皇子である。齢十六。容姿端麗であり、背もそれなりに高い。声は低く、落ち着いており、年齢よりやや大人な印象を受ける。高官たちは、自分の娘をこの第四皇子に嫁がせようとするが、皇帝が首を縦に振ることはない。自分の地位を上げようとの魂胆が見え見えなのもあるが、月亮には許嫁がいた。月亮自身も許嫁がいる事実は知ってはいるが、相手は誰か知らない。父である皇帝もその件に関しては、口をつぐむのであった。なぜか隠されていた。
「翰、父上はなぜ私を呼び出されたのだろうか?」
「殿下、私は何も聞いておりません」
私が父から呼び出されることはめったにない。だからこうして、呼び出されると心臓が飛び跳ねるほど緊張する。
翰はうれしそうに、大丈夫ですよ、きっと良い報告ですと言う。面白がっているのが顔に表れている。
この後宮内で、肩の力を抜いて話せるのは翰だけである。
翰は私の肩をぽんぽんと軽く叩きながら、将来の皇帝は何があっても、どしっと構えていないと、と言ってくる。
(別に皇帝にはなりたくないが・・・)
今度は両手を肩において、顔を近づけ、真顔で
「あなたが皇帝にならなければこの国はなくなります」
翰は私の護衛で剣術や武術も秀でているが、何よりも賢く、記憶力がよい。
後宮内の人物の性格、嗜好、趣味など詳細なことに至るまで把握している。
本来ならば、後宮の男子は皆去勢され、宦官にされる。翰は表向きは宦官だが、本当に宦官になってしまうと本来の護衛としての力が失われてしまう恐れがある。そのため、去勢されていない。その代わりに、この国に代々伝わる紋章の焼き印が背中に押されている。皇帝に忠誠を尽くす誓いでもある。もっとも翰は本当の宦官になってもいいと思っているが、私が止めている。
翰がいてくれるおかげで、わたしも上手く立ち回ることができる。
つくづく味方でよかったと思う。敵国にいたらこの国を滅ぼすこともできるだろう。
それゆえ、翰の言うことは重みが増し、現実にそうなるように感じる。
肩におかれた手を下ろしながら、わかったわかったとまた歩き出す。
父がいる玉座の間に着いてしまった。
翰は失礼しますと帰りそうだったので、腕を引っ張り、付いてきてくれと頼んだ。
優しく手を払われ、皇帝は殿下お一人でと、と言い残し去って行った。
深呼吸をして、ゆっくり中へ入った。
父が座っている玉座は金の装飾が施されており、まぶしく輝いている。
そのせいか、ここで父と会う時は毎度毎度緊張感が増してしまう。
月亮はゆっくり皇帝の前で跪き、両手を顔の前で重ね、頭を下げた。
「趙月亮、皇上に拝謁します」
「はっはっ、そうかしこまるな、立ちなさい」
呼び出されたのは、どうやら来月誕辰を迎える私に何が欲しいか聞くためだった。
そんなことかと緊張して損をした気分になった。
父はこの国の皇帝でありながら、息子の私に父親としての顔も見せてくれる。
私には先帝、つまり祖父の記憶はない。私が生まれた時にはもうすでに亡くなっていた。先帝によってこの国は滅びる寸前までいったという。最後には暗殺され、父は二十歳で即位した。
国を立て直すことは簡単ではない。その時でも、私たち子供に愛情を注いでくれた。
皇帝にはなりたくないが、父のような立派な人になりたいと思っている。
(さて、父上に何をねだろうか・・・そうだ!)
「父上、僭越ながら一つ私の願いを聞いていただけますでしょうか」
父は、ほぉと不思議そうな顔をしながら、願いは何だと尋ねた。
「はい、父上、町に行きたいです。私には、行きたい町があります」
父はしばらく顎に手を当て考えていたが、何か思い出したみたいだ。
あの時の町か?と尋ねられ、やはり、父を侮れないと思った。
四年前の話だ。一度父に黙って翰と共に後宮を抜け出したことがある。
翰の作り話は上手い。御者をだまし、馬車を引かせた。できる限り遠くへ行った。
とある小さな町にたどり着いた。初めての見るものばかりで興奮しすぎた余り、翰とはぐれてしまった。
必死に翰を探していると遠くに、一輪の花のような少女が目に映った。少し年上だっただろうか。
あまりの美しさに目が離せなくなり、見続けていた。
その時、思いっきり頭を叩かれた。
痛てて、と顔上げると探してた翰だった。
「殿下、見つかりました・・・」
見つかりましたではなく、見つけましただろと言っていると、翰の後ろから見覚えのある男が現れた。
「あー・・・、劉将軍?」
言うまでもなくこの後、一切外出禁止になったのであった。
(あの子はまだあの町にいるのだろうか・・・)




