十九、不敵な笑み
劉家で雪華の誘拐事件が起きた頃、劉家豪は陸宰相が催す宴の席にいた。
「さすが劉将軍、今回も涼の将軍たちが早々と撤退したとか。涼も懲りませんね。劉将軍にかなう者などいないというのに」
「私など戦うことしか能がない人間です。皇上の支えとなって政を行っている陸宰相の足元にも及びません」
陸宰相は上機嫌になり、参加している軍部の者たちに、今日は好きなだけ飲むがよいと言って大笑いしていた。
「ところで、劉将軍、ご息女が生まれたそうですね。さぞかし、奥様に似て美しいのでしょう」
劉家豪の顔は笑顔だったが、心の中では警戒していた。陸宰相からは先程の上機嫌な顔と打って変わって笑顔の奥にただならぬ怪しさを感じたからだ。
その時だった。劉家の護衛の何恩が今にも転びそうなほど慌ててやってきた。
「何恩どうした。そんなに慌てて。何かあったのか」
「旦那様、詳しくはまだわかりませんが、劉家に何者かが侵入しました。何か盗んでいったようです」
何恩は劉家豪の耳元で誰にも聞こえない声で話した。
劉家豪は、そうか、わかったと言って、陸宰相に、申し訳ございません、妻が転んでしまい足をくじいたようで、私はここで失礼いたしますと嘘を言って一礼した。
「それは早く帰ってあげなさい。私のことは気にするな」
劉家豪は感謝いたしますと言って何恩と帰ろうとした。
劉将軍、と陸宰相に呼ばれ、振り返ると、陸宰相は不敵な笑みを浮かべながら、ご武運をと言った。
劉家豪はその言葉の意図がわからなかった。軽く礼をし、帰っていった。
劉家豪はその言葉の意味を後々知ることとなる。
家豪は帰宅し、皆の集まっている雪華の部屋に着いた。
そこには、妻の琳琅、侍女の静宜、護衛の呉昭、白竜がいた。琳琅は娘の名前を呼びながら泣いていた。家豪は嫌な予感がした。
「何があった。琳琅どうしたんだ」
家豪は琳琅の背中をさすりながら、どうしたんだと聞くが、琳琅は涙が止まらず話すことができなかった。
その様子を見ていた呉昭が琳琅に代わって話はじめた。
「旦那様、雪華お嬢様がさらわれました」
それを聞いた家豪はこの世の終わりかのような顔をし、雪華の寝台を覗いた。
そこにはいつもならすやすやと眠っているかわいい娘がいるのだが、雪華の姿はなかった。
家豪は呉昭に詰め寄り、
「お前は何をしていた。それでも劉家の護衛か。何が盗まれてても家族が無事ならそれでよかった。雪華は・・・雪華は・・・私の唯一の娘なんだぞ」
家豪は呉昭を殴り、もう一度殴りかかろうとした。
家豪はいつも冷静であり、仲間が殺されても、感情に支配されず、的確な指揮をとれる。それゆえ、大将軍まで上り詰めた男だ。しかし、家族、特に娘の雪華のこととなると戦場の時とは別人のように感情的になる。
今の家豪は最大限感情的になっていた。
「あなた、やめてください」
琳琅の一言で家豪の手は止まった。
呉昭は家豪にひれ伏し申し訳ございませんと頭を床に打ち付けていた。
呉昭はゆっくり頭を上げ
「旦那様、二人の男についてはわかりませんが、その男たちに組している者ならわかります」
「それは本当か!」
呉昭はゆっくりと立ち上がり、事の真相を話はじめた。