一、看板娘
◇◇◇十五年後◇◇◇
「旦那、こっちに麺二つ、飯二つ!」
「こっちは包子を三つ!」
ある小さな町に一際賑わっている食事処があった。軒並み連なっている店の奥にあり、決して目立つような場所でもないが、ひっきりなしに客が訪れる。
店の名前は"来蘭亭"
もちろん、そこで料理を作っている夫婦の腕がいいのも確かだが、一番の要因はここの看板娘であろう。
名前は林小蘭、齢十五。来蘭亭を営んでいる夫婦の一人娘である。凛とした目で、瞳の色は琥珀色。全く化粧をしていないのに、映えた顔立ちをしている。十五とは思えないほどの美しさである。しかし、話してみると、声は少々幼さを感じる。その見た目と声のずれが多くの男たちを呼び集めている。
一人の客が、小蘭はもっと笑えば美しさの中に可愛さも出てくるのに、と私に向かって言ってきた。
厨房の中から父が笑いながら、小蘭はそういう子なんでねと言ってるのが聞こえる。
(すいませんね、不愛想で)
私は感情を表に出すのが苦手だ。もちろん、喜怒哀楽を感じてはいるが、どうも表情に出せない。
接客もいつも淡々としており、良くはないだろう。しかし、客は集まってくる。なぜだろう。
やはり、料理がおいしいからかと小蘭は結論付ける。
ほとんどの客が小蘭目当てに来ているのだと、当の本人は知る由もなかった。
別の客が、いくら両親の店とはいえ、こんなところで働くのはもったいないとぼやく。
父親である店主は、馬鹿を言えと、切っている野菜投げつけ、と毎回このやり取りをしている。
(みんなもっといいところで働けって言うが、一体どこで働かせるつもりなんだ)
小さな町とはいえ、夜に大人の遊びをするような店も言うまでもなく存在する。
小蘭は身の危険を感じ、自分自身を守るためにも来蘭亭で働く決意をするのであった。
「小蘭、そいつが同じこといったら言えよ、今度はこいつを・・・」
と父は朝研いだばかりの包丁を手に取った。
いやいや、さすがにやめなよと小蘭は苦い顔をしながら止めた。
父はどうやら私のこととなると周りが見えなくなる。何度事件になりかけたことか。そのたびに、母や周りの人たちが必死に止め、事なきを得ている。母も呆れてはいるが、夫が人殺しになっても困るため、父の暴走を止めている。
一度、暴走する父に一言"嫌い"と言い放った時は大変だった。相当心に刺さったのだろう。部屋の隅で三日間も動かなかった。なんとも面倒くさい父親である。しかしながら、大切にされているのはわかっているので愛すべき父親である。
「あら?まだ来ないわね」
母はいつも来るある人物を待っていた。店の外に出てきて、手をおでこに当て、覗き込むように見回している。もうすぐなくなりそうなのよねぇと母がつぶやいた時、遠くから声が聞こえてきた。
「媛おばさーん」