二十五、光皇后
雪華は珍しく朝から緊張していた。
今日は月亮の母、つまり皇后に会う日であった。
冰夏はあまり乗り気ではなかったが、さすがに皇后に会うとなると普段の薄化粧では失礼に当たるため、気合を入れて雪華の美しさに磨きをかけていた。
最後に頭につけたのは月亮からもらった簪だった。
「では、行って参ります」
琳琅と冰夏は心配そうに雪華を見送っていた。
後宮に着いた雪華は、月亮の案内で皇后の部屋に向かっていた。
雪華の頭には月亮が贈った簪がつけられており、月亮はうれしくて顔がにやけていた。
皇后の部屋の前で侍女が出迎えてくれた。
部屋の中に入ると、皇后が雪華に向かってやっと会えたわねと優しく微笑みかけていた。月亮の母親ではなく姉ではないのかと思うほど若々しかった。光皇后の名の通り、光輝くような笑顔だった。
月亮と雪華は光皇后に挨拶をした。
「本当に綺麗な子だわ。逸美が劉家に嫁いでからは娘が恋しくて。やっと娘ができてうれしいわ。雪華、月亮にだめなところがあったら言ってちょうだい。私が叱ってあげるから」
光皇后の話し方はおっとりしており、怒っても迫力が全くなさそうだなと雪華は思った。
「でも安心したわ。最近、月亮は元気がないように見えたから。雪華と何かあったのかと思っていたの。こうして二人で来てくれたからよかったわ」
雪華は意外と鋭いなと感心していた。
最後に光皇后は今度は女同士でお話しましょうと言って手を振っていた。
「光皇后様は話しているだけで心が洗われるうような方ですね」
雪華の言葉に月亮は笑みを浮かべながら頷いた。
(母上に会わせてよかった。雪華も少しは安心するだろう)
雪華も月亮の顔を見て微笑んでいた。
二人がお互いを見て微笑んでいる時に翰が現れた。
雪華は翰を見た瞬間、思わず目を背けてしまった。
気まずい雰囲気の中、月亮が翰にどうしたのかと聞いた。
「殿下、私が雪華を劉家まで送り届けます。そのまま今日は劉家に泊まろうと思います。兄上の提案で今日は兄妹四人で過ごそうと思っていまして。よろしいでしょうか」
月亮は少し考えたが、わかったと承諾した。
「そうだな。雪華が婚姻すればそのような機会も取れなくなるだろう。兄妹で過ごす時間も大切だ。雪華、姉上にもたまには後宮に顔を見せてくれと伝えといてくれ」
雪華は必ず伝えますねと答えた。
翰は月亮の言葉に引っかかりながらもお礼を述べた。
月亮は雪華に気を付けて帰れよと言いながら頬に触れようとしたが、翰が雪華の手を引っ張りものすごい速さで連れて帰った。
(翰のやつ。雪華に触れさせてももらえないのか)
月亮は呆れながらもどこかうれしそうにしていた。
劉家に帰る馬車の中では翰の機嫌が明らかに悪かった。
(そうだよね。翰兄様、怒るよね)
雪華はあえて平然を装っていた。
「雪華は殿下との婚姻を決心したのですか?とても仲睦まじい様子でしたね。あの言葉は嘘だったのですか」
雪華は怒った口調で、
「そんなわけないじゃないですか。私が好きなのは翰兄様です」
と言ったが、自分の言ったことが恥ずかしくなり思わず下を向いてしまった。
翰の表情は和らぎ、うれしそうに笑っていた。
「雪華、私は二人の様子を見て心が傷ついたのですよ。癒してください」
雪華は困った顔で何をすればいいのか考えていた。
翰は雪華の耳元であることをしてほしいと言った。
雪華は耳まで真っ赤になりながら、無理ですと拒否していた。
翰は雪華を脅すように、雪華が翰に伝えた気持ちを父と母に話すと言った。
雪華はひどいと言いながらも、翰が本当にそうするとは思わなかった。
わかってはいながらも、翰のお願いを聞くことにした。
「一度だけですからね」
そう言って、雪華は目を閉じながら、翰の唇に軽く触れる程度の口づけをした。
照れている雪華を見ながら、足りませんよと言って今度は翰が攻めてきた。
雪華は抵抗することなく、全てを受け入れた。
劉家に着いて、翰が馬車を降りようとしたが、雪華に止められた。
「翰兄様、口拭いてください」
翰はよくわかっていないようだったので、雪華が有無を言わさず拭いた。
「私の紅がついてますから」
それを聞いた翰は雪華の手を止めて、
「私は隠さなくてもいいのですが」
と言ったが雪華が全力で止めた。
翰は少し不満そうな顔をしながら、降りていった。
(私はなぜ翰兄様が好きになってしまったのだろう)
雪華は自分自身を不思議思いながらも、やはり翰と一緒にいたいと思うのであった。