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9 文豪

 そのおじさんはステッキを手にコツコツと靴音を響かせて前へ進みでた。

「ここは。教場か」

 そう言いながら教壇に上がって滝先生の横に立つと、こちらを振り返った。背は低かった。なんだか見たことのあるような人だ。みんなもそう思ったらしく、さかんに首をかしげている。女子の何人かは、あ、と言ったなり、もう息をのんで信じられないって顔をしていた。教室がざわめき、キーワードらしき言葉がくり返されはじめた。

「漱石よね」

「漱石だわ」

 え。ソーセキって。まさか。みんな、ばさばさと国語の教科書をめくっては、その人の肖像写真を見た。

「漱石、漱石だ」 

「ほんとだ。夏目漱石!」

「私をご存じのようだ。きみ、ここはどこですか」

 そう問われても滝先生はポカンとしたままだった。ひと目で漱石とわかってずっと声も出せずになかば気を失っているみたいだった。漱石さんは手に持ったステッキで教壇の床をたたいた。カツーンと鋭い音が教室にこだました。

「きみ、しっかりしたまえ。僕のほうが卒倒しそうなのだ」

 滝先生はハッと我に返って、あ、あの、ここはですね、と説明を始めた。地名を聞いてその人は、え、とおどろいた。うなずいたり、ときどき目をきょろつかせて、けんめいに考えをめぐらしているようだった。

「きみ、でまかせを言ってはいかん。ここは、あの世なのか」

「まさか。ちがいますよ。時間のへだたりこそありますが、同じ日本です。そうだ、愛知県の明治村ってとこに行けば、あなたが住んでいた家が移築して展示してありますよ」

「明治村? 私の家? 私の家は早稲田にあります。以前の家かな」

「鴎外さんも住んでたほうです」

「ふむ。千駄木の家か。あそこは豚臭いところだった」

 やっぱり漱石さんらしい。後ろの席の瀬戸君にあとで聞いたら、ふっと空中からわきでるように出て、しばらくあたりを見回してぼうっと立ってたんだってさ。猫のときと同じ場所らしい。猫? うーん、猫つながりの縁なのかな。

「漱石さん」

 滝先生が、おそるおそる呼びかけた。漱石さんは下を向いてぶつぶつ言いながらなにか考えていたが、ふきげんそうに顔をあげた。

「なにかね」

「『吾輩』って言わないんですね」 

 滝先生は授業中でもなにかと小言をいうんだけど、とにかくきまじめで、冗談はあまり言わない。その滝先生が、なにを血迷って、そんなことを漱石さんに聞いたんだろう。よほど気が動転していたんだと思う。前は猫が来てパニックになって、こんどは猫にまつわる文豪が来てしまった。混乱して動揺する頭が、正気を保つためにそんなへんなことを口に出したのかも知れない。

「きみ、私を愚弄するのか」

 漱石さんのほうも、見た目はへいきそうに見えても、そうとう混乱していたにちがいない。ワープなんて思いもよらないできごとで、べつの場所、時間に来てしまったんだから。

「いや。そんなつもりじゃ。あははははは」

 滝先生はしまったという顔をして必死にごまかそうとした。しかし、この「あはは」がいけなかったようだ。漱石さんの顔が見る見る真っ赤になって目つきが一変した。

「きさま! 若輩の分際で余を笑いものにするか! 勘弁ならん!」

 その手のステッキがすでに振り上げられていた。教卓にものすごい一撃を見舞うと、狙いを滝先生に定めた。

「わ」

 かろうじて滝先生は身をかわし、頭を両手でおおって教壇を駆け下りた。

「ぬ」

 漱石さんが追う。久地君が席をはなれ、後ろの戸から教室を出た。だれかを呼びに行ったようだ。滝先生は前の戸をぶち破らんほどのいきおいで廊下へ転がり出た。ぼくたちはあまりのことに、みんな目が点になった。冷静だったのは久地君と楊さんくらいだ。楊さんはじっと成りゆきを見守りながら、手のひらでカチャカチャやってた。あれは小型のカメラじゃないのかな。しかも何台か同時に操作していた。

 その後の騒動はもう、ネットを通じて世界じゅうに広まった。ぼくらはスマホ禁止なんだけど、先生たちは持っている。目の前の廊下で、明治の文豪がステッキ片手にあばれていれば、どうしたって撮影したくなる。写せばSNSにアップしたくなる。で、写真も動画も拡散することになった。学校名は伏せてあったんだけど、夏目漱石の親族を名乗る者からメールやラインが学校宛てに届いた。ぼくたちの学校だとすぐに知れたからだ。

「お孫さんやひ孫さんが何人かいらっしゃるから、連絡しようと思ってたんですが、手間が省けましたね」

 事務の人たちや先生が善後策を協議していた。

「それ、全員、ほんものかどうかわかりませんよ」

「あ、そうか。ネットですもんね」

「お孫さんで有名な人がいます。その方に連絡しましょう」

 漱石さんは、いつもの『お客さん』と同じように保健室へ案内された。ひとしきり走りまわったことで、かえって気持ちが落ちついたようだ。

「ここでお待ちください。そちらにベッドもありますから、横になることもできますよ」

「私は帰る。道順を教えてもらえばいい」

「お孫さんがお迎えにいらっしゃいますから、どうぞお待ちください」

「孫? 一等上の娘が十五やそこらだ。私に孫などありません」

「あ。いや。いまは令和という時代なんですよ。西暦2024年です」

「きみ、気はたしかですか。いまは大正5年の、1916年だ」

 最初に遭遇した先生がめんどう見るっていうルールは、滝先生がびびっちゃってムリなので、保健の谷先生と国語の松浦先生が相手をつとめることになった。このときのやりとりは、松浦先生が授業時間をまるまるつかって、くわしく話してくれた。それによると漱石さんは、ワープの事実はすんなりと受けいれたんだってさ。さすが。

「場所はともかく、時代は百年以上経っていると。ふむ」

「夏目先生が始めてではありません。力士にはじまって落語家、主婦、アマゾンなど未開部族の子どもたち、犬や猫も来ました。この小学校にも体験者が四人います。ただ、時間を越えてやって来たのは先生が始めてです」

「時間旅行か。同時に空間も飛び越えている。日本の開化もついにここまで来たのですか。しかし私なぞを連れてこないでもよかろう。時間を持て余しておる輩はいくらでもあります。げんに拙宅に出入りしおるのはほとんどがそういった連中だ」

「いや、そういう仕掛けというか現象は、日本人ないし人間がコントロールしているわけではないらしいのです。したがって誰彼をえらんで連れて来ているのではありません」

「神隠しの類ということですか。こいつは剣呑だ」

 この後、橋口先生が加わって、科学的なアプローチが始まり、さまざまな仮説、推論が出ているところだと説明した。その最中に漱石さんはしきりに顔をゆがめるので、体の具合が悪いのかと谷先生が聞いた。

「いや、痔を患っておって、胃もこのところ調子がよろしくない」

 それならとベッドに横になってもらった。

「どうしたら元の時代に帰れるのですか」

「さあ、それは。お気の毒ですが、いまのところは」

「ここに現れた者らは、どうやって帰ったのですか」

「電車やクルマ、飛行機で、いわば正規の手順で帰っていきました」

「それは距離の隔たりの話でしょう。時間の場合はどうなりますか」

「時間機、タイムマシンといった乗り物はありません」

「それは妙だ。なら、なぜ私はここにいるのですか」

「時間を超越するのはタイムマシンに限りません。多次元宇宙や時間のゆがみ、ワームホールなどいくつか考えられます」

「私が時間を跳び越えたのは事実だ。ならば、元の時代に帰る方便もあるでしょう」

「なんとも言えません。あらためて振り返ると、ずっと一方通行でしたから」

「来たなりというわけか。やれやれ、とんだ災難だ」

 漱石さんは体をねじって窓のほうへ顔を向けた。レースのカーテンを片手でさっと開ける。そうすると、いつもなら校庭の広がりと手前に三本松の太い幹が見えるはずなんだけど、そこには二つのギョロリとした眼玉が待ちかまえていた。

「わ」

 さすがの漱石さんも悲鳴をあげた。その青いギョロ目はロシアっ子だった。あわてて漱石さんはカーテンを閉めて、ベッドに起き直った。

「どうも見世物みたようだ」

「ほんとうにお気の毒です」

「一人にしてもらえまいか。ちょっと頭を整理したい」

「なにか読むものをお持ちしましょう。ここは小学校ですから大人向けの本はすくないですが。そうだ、たしか、ジュニア版の『吾輩は猫である』があった。もちろん『坊っちゃん』も」

 松浦先生は返事も聞かずに保健室を後にし、橋口先生も谷先生も廊下へ出た。このとき、つかの間、空白ができた。そのすきに白衣の三人組が保健室へ押し入った。漱石さんはびっくりして身構えた。

「なんですか、君たちは!」

「Professor, keep quiet. Please open your mouth.」

 三人はアメリカ人の転校生だった。これは後でわかったんだけど、彼らは子どもとは思えない手際のよさで、あっという間に漱石さんの指紋や靴の泥、衣服の糸くず、DNAのサンプルを採取していったらしい。

 アメリカの三人組は、漱石さんの孫に当たる夏目房之介って人が迎えに来たときも、同じ暴挙に出た。職員室のとなりの応接間で、お孫さんが一人になったスキをついたんだ。

「なんだ、きみたちは!」

 房之介さんが我にかえったときには、もう三人はドアの向こうに消えていた。かわって校長先生と教頭の溝口先生、それに目撃者の滝先生が入ってくる。

「このたびはご足労ねがいまして、まことになんと言えばよろしいのか」

 校長先生がことのあらましを説明し、滝先生が興奮をおさえながら漱石さんがあらわれたときのようすなどを話す。

「でも、ほんとうに私の祖父の漱石なんでしょうか」

「風貌、物腰、雰囲気、どれをとっても夏目漱石、その人かと」

「ふうむ。でも私より歳は二十も下なんですよね」

「ええ。五十に満たないお歳です」

「そうでしょう。享年が49歳ですからね。ワープの件はけっこう騒がれていましたから私も知っていましたが、まさか漱石が」

 いきさつを聞いてもさすが漱石さんのお孫さんだけあって落ち着いていたらしい。じっさいに対面したときにはしげしげと祖父である漱石さんのの顔を見て、ため息をついたってさ。

「僕は、お祖父じいさんはハンサムなのにと陰口をよく言われましたよ、中学生のとき。しかし、なるほど端正なお顔だ」

 漱石さんは鼻の下のヒゲをもぞもぞさせた。

「あなたは、ふむ。わたしの孫、なのか」

 漱石さんは、遙か年上のお孫さんを見て困った顔をした。見られたお孫さんもやはり困った顔をした。で、居合わせた先生たちもまじえて、これからどうするかを話し合った。

 アマゾン子のあたりから、新たな出現者については政府に報告することになっていたが、もう届け出は済ませてある。ただ、こんなケースはもちろん想定外なので、戸籍のもんだいとか、ぜんぶひっくるめて国のほうで協議するらしい。その結論がでるまで、居所をその都度しらせるようにと通達があったそうだ。

「お世話になりました。ありがとう」

 夏目漱石はお孫さんに付き添われて校舎玄関に横付けされたタクシーに乗り込んだ。漱石さんの時代ではクルマはまだ外国から入ってきたばかりで普及はしていなかったが、漱石自身は温泉地で乗ったことがあって、ただ途中で馬車と衝突したとか。だから、ちょっとおっかなびっくりのようすだった。

 その出来事から何日もしないうちに、なんと『Nature』の電子版に、この出来事が論文として掲載されたってさ。興奮気味に橋口先生が知らせてくれたんだ。

「いいか。『Nature』というのは世界的に有名な科学雜誌で、ここに掲載されるということが大きなステータスになる。日本人では南方熊楠がイギリス滞在中に何本も論文を投稿し、掲載されている。その権威ある学術誌に、『Natsume Soseki revives』のタイトルで論文が掲載されたんだ。書いたのはアメリカ人だ」

 あのアメリカ転校生三人組がかかわっているにちがいない。

「漱石と房之介さんのDNAを解析したけっか、祖父と孫の関係がありそうなんだ。祖母か母親のDNAがないと確定はできないらしいが、漱石の胃と脳がホルマリン漬けで東大に保管されている。今回のことを受けて調べようとしたら、これが見つからない。記録そのものも消えちまってたってさ」

 DNAくらいぼくたちでもなんとなくわかるけれど、なんか話がややこしい。ぽかんとしてたら、理科が大好きの菊池君が手をあげた。

「先生。そのホルマリン漬けの胃や脳って、漱石さんがここへワープしちゃったから消えたんですか。それとも、だれかが盗んでDNAからコピー人間を作ったとかないんですか」

「え」

 橋口先生がおどろいた顔をした。意外な質問だったのかな。ちょっと間をおいて先生は口をひらいた。

「DNAのコピー人間か。うーん。ありそうだな。でも、見た目そっくりな人間はつくれても、長い年月のあいだ、育ちながら身につけてきた教養や能力、社会性はコピーできない。ぼくは、あの漱石さんはほんとの漱石さんだと思う。まあ、今後を見守ればわかるだろう」

 そのことばのとおり、漱石さんは書きかけの小説やエッセーを発表しはじめた。だれもうたがいの目で見ていたのが、作品を読んで一変した。

「こりゃまちがいない。文体もそのままだ」

 でも続きを書いているのが百年も経ってからなんて、同一の人間として認識されるだろうか。

「五百年、千年経つうちにそんなことは問題にされなくなるさ。それよりも作品の一貫性のほうが勝るはずだ。胃潰瘍は薬で抑え、ほかの病気もせっせと病院へ通って治療してらっしゃるというし。以前にもましてすばらしい作品が、これからまだまだ世に出るのだ。ああ」

 国語の松浦先生は遠くを見ながら感動していた。

 漱石さんといえば鴎外さんである。同時代人で、しかも同じ家に相次いで住んだ仲である。来ないわけがない。さすが、お医者さんだけあって保健室に現れた。それも保健の谷先生の真ん前に。谷先生はびっくりして気をうしなった。

「キャ! うーん」

 鴎外さんは手なれたもので、さっと谷先生の背に手をまわして支え、ベッドへ運んだ。はるかな世界に飛んで来たばかりなのに、自分の身もかえりみず、谷先生の心配をしてたってさ。あとでこれも松浦先生が言ってたんだけど、鴎外さんは女性には理解があって、よくモテたそうなんだ。なるほど。見かけはイカツイんだけどね。

「鴎外さんのお孫さんいらっしゃるんですが、もう八十歳超のご高齢で」

「じゃ、ひ孫さんのほうがいいんじゃないですか」

「しらべてみると、鴎外さんとこってDQNネームの走りみたいですね」

「ご子息が於菟でオットー、茉莉でマリー、杏奴でアンヌ、類でルイ」

「お孫さんも、真章でマックス、富でトム、礼於でレオ、樊須でハンス、常治で、これはふつうですね。でもジョージか」

「国際人、森林太郎の面目躍如といったところですかな」

「とにかく手分けして連絡先を当たってみましょう」

 けっきょく、ひ孫さんが何人か来て、持ち回りで引き受けることになったらしいんだけど、やっぱり明治村で昔住んでた家を見たいとかで、一族で見に行ったとか。

「肺を患っておられるようで、治療に専念なさるそうですよ」

「きっと完治します。そしたら、医学はともかく、また小説で活躍なさるでしょう」

 もちろん鴎外さんのときも、例のスパイ転校生たちはひそかに情報をあつめていたことは言うまでもない。

 鴎外さんの後は、というと、えーと誰だろう? やっぱり文豪つながりなのかな。松浦先生がいろいろ名前をあげた。

「藤村、鏡花、独歩、花袋、露伴、紅葉、四迷、子規も。いっぱいいるなあ。これは楽しみだ。先生は年甲斐もなくワクワクしてきたぞ」

 もう松浦先生は、ぼくたちのことなんか眼中になかった。

「芥川に菊池、志賀、太宰、宇野浩二、井伏、荷風、谷崎、三島、川端、井上靖、石川淳、安部公房に中上健次。古くは芭蕉、一茶、十返舎一九、井原西鶴、もっと古くて紫式部とか。人麻呂、赤人、旅人、家持、額田王、憶良、業平、小町、貫之、和泉式部ちゃん、わ」

 先生は一人で照れていた。和泉式部のファンなんだってさ。それはともかく、新聞やテレビで文芸評論家や作家、大学教授らを招いてさかんに討論されだしたのがノーベル文学賞のことだ。

「谷崎潤一郎か三島由紀夫か、どちらかがワープで現れたのなら、候補に推薦すべきです」

「まあ、どちらも候補になっていたのですから、あらためて受賞するのは自然なことですわな。安部公房でもいい」

「しかしノーベル賞は故人は対象にしとらんでしょう」

「漱石氏や鴎外氏のいまの活躍を見てもそう言えますか」

「ぐふ」

「執筆に講演に大忙しで、大活躍ですね。人気者だし」

「どちらもSNSをやってらっしゃる。だれかに手伝ってもらっておられるのでしょうが」

「いや、指先の刺激になるとかで、自身でタイプしてるみたいですよ」

「ほお」

「お二人の活動を目の当たりにすると、生死など問題になりませんな」

「生き返ったわけでもありません。死ぬ前にこちらにいらっしゃったから」

「お墓もなくなってますね」

「うーん」

「日本ペンクラブは漱石さんも鴎外さんも推薦するようです。まして谷崎さん、三島さん、そして安部さんなら強力に押しますよ。世界じゅうの文学者の支持も得られるでしょう」

「紫式部さんだとどうですかな。西鶴さんということもある」

「ふーむ。ノーベル財団はどう判断するんでしょう」

「いやしくも、かの『Nature』のお墨付きもありますから、存命人として候補の対象と考えるのが道理でしょうな」

「いやはや、すごいことになってきましたなあ。あはは」

 だれもが目を輝かせるんだけど、インタビューされた村上春樹って人はなんだか浮かない顔をしていた。

 鴎外さんのさわぎがおさまったころ、ふと、まわりを見てみると、クラスの顔ぶれががらりと変わっていた。ワーピングに気をとられていたから気にしていなかったんだけど、そういえば、転校していく仲間を毎日のように見送った。さいしょは私立中学を受ける子たちだった。

「ワープ騒動で受験勉強に集中できやしない」

 そんな抗議に、市はあっさりと近くの小学校への転校をみとめた。たしかに勉強するふんいきじゃなかったもんね。でも転校希望者が相次いだものだから、近隣の小学校はもうパンパンで、受けいれ校がなくなってしまった。そうなると、もう残る方法は一つしかない。

「マスコミにもネットにもさらされて、こんな環境に子どもを置くなど言語道断だ。引っ越すぞ」

 そんなふうに一家で引っ越していく人たちがいた。その一方で、ちがう考えの人もいた。

「こんな未知の経験ができる場所など、地球上どこを探してもない。なにか新しいことが起こっている現場に立ち会えるなんて、なんと貴重な」

 そう言って引っ越して来る人たちがいたのだ。

 で、けっきょく転校生の出入りの増減はプラスマイナス・ゼロで、顔ぶれだけが変わることになった。もちろん、ぼくたちのクラスだけじゃなくて、一年から六年まで、どのクラスも似たような状況だった。

「クラス写真とか、どうすればいいんだろう」

 アルバム委員としてぼくは毎日、こまめに写真を撮っていた。レンズに気づいてふざけたポーズをとるクラスメイトを前に、ぼくはシャッターを押しながら途方に暮れた。越していった仲間の写真もあるし、もちろん新たに来た仲間も写真におさめた。さらに猫や漱石さん、鴎外さんも撮ってきた。

「クラスの写真がはみ出ちゃいます。入れ替わりがはげしくて」

 卒業アルバムの制作委員会でそう言うと、ほかのクラスの委員も同じなやみをかかえていた。

「ワープは特集を組むとして、各クラスは個別写真をメインに作ろうか。こんな状態じゃ、集合写真はあまり意味ないしな」

 八馬先生はパソコンの画面で写真を確認しながら言った。

「ひとり一人のコメントはひと言でもいいからとっておくように。寄せ書きでもいいし、吹き出しみたいにアレンジしてもいい。転校していった者たちも全員、なんとか収めよう。必要ならページを増やす」

 卒業年に起こった出来事なんかのニュースも掲載するんだけど、今年の場合はワープで埋まってしまいそうだ。八馬先生が学校じゅうに仕掛けたカメラでワープ写真は山のようにある。

「香山はきょうも来てないのか。うーん。替わりの委員をえらんでもらおうか。間に合わないもんな」

 そうなんだ。香山さんは前回も前々回も委員会に顔をだしていない。その理由は八馬先生もぼくも、みんなも知っている。引っ越したんじゃない。それどころか、この騒ぎでひときわ目立つ存在になってたんだ。

「どう? きょうはだれかワープしてきましたか」

「はい。きょうは『星の王子さま』の人がいらっしゃいました」

 そのサン・テグジュペリて人はフランス大使館の職員が迎えに来たらしいけど、それはさておき、このインタビューに答えているのが香山さんなんだ。以前たまたまテレビのインタビューで映って、話し方がしっかりしていてかわいいと評判になった。まあ、彼女、放送部員だからね。それ以来、校門の外で待つ他のマスコミも彼女をつかまえるようになった。香山さんもイヤがるようすもないどころか、むしろ積極的にカメラの前にすすみ出た。

「きょうはだれも来ませんでした。でも、みんなソワソワして」

 インタビューだけでは話は終わらず、テレビ局にゲストとして呼ばれるようになり、ニュースやワイドショーにも出るようになった。きょうも収録があるって、テレビ局に行ってるはずだ、あ~あ。

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