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6 パワースポット

 よくわからなくても楽しめばいいのに、楽しめない人たちもいる。たとえば社会科担当の滝先生はあいかわらず授業のたびに道徳がどうの、超越者の怒りがどうのなんて言うんだ。

「なぜこんなことが起きるのか。きみたち、胸に手を当てて、もういちどよく考えてみよう。超越者の逆鱗にふれたのだ」

 でも、滝先生のいうこの超越者って神さまのことなんだろうけど、宇宙人や未来人でもおかしくないよね。校舎のロボットだって超越者かもしれない、人間を越えた存在てことだから。うん? この地球上で人間を越えた存在っていったら? あ、自然か。地球もふくめた自然も超越者なんだ。ワープも起きてみれば、これはこれで自然現象なのかな。

「自然が起こしているなら自然現象といえる。いまは受け容れ難くても、時とともに慣れれば、ワープは自然なものとして広く認められるだろう。しかし、他のだれかが意図してやっているなら自然現象ではない。そんな『だれか』がいるとしたら、話はとんでもない方向へ向かうだろう」

 橋口先生はそんなふうに言って、こんなことも言ってた。

「科学で説明できない事象はたくさんある。しかし、ワープはあるていどメカニズムが予想できて、なによりどんな現象かわかっているから、きみたちが大人になるころには、きっと全容が解明されているよ」

 でも、と先生は話をつづけた。

「私たちのまわりでは、人間の五感で把握できないことも起きているはずなんだ。そういったことに比べればワープなんて楽勝さ。見たり聞いたり、なにより実際に経験もしてるんだから」

 なにが楽勝なのか、よくわかんないな。けれど、先生の言おうとしていることは、なんとなくわかった。知覚できるだけマシってことだ。

 ぼくたち五人がワープして以来、ワープ現象は収まっていた。しかしマスコミやネット上での話題には事欠かなかった。ワープにまつわる二次騒動が後を絶たなかったからだ。

 科学者やSF作家はいまでもときどきやって来る。でもいくら最新の機械を持ち込んでも目新しい発見はないらしい。そのせいか研究者が来校するのは減ってきていた。そのかわり、ヘンな連中が来ることがある。

「えやッ! ええい! ほっほっほおおーーい」

 山伏っていうらしいけど、それが三人やって来た。どこからわいてきたんだろうと不思議になるくらいヘンテコなかっこうをしてた。校門前で中へ入れろと騒いでいたんだ。もうそのころには東門と北門はカギがかけられ、正門は警備会社のガードマンがいつも立っていた。

「ダメです。入れません。前もって許可を取ってください」

 三人の山伏は入るのをあきらめたらしく、正門前で祈祷だかなんだか、お祈りをはじめた。ぐるぐると回って手足を振りまわしている。

「えええいいい! うおおおお! えやッえやッ!」

 その声は授業中の教室にひびき、先生たちが窓から顔を出した。

「しょうがないな。また来てる。最近、多いな」

「ネットで、ここはパワースポットだって言われてるんですよ」

「へーえ。それで、あんな連中が集まってくるのか」

「スピリチュアルの人たちも発信してるっていうし」

「ふーん。そういえば、占い師とか自称エスパーとかも来てるもんな。ふーん。あ、あれは!」

 と先生たちがいっせいに見たその先には、ブィイイイイーン! とやかましい音をたてながら飛んで来るものがあった。ドローンだった。これまでにも何台か校庭の外までは来たが、なかへ入ってきたのはきょうが始めてだ。

「ったく。入って来ちゃいかんとあれほど言ったのに。授業のじゃまだ!」

 と校庭へ走り出たのは体育の林先生だ。手には弓を、アーチェリーを持っている。国体の代表選手だったらしい。

「林先生! 慎重に。流れ矢が校外へ飛ぶと危ないから」

 一階の窓から校長先生が顔を出して叫ぶ。職員室から教頭の溝口先生がゆっくりと林先生のほうへ歩いていく。その手には、わ、薙刀なぎなたが。

「林先生、わたくしにおまかせください。あのようなもの一撃ですわ」

「教頭先生、薙刀では届きませんよ。まずは私が」

 矢をセットするや放たれた矢は、あっと、惜しい。届く寸前でかわされた。矢はそのまま放物線をえがいて正門のほうまで飛んで、山伏の一団のなかへ落ちた。

「うわ」

「ひ」

「え?」

「刺さってるぞ!」

「え?」

「背中、背中!」

 背負った箱みたいなやつに、ブスッと矢が斜めに突き刺さっている。

「ぎゃああああ!」

 山伏たちは狙われたと勘ちがいしてわれ先に逃げ出した。

「人殺し!」

「なんて小学校だ!」

「おまわりさーん!」

 遠ざかっていく山伏たちのこちらでは、まだドローンがうるさく飛んでいた。林先生は二の矢をつがえて狙いを定めているが、ドローンはふらふら飛行でなかなか正確に狙えない。

「ぼくたちがやってみていいですか」

 わらわらと集まってきたのは、校庭のすみっこで体育の授業中だった六年生だ。手に手にドッジボールやソフトボール、なぜかフリスビーまで持っている。

「おう、いいぞ。やってみろ」と林先生は狙いをつけたまま言って、ひょうと放った矢はまたしても外れて、こんどはちょうど正門前にやって来たパワースポット巡りで来た男女の目の前に落ちた。

「わ」

「ひ」

 これまた一目散に逃げ去った。林先生は三本めの矢を手にする。全校児童の眼がそそがれるなか、矢が放たれ、こんどこそはの願いむなしく、またも外れそうになった。しかし、そこへ雨あられと大小のボールが投げ上げられ、フリスビーまで飛んで、矢はボールにかすって勢いを失い、ふらりとドローンの羽根をたたいた。バランスを失って高度が下がり、待ってましたとばかり、教頭先生の薙刀が一閃、ぐしゃとドローンは地面に叩きつけられた。

「わあッ!」と歓声があがり、拍手が沸き起こった。

 つぶれたドローンは正門前に捨てられた。あとで持ち主のおじさんがこそこそ取りに来た。

「弁償してくれよ!」と原型をとどめないドローンを手に、おじさんは眼をつり上げたんだけど、「公共地での飛行禁止の条例に触れるので警察に通報します」と警備員に言われて、あわてて走り去ったってさ。

「ユーチューバーだったんですって! あのドローンのおじさん」

 香山さんが眼を輝かせて言う。図書館の準備室でぼくはまた香山さんと二人になった。いや、卒業アルバムの制作委員会で、始まる前に入ったらたまたま彼女がいたんだ。

「へーえ」とぼくはおどろいて見せた。

「いくつかアップされてて、最新のはこの小学校のシーンで林先生の矢が飛んでったり、ボールが、わっと迫ってきて、教頭先生の薙刀の刃がビュッとよぎったりしてるのよ」

「へーえ」ともう一度ぼくはおどろいて見せた。

「テレビ局も大きなドローンやヘリ出してるし。アルバム制作も方針変更だって。きょうはそのための招集みたい」

「そうなんだ。ふーん」

「小牧くん」

「うん?」

「ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるよ」

「ふーん」

 しばらく間があって、ぼくたちは校庭を見ていた。まぶしい光が陸上のトラックではねる。

「そういえば、三上くん。まだ退院しないそうね。小牧くんたちがワープしたもんだから、そのせいね」

「ちがうよ。ぼくたちだってびっくりしたんだ」

「どんな感じ? ワープって」

「べつに。なにしろ、あっと言う間もなかったから」

「へーえ。そうなの」

 またぼくたちは校庭に眼をやった。なにか話さなきゃと思って、ぼくはふと犬のことを思い出した。

「動物、ほかの出てこなかったね。犬と猫だけ」

「うん。そうそう。みんな、すっごい心配してたわ。虎やライオンが出てきたらって恐怖だったもの」

「先生たちも休校にしようとしてたらしいんだけど、出ると決まってるわけじゃないからダメで、先生たちも恐かったらしいよ」

「滝先生は休んでたわ、あれから。猫アレルギーなんですって」

「見たよ。ぼくたちの教室で口からあわ吹いたんだ」

「え~、見たかったなぁ。きゃは」

 香山さんの笑顔がまぶしかった。ホントに、ほんとに。ぼくはこのとき、人生で始めての感情をいだいていたのだと思う。まだ淡くおぼろげだったんだけどね。

 ぼくたちのいる準備室には何人かが入って来たんだけど、目が合うと「あ、ゴメン」てみんな出ていってしまった。

「入ってくればいいのに。ね」

「え。うん」

 この時間が永遠につづいてくれないかなとぼくは思っていた。でも香山さんはあっけらかんとしたままでさ。

「おすもうさんで始まったのよね」

「うん」

「あのおすもうさん、どうやって帰ったの。あんなかっこうで」

「ふんどしだもんね。なんか部屋の応援団の人が迎えに来たって」

「落語家のおじいさんは」

「自分で帰ったんじゃないの。でも靴なかったな。ざぶとんに乗っかって来てたから」

「おサイフも持ってないはずよ。どうしたのかなぁ」

「有名な落語家らしいから、なんとかなったんじゃないの」

「あと、主婦の人とか、モデルさんとか、大学の先生とか、みんな困ったでしょうね。いきなり、こんなとこ来ちゃって」

「うん。あれ、なんか静かだな。委員会、まだだよね」

「え。あ。ヤだ。どうしよう。小牧くん、見てきてよ」

 ぼくはそっとドアに近寄り、ノブをしっかりにぎってそっと回した。すき間から、まん中の大きなテーブルに委員長の赤坂さんが見えた。もう議題の説明に入ってるみたいで、委員がぐるっと座ってプリントにかがみこんでいる。端っこには顧問の八馬先生も来ていた。

「もう始まってるよ」

「ほんと? わぁ、どうしよう」

「このままかくれていようか」

「だめよ。みんなわたしたちがここにいるって知ってるわ」

「呼びに来てくれればいいのに」

「さっきの、呼びに来たのかも。恵子ちゃん来たとき」

「ぼくから出るよ。香山さんはちょっと後から」

「だいじょうぶよ。さあ行きましょう」

 そう言うやさっさとドアから出て「わぁ、ゴメンごめん」て言いながら席についた。気おくれしたぼくはコソコソとドアから忍び出て、うつむいたまま席をさがした。みんなが目で追ってくるので恥ずかしかった。

「お、小牧。またワープして来たのか」

 八馬先生が笑ってぼくをからかった。

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