4 三上君を見舞う
ぼくたちは土曜の午後、三上君の見舞いに行くことにした。三上君はリーチ選手にタックルされて気を失い、救急車で市民病院に入院していたんだけど、軽傷のはずが精密検査とかで大学病院へ転院してた。それが長引いていたんだ。
受付で部屋を聞いてぼくたちはおどろいた。特別室の個室だというんだ。なにかのまちがいと思ったが、訪ねてみるとたしかにその特別室に三上君がいた。
「よォ三上、元気そうじゃないか!」
同じ陸上部の水野君がでんとベッドのはしっこにすわる。
「みんな! 来てくれたんだ。ぼくはもうケガは治ってるんだ。どこも悪くない。こんなとこ早く出たいよぉー」
三上君はベッドに起き直ってうんざりした顔で言った。枕元の壁に赤と白の横じまのユニフォームがかけてある。
「わ。どうしたの、これ。ラグビーの日本代表のユニフォームじゃん」
「これ? リーチ選手がお見舞いにくれたんだ。すごいだろ」
「へぇー、リーチ選手が来たんだ。すごい!」
「いいなあ。すげえ。おれ、中学行ったらラグビーやろうかな」
部屋は広々として、ソファセットも置いてある。十一階のその窓からは公園や市街地が一望できる。ぼくたちは口々に、おぉ~とか、わァ~とか言いながら部屋をひと回りし、ソファにかってにすわった。三上君の家族はちょうど出かけたところで、ほかにだれもいなかったんだ。
「検査ってなにやってんの?」
学級委員の久地君がクラスで用意したお見舞いの色紙をわたす。三上君はきょとんとした顔で受けとる。
「いろいろ。ていうか、なんでも。手当たり次第、どんなことでも機械がありさえすれば調べる感じ。毎日毎日、まいったよ」
どうやら三上君は保安機関から疑われているらしい。ワープを起こす張本人とでも思われているんじゃないかな。ムリもない。三度もワープに出くわしたのだから。この個室もその保安機関が用意したんだってさ。
「ぼくは被害者なんだ。それを、ヘンな質問したり、機械にかけたりして。まるで犯人あつかいだよ」
「犯人はないよなぁ。アレってべつに悪いことじゃないし」
「第一容疑者てところかな。三上は」と言いながら病室へ入って来たのは、車を駐車場へ入れてきた橋口先生である。ぼくたちは担任の橋口先生の車で来たのだ。先生も部屋を見まわして、へェ~と感心する。
「先生もぼくが怪しいと思ってるんですか」
「そんなことないさ。ただ、三度も重なると、なんか誘発してるんじゃないかと疑いたくなるんだろうな」
「でも、なんかヘンなんですよ。透視とかテレパシーのテストもさせられて」
「へーえ。で、できたのか、透視」
水野君がおもしろがって聞く。
「できるわけないじゃないか! じっとスリットを見て光に曲がれと念じたりとかさ。小学生だと思ってからかってるんだ」
「超能力者かもしれんと見込まれているんだ。いい経験になるぞ」
「先生、そんなこと言ってないで、なんとかしてください。頭がおかしくなりそうです」
「だいじょうぶだ。この病院には脳外科も神経科も精神科もあるからな」
「先生!」
「冗談だよ。わかった。早く済ますように校長先生から頼んでもらうよ」
「お願いします」
三上君はほっとしたようすでベッドから出て大きく伸びをする。
「もう体がなまっちゃってさ。でも寝てなきゃいけないって」
「検査とはいえ体への負担が大きいからだろう。がまんしろ」
三上君はソファへやって来て、席を空けた小峰さんの横にすわった。
「記念撮影でもしますか」と久地君がスマホの電源を入れる。スウェットの上下の三上君を真ん中にして、久地君と橋口先生が交代でシャッターを押す。水野君がおもしろがって窓をバックにしたり、ベッドを囲んだりしながらみんなにいろんなポーズをとらせ、シャッターも代わるがわる押すことになった。
「わ。このユニ、でかいなぁ」
水野君がかってにユニフォームを手にしたかと思うと、さっと頭からかぶった。
「しょうがないなあ。撮ってやるから、みんなでそこ並んで。先生も」
三上君がスマホを受けとって構えたそのときだった。ぼくたち五人の目の前で、三上君の姿がふっと消えた。
とうとう三上君本人がワープしたのだと思った。しかし、消えたと見えた三上君の位置に人影が差した。目をまるくしてこっちを見ている。
「やあ。あははははは」
それは、八馬先生だった。ぼくたちは病室にいたはずなんだけど、そこは病室ではなかった。ワープしたのはぼくたちだったのだ。
水野君はラグビーのユニを著たままポーズを取っていたし、小峰さんも久地君もぼくも橋口先生も、三上君が構えたスマホを見ているつもりだった。でもその視線が集まるところにいるのは三上君ではなく、八馬先生である。
「ははは。びっくりしたァ。あはは」
ここは図工室の教員控室で、八馬先生は設置したカメラの映像をチェックしていたところだった。
「ははは。ははははは」
興奮をしずめようとしてか、八馬先生はやたらと笑う。
「あはは。あ、そうだ。動かないで。そのままのポーズで写真を撮ろう」
ぼくたちは凍りついたまま動けなかった。三上君が撮るはずの写真を八馬先生が撮ってくれた。
「三上、びっくりしてるだろうな」
水野君がラグビー日本代表のユニフォームを脱ぎながら言う。八馬先生がインスタントココアを出してくれたので、ぼくたちはようやく人心地がつき、イスにすわることができた。
「三上くん、消えるのも見ちゃったことになるんだ」
「現れるのと消えるのとどっちも体験てことになると、ますます怪しいってなって、取り調べ、じゃない、検査が厳しくなるだろうな」
橋口先生はきのどくそうな顔をする。
「とうぶん病院から出られないだろう。かわいそうに」
「なにもしてないのに。なぜかしら、三上くんばかり」
「あ、ぼくのスマホ。三上君が持ったままだ」
久地君がそう言うと、水野君が顔をあげる。
「病院へもどるのか。なら、ついでにこのユニ返してきてくれよ」
その赤と白のユニフォームを見て、ぼくたちはあらためて、ああワープしてきたのだと実感した。でも、なんとなく現実感に乏しいというか、自分のことながら確信がもてない気がする。
「ほんとうにワープしてきたんだっけ」
「うん。移動したって感じがしないな」
「わたし、まばたきもしてないのに、どうなってるの」
「わけわかんないや」
ぼくたちがそんな感想めいたことを言い合っていると、橋口先生が顔を上げた。
「なんとも気持の整理はつかないが、起きたことは受けいれるしかない」
橋口先生は、むつかしそうな顔をしてだれに言うともなく、べらべらと話し始めた。
「人間の感覚では感知できない事象、できごとなんだ。体験はしても、その中身というか、なにを体験したかは結果でわかるけれども、その過程は実感できない。だから言葉で現わせない。その体験の前後の感覚があるだけだ。まばたきする間もないほどのすばやさ、速さで完遂する。人間の五感ではとても捉えきれない。翻弄されるしかない。でも、これは貴重な体験だ。ぼくは科学者として人類の新たな一歩に立ち会い、なおかつ参加しているのだから」
考えながら、自分に言い聞かせるように橋口先生は話していた。よくわからないけれども、人類の新たな一歩ということばが気になった。八馬先生は、八馬先生も間近でワープを目撃してちょっと変になっていたが、橋口先生の言葉にうんうんといちいちうなずいていた。
「さてと」
と八馬先生が立ち上がったころには、陽が傾いて窓ガラスはあかね色に染まっていた。久地君がスマホを、橋口先生もクルマを取りに行くというので、八馬先生が二人を送っていくことになった。
「ついでだから」とぼくたちも八馬先生のクルマに乗り込んで送ってもらった。さすがアウトドア派、4WDとかの、ごっついクルマだった。
その後、三上君は、自分はやはりおかしいのではないかと思い込み、率先して検査を受けるようになったらしい。