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2 SF的解釈、猫も犬も

 担任の橋口先生が理科の時間にはりきって自分でしらべたり、いろんな情報を授業そっちのけで教えてくれた。教科書は開くんだけど、月のかたちなんてどうでもよくなって、つい脱線しちゃうんだ。

「ワープ現象の原因は二通り考えられる。ひとつは個人の能力だ。しかし、ワープして来た人たちが特別な能力をもってるようには見えない。もうひとつの原因は、空間のゆがみだ。べつべつの空間をくっつけちゃう。超能力か空間の問題か」

「先生!」

 菊池君が手をあげる。彼は理科が得意なんだ。

「だれかが、関係ない人たちをかってにワープさせたんじゃないですか」

「イタズラとしてはありうるなァ。どこかで笑って見てるかもしれん」

「ワームホールはどうですか」

「一方通行だからじゅうぶんあり得ますね」

「空間てそんなにヤワなんですか」

「ニュートン空間はアインシュタインによって」

 ふたりでは話が通じていても、ぼくたちにはちんぷんかんぷんだった。算数の先生も空間について話し、国語の先生はワープをあつかったSF小説を教材にした。

「ジョウントやクイム、シュワルプ空間という言葉を覚えておくといい。SFの名作の一幕が実際に展開されるなんて、ああ」

 松浦先生は遠くを見つめて感動するのだった。ほかの教科の先生たちも負けてはいなかった。体育の林先生は合気道の心得を生かして、いきなり現れた人をよける方法を教えてくれたし、社会の滝先生は身ぶりもまじえてここぞとばかり、日ごろ思っていたことを爆発させた。

「いいか、きみたち。よく聞きなさい。風紀の乱れが空間の乱れを招いているんだ。とくに今は人心風紀紊乱し、正す者なし! よって、人ならぬ超越者の思し召しによって警告が与えられているのだ」

 滝先生は拳を振り上げ、なんか怒っていた。もはやぼくたち児童は眼中にないようだ。教室はしーんと静まりかえった。みんな顔を伏せて、先生と眼が合わないようにした。息をひそめ、先生の次のことばを待った。と、そのとき、高らかに声があがった。

「ニャアアアアア!」

 みんなはっとして声の方角を見定めようと顔をあげた。後ろのほうの席からだった。いっせいにそちらを見ると、一匹の猫が、しっぽを高々と上げて、ゆっくりと前へ歩きだしていた。

「だれだァ! 猫なんか連れてきたのは!」

 滝先生は上げた拳を振りまわし、なんか、あせっていた。その間にも猫は前進し、すたこらと教壇に向かい、先生の足元に到達した。で、ごろごろ言うやスリスリと、先生のスリッパに頬ずりをはじめた。

「ぎゃあああ。だれかッ! これ、連れてって! わ。ああああ」

 先生はぶるぶるふるえたかと思うと泡をふいてたおれた。長毛種のそのトラ猫は友川さんが抱きあげて先生から引き離し、学級委員の久地君が救急車を呼ぶために廊下をすっ飛んで行った。

 この事件で、滝先生が極度の猫アレルギーだと判明した。それはさておき、その後の聞き取りで、だれも猫を持ちこんだ者はなく、猫がかってに入って来たわけでもなかったことがわかった。最後列の瀬戸君の話によると、いきなり空中からひょいと、なにかをまたぐみたいに猫が現れたらしい。人間だけでなく、猫もワープしてきたのだ。ぼくらの学校での、人間以外のワープ例は、これが始めてだった。

 もちろん犬も来た。

 卒業アルバム編集委員会が図書室であって、ぼくは休憩中になにげなく図書準備室に入りこんでいた。そこへ、同じく委員だった香山さんが入ってきた。

「あら、小牧くん」

 香山さんはカワイくてキレイで、ちょっと男子の注目の的だった。もちろんぼくも例外ではない。去年まで同じクラスでお互い名前くらいは知っていたが、話したことはなかった。

「あ。うん」

 ぼくは内心あせりまくった。わ、わわわわわわ。香山さんと二人きりだ。図書室との小さなドアは開いていたが、遠くでワイワイやってる声は聞こえるが、だれか来そうな気配はなかった。

「進んでる? アルバムの文集」

 香山さんはこっちに来て窓辺にもたれかかりながら聞いた。資料が部屋をほとんど占領する狭い部屋のこととて、二人の距離感はハンパなく近かった。

「え。いや。ぜんぜん」

「そう。わたしのクラスもまるっきしなのよ」

「へーえ。そうなんだ」

 香山さんは資料の山を見あげながら、ため息をつく。ぼくはなにか気の利いたことでも言わなければと思うものの、ノドがカラカラになって、ことばが浮かんでこない。こまったな。考えるうち、へんな間があいてしまった。何を思ってかぼくは、ほとんど寒いくらいなのに窓を開けて言った。

「暑いなぁ」

 そのまま窓の外へ顔を出したぼくをじっと見て、香山さんは言った。

「小牧くん」

「え」

「小牧くんてさ」

「うん」

「シャイなんだ」

 香山さんはイタズラっぽくニコニコ笑って言った。ぼくは不意をつかれて、もごもごと口ごもってぷいと外を向いた。香山さんは、勝ちほこってたたみかける。

「ほらね」

 ぼくはたじろいだが、聞こえないふりをして窓の外を見た。二階のその窓からは傾いた陽が染める校庭が一望できた。遊具やボールで遊んでいるグループがいくつかあり、サッカー部や陸上部の連中が走りまわり、そこには三上君の姿もあった。

「すごいね、三上くんて。おすもうさんに踏んづけられたのに、もう練習してる」

 いつのまにか香山さんが同じ窓へ来て、ぼくと並んで外を見ながら言った。彼女のふわりとした髪に鼻をくすぐられ、うっとりする。

「え。うん」

 気をまぎらすためにトラックに眼を集中させると、三上君がダッシュを繰り返していた。ケガはたいしたことなかったようだ。

「おや。あれ? どうしたんだ」

 なにかをよけたように見えた三上君が、バランスをくずしてでーんとひっくり返った。あおむけになった彼の胸あたりで、雑種っぽいムク犬がニコニコしながら、ちぎれそうにシッポを振ってじゃれついている。

「どこから来たんだろう、あの犬」

「見てなかったの? いまの」

「ひっくり返ったとこ見た。犬をよけて」

「その前よ。走ってる三上クンの前に、すっと現れたのよ、あのワンコ」

「え。じゃあ、例の」

「そうよ。テレポートだわ。犬も」

 犬も猫も飼い主がわからないので愛護団体の人が来て連れていこうとした。しかし、猫は友川さんが、犬は三上君が保護すると申し出た。犬は首輪をしていて、その後、ニュースで見た飼い主がはるばる迎えに来た。猫のほうは名のり出る人はいなかったが、ずいぶん人なれしていて、毛並みもきれいで、ノラには見えなかった。

 猫と犬が連続で出てきたことで、次はどんな動物が、と全校が不安になった。ペットになるような動物ならまだしも、虎やライオン、ゾウなんかがワープしてきた日には、考えるだけでも恐怖だ。ワニ、クマ、ヘビ、サソリ、えーと、カメとか、キリン、パンダにカメレオン、ナマケモノ、ゴリラやお猿さん、コアラ、あれ、けっこう楽しいかも。

「ここにも来ないかなぁ」

 まだ見ぬ彼らに思わず口走ったんだけど、そう言ったと同時にまったくの偶然で足元に気配があった。なにかスリスリしていた。

「あら」と香山さんの声が聞こえた。

「かわいい!」

 見るとワンコだった。雑種っぽいムク犬がニコニコしながら、ぼくの足元でちぎれそうなほどシッポを振っている。

「どこから来たの? イヤぁ、くすぐったい!」

 ワンコは、しゃがみ込んだ香山さんの顔をうれしそうにペロペロなめまわす。この部屋には図書室からのドアしかない。そのドアは香山さんの向こうにあって、要するに、そこを通って犬が来たのではない。いきなりぼくの足元に現れたのだ。これは一連の現象のひとつなんだが、ぼくにとっては、メンツを救ってくれて、香山さんからの好感度アップに貢献してくれる出来事になった。

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