11 エッフェル塔
そうこうするうち、ぼくらのクラスに三上君がもどって来た。ひさしぶりに登校して同級生の顔ぶれががらっと変わっていたので、三上君は入り口で立ち止まって「6年2組」のプレートをあらためて確認してた。
「あ、ワープくん(三上君のニックネームだ)」
「どうだった、検査」
みんな、わっと取り囲み、からかったり、本気で心配したり、いままでの経緯を話したりした。
「三上君いなくてもワープは変わりなく起きてたよ。大丈夫だよ」
小峰さんにそう言われてなんかほっとしたようだった。で、三上君は自分の席にすわってあらためてまわりを見まわした。
「知らない顔ばっかりだ。どうなってんの」
「みんな引っ越してっちゃった」
「で、みんな引っ越して来たんだ」
「転校してった子と、転校してきた子と、同じくらいかな」
「ふーん」
そこへ楊さんがやって来た。
「三上くん、はじめまして。わたし、楊小鈴といいます。転校してきました。みんな、こすずって呼んでくれてます」
自己紹介しながら、ひそかに、でもないか、大っぴらに写真を撮ったり、病院での検査のことや、ワープ前後のことを根掘り葉掘り聞いた。ロシア人の転校生、セルゲイもいつの間にかやって来ていて、三上君を上からじっと見おろしていた。
「わ」
セルゲイに気をとられている間にスパイ転校生が集まってきて、三上君はすっかり回りを取り囲まれてしまった。顔や手や髪の毛をさわられたり、呪文をとなえられたり、足元で瞑想されたり、担任の橋口先生が入ってきてようやく散り散りになって教室を出ていった。
「三上、相変わらずモテモテだな」
「はあ。先生、やっぱりまだ退院は早かったかもしれません」
「クラスの顔ぶれもすっかり変わってしまったから戸惑うかもしれんが、ゆっくり馴らしていけばいいさ。健康上はなんの問題もないんだから」
「はあ」
三上君は自信なさそうにうつむいた。
「さ、授業を始めようか。きょうはえ~と。梃子のはたらきか」
橋口先生は脱線することなく、というのも最近はワープがいっぷくしていたからだ。だから菊池君もおとなしかった。
「次からはえーと、電気の。あれ、三上。 それ、なんだ?」
先生は三上君が答えるのを待たずに、つかつかと歩み寄って自分でたしかめた。なんかへんだと感じたんだろうね。三上君は先生に言われてはじめて気づいたように、それをじっと見た。で、ぼそぼそとうわの空でつぶやいた。
「スカイツリーか。東京タワー? ちがう。あ。これ、エッフェル塔だ」
橋口先生は「なんでそんなものを学校に」とは言わなかった。話の成り行きというか展開の必然性というか、それがどうしてそこに出現したのかひと目でわかったみたいだ。だから何も言わず、それを手に取って真剣にしらべている。
「これは」
そう言ったきり、先生はじっとかたまってしまった。終業のチャイムが鳴ってもじっと見ていた。
「ふうう」
みんなにうながされてやっと顔を上げた先生は、大きく息をはいた。なんか顔がひきつっている。
「精巧にして優雅、大きさを別にすればこれは正真正銘のエッフェル塔だ」
先生はだれに言うともなく言うと、そのタワーみたいな模型を三上君の机にもどした。あとはうわの空であいさつもいいかげんに、教室をふらふらと出ていった。ぼくたちはぽかんとしたまま先生を見送った。三上君は、そのタワーを前にしばらくは放心状態だったが、やがてなにかに気づいたようにブルッと体を震わせて叫んだ。
「わああ」
そして三上君はその場にたおれた。すかさず、楊さんが歩み寄ってカメラのシャッターを切りまくり、どう察知したのか、セルゲイが来ていた。ほかの国のスパイも続々と駆けつけてきたが、そのなかの一人が三上君の机に置かれたそのタワーに手をかけた。
「こらああ」
「このおおお」
とうとうぼくたちはキレた。各国のスパイたちに襲いかかってめったやたらに手を振りあげたのだ。騒ぎを聞いて先生たちが駆けつけたころには、スパイの何人かが床の上に伸びていた。ぼくもスパイたちのだれかに手をあげたんだっけ。ぎりぎりと歯をかんで興奮をおさえきれないでいた。
「やめろ!」
久地君はさすが学級委員だけあって、みんなの背中をビシバシたたいて必死に止めてた。
「なにしてる! やめなさい! やめるんだ!」
騒ぎを聞きつけて先生たちが駆けつけた。口々に怒鳴りながら床に倒れた児童を抱え起こし、泡を吹いている三上君を見て救急車を呼んだ。スパイっ子たちは三上君に関心があつまっている間にさっさと立ちあがって姿をくらました。
「三上! しっかりしろ!」
橋口先生が三上君を抱き起こすと、三上君は目をうっすらと開け、なんか笑ったみたいだった。それっきりまた目を閉じ、がっくりと力なく伸びてしまった。三上君は再入院を余儀なくされた。
その当日、三上君の再入院と前後して世界中が一つのニュースで沸き返っていた。
『エッフェル塔がパリから消えた!』
日本でもネットやSNSで一報が流れ、TVや夕刊でも映像付きでそのニュースは報じられた。怪盗ルパンとからめて報じる現地報道もあってフランスはにぎやかに困惑していた。
翌日、登校するとぼくたちは真っ先に三上君の机の上を見た。もちろんそこにはミニチュアのエッフェル塔の姿はなかった。職員室に保管されているんだ。
「まさか、あれが。でも本物のはずはない。だいいち大きさがちがう」
朝礼のとき、橋口先生は教壇に両手をついて何かをじっと見すえていた。たぶん、消えたエッフェル塔のことを思い浮かべていたんじゃないのかな。
「先生、質問があります」
菊池君が手をあげた。菊池君も同じくエッフェル塔のことを考えていたに違いない。
「これって多次元宇宙の高次元空間が関係しているんじゃないんですか」
「え?」
先生ははっとして目をぱちくりさせながら体を起こし、黒板のほうを向いた。そのまましばらく考えこむようにしていたが、チョークを手にするや、あっと言う間に数字や記号で黒板を埋めつくしてしまった。
「菊池、きみの言うとおりだ。多次元が関与しているにちがいない」
橋口先生は黒板を差しながら説明をはじめた。知らない言葉ばかりで、ぼくらにはちんぷんかんぷんだったが、ひとり菊池君だけはふんふんとうなずきながら必死にノートしていた。朝礼の時間はとっくに過ぎ、一時限の国語、松浦先生が戸口でちらちらと顔をのぞかせているのもかまわず、橋口先生はしゃべりつづけ、菊池君はノートをとりつづけた。楊さんはカメラのシャッターを切り、いつの間にかセルゲイが松浦先生の横に来ていて、じっと黒板をにらみすえていた。
「隠れた次元、見えない次元に、エッフェル塔のスケールに関するすべての属性が取り込まれているはずだ。だから、手ごろな単位に切り詰められて、あんなミニチュアになったんだ」
「じゃ、あれはエッフェル塔そのものなんですね」
「ああ、まちがいない。きのうからずっと調べているんだが、どう見ても本物だ。幸いなことに、メンテ中で塔内に人はいなかったらしいが、中にいたらどうなっていたことやら」
小人化ならいいほうで、へたしたら潰れているか、塔の高い所から放り出された可能性だってあったんだってさ。
「もんだいはこの話をフランスに伝えるかどうかだ」
「それはやめたほうがいいんじゃないですか」
しびれを切らして松浦先生が教室に入ってきた。
「ふざけて茶化しているとしか思われないでしょう。知らん顔をしているほうが賢明です」
「でも、松浦先生。隠していたとバレると大問題になりますよ」
で、橋口先生はフランス大使館に伝えたんだけど、やっぱりハナから相手にされなかった。
「風刺と皮肉の国だからな。正直にひとの話を聞こうとしないんだ。『悪い冗談だ』と言って取りあおうとしない。あげく、フクシマを茶化した仕返しかってキレられそうになった」
橋口先生は頭を振り、しょうがないと言いながら、エッフェル塔を返さなくてもよくなったので、なんか喜んでいたみたいだ。




