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1 出現

 ぼくたちの小学校に、はじめてテレポートだかワープだかをしてきたのは、おすもうさんだった。

 運動会のその日、徒競走の第三コースには、三上君がスタートラインについていた。三上君は陸上部のエースで、地区大会でも負けたことがなかった。

「位置について。よーい」

 だれもが息をひそめ、校庭は静まりかえった。

 パンッ! とスターターの合図が鳴りひびき、秋の晴れわたった空の下、みんなの声がとどろく。三上君がきれいなスタートを切り、美しいフォームで走りはじめた。声援はさらに大きくなった。しかし次の瞬間、とんでもないことがおこった。みんなの目の前で三上君が前のめりに吹っ飛んだのだ。

「あっ!」

 ぼくたちも先生も、お母さんやお父さんたちも、いっせいに声をあげた。三上君のうしろに、まわしをつけたおすもうさんがいたんだ。おすもうさんの大きな手が、三上君のせなかをつきとばしたらしい。どうしておすもうさんが、こんなところに?

「どすこい! どすこい!」

 おすもうさんは、そう叫んで手をつきだしていた。でも、自分が三上君をつきとばしたことを知って、びっくりしたようだ。きょろきょろすると、いきなり前にすすみだした。

「どすこい! どすこい!」

 たおれたままの三上君は、おすもうさんのすり足にけられて、ぐう、とうなった。おすもうさんは、ものすごいスピードで、すり足のまま走りきって、一着でゴールインした。ほかの走者はみんな、異常に気づいて足を止めてたからね。

「わあ!」

 よくわかっていない一年生や二年生が、おもしろがって歓声をあげ、立ちあがって拍手をしている。アトラクションだと思ったんじゃないかな。先生たちは大さわぎで、お母さんやお父さんたちは、ぽかんとして成りゆきを見まもっていた。

「どすこい! どすこい!」

 おすもうさんは、ゴールしても走りつづけていた。みんながさっと道をあけた。おすもうさんは、ほどけた髪を乱れさせ、植えこみを踏みあらしてプールのかべに行きあたった。

「どすこい! どすこい!」

 おすもうさんは、コンクリート塀に向かって両手をつきだし、おすもうのけいこをはじめたようだった。テッポウかな。

 キンモクセイの香りがどこからか流れてきていた。ぼくたちは、その強い香りのなかで、おすもうさんのうしろすがたを見守った。土や砂で汚れた背中が陽を浴びて、汗で光っている。男の先生たちが、すこしずつ近づいて、そして、声をかけた。

「おすもうさん、おすもうさん。ちょっと」

 おすもうさんは手をやすめ、おずおずとふりむいた。なんだか幼なそうな顔をした若いおすもうさんで、先生の声かけにどこかほっとしたようすだった。自分でもなにがどうなって、どうしたらいいかわからなくて、心細かったんじゃないかな。べそをかいてたもん。

 その日を皮切りにぼくたちの学校にはいろいろな人たちが、いきなり現れるようになった。運動場はもちろん、教室にも職員室にも体育館にもプールにも、敷地内ならどこでも無差別に現れるのだ。もちろん、トイレにも。

「きゃああああ、ギャああア! 花子さんがああああア!」

 いや、実際は花子さんじゃなかったらしいんだけど、出くわしてしまった児童はとりあえずそう叫んで、駆け回った。

 ぼくたちの学校には有名な三本松がある。三本とも三階建ての校舎をはるかに見おろす高さで、校舎の目の前に寄りそうように立っている。街のシンボルで、市内の名所でもある。よりによってその松の一本の、てっぺん近くの枝にテレポートしてきたのは、おじいさんだった。

「え~ お笑いを一席。わ。わわわわわわァ!」

 着物を着てざぶとんにすわったおじいさんは、枝のつけ根にしがみついて叫んだ。花咲か爺さんなら平気だったんだろうけど、落語家のおじいさんだったからたいへんだったんだ。

 ちょうど三年生が体育で、吉沢さんは体操中にふと松を見あげて、あ、と息を飲んだ。ざぶとんが落ちるところで、その上のほうでおじいさんが叫んでいる。

「もうびっくりしちゃった。あんな所に、おジイさんが」

 発見者の吉沢さんはテレビカメラを向けられてすこし興奮ぎみだった。おじいさんが有名な落語家だったからマスコミがどっと押しよせたんだ。

「そりゃわたしゃ毎日、高座に上がってますよ。けど、あんな高いとこは、もうカンベン」

 ヘリのレスキュー隊に助けられて病院に収容されるとき、落語家のおじいさんはテレビでそう言ってた。がたがたふるえてほんとに怖かったんだと思う。

 茶道部の部屋に空手の選手がワープしてきたこともあった。部活中の女子がずらっと正座している真ん中に、その空手の人は、気迫のこもった雄叫びとともに現れた。

「キエエエエエイイッ!」

 空手の型の選手なんだってさ。集中していたため演技を最後までやりつづけ、深々と礼をしたあと、ふすまをあけて去ったとか。気迫に満たされた部屋はしんと静まりかえって、先生もぽかんとしてたって。

 長い廊下を矢のように走っていった陸上の選手や、二年生の教室に入ってきた買い物中のおばさん、給食室で演説を始めた政治家のおじさん、体育館の真ん中にセットされた跳び箱の上にぴょこんと乗った引きこもりのお兄さん、ふつうのサラリーマンやOLのおねえさん、お医者に、そうそう、ノーベル賞のえらい学者の先生が一年生の教室で講義をしたこともあった。さすが学者だけあって、すぐその場の体験を説明しようと試みたらしい。ワープとか平行宇宙、多次元世界、ワームホールとか、むつかしい言葉を連発したんだ。一年生は首をひねりながらも興味しんしんで、ときおり、ワーと歓声があがったんだとか。

 お坊さんがぼくたちの教室でお経を読んだと思えば、次の日には神主さんがさかきを振った。ただ、中庭をうろついていたおじいさんについては、ワープなのか、迷いこんできただけなのかよくわかっていない。

 もうその頃になると、ぼくたちの学校はすっかり有名になり、テレビや新聞、週刊誌などの記者が校門に張りつくようになった。

「ねえねえ、きみ。きょうはどんな人が出てきた?」

「テレビでよく見るおじさんだったよ」

「へーえ。なんて人? 名前知ってる人?」

「いま来るよ。さっき来たばかりだから。ほら来た」

「わやくちゃやん。なんでワープしたんやろ。番組わややんか」

「あ、イヤネさん! こんなとこに。本番中に消えてもうてからに」

 おすもうさんの事件から、警察の人たちが何人もやって来てはあれこれ調べていて、ぼくらもいろいろ聞かれた。

「ふっと出てきたの? なにもないところから?」

「そう。空中からぽんと出てきたんだ。ほんとに」

「ふーん。どこかに隠れてたとか、落ちてきたとかじゃないの?」

 おまわりさんは首をひねりながら疑わしそうに聞いている。そこへタイミングよく、目の前でワープが起こることもあった。

「パッと、わ! わわわ」

 ドレス姿のおねえさんがほんとにパッと現れた。

「ほらね。こんなふうに」

 おまわりさんは口をあんぐり、目をぱちぱちさせた。でも、ワープの現場を見てしまったからには納得するほかなかった。

「うーん。なるほど。こんなふうにね」

 ドレスのおねえさんはバツが悪そうに、こそこそと教室の隅のほうへ行ってしまった。パーティの途中だったのかな。

 その後は、同じ警察でも科学捜査の人たちとか、大学の宇宙とか物理とかナノなんとかってのを研究している人たちが、やって来た。

「ここ? この辺りかな。ふんふん。磁気反応は。気圧や空気組成は」

 お手伝いの人とかもたくさん来てて、機械とパソコンをつかって一日じゅう何かやってたけど、何も変わったとこはないってさ。

 ワープしてきた人にもあれこれと聞いてまわったらしいけど、めぼしい情報は聞けなかったらしい。本人たちにも何がなにやら、何が起こったのか、まったくわからないようだ。

「いえね。寄席へ行って、高座へ上がったとたん、木の上ですよ。すわって顔ォ上げながら、お笑いを一席って口上言って前ェ向いたら、あんた、ざぶとんと一緒に松の木のてっぺんだ。おどろいたのなんの。肝ォつぶしたね」

「親方に言われてテッポウやってて、ハッと思ったら小学生突き飛ばしてて」

「講義をしていたんだ。そしたら学生が、みーんな小学生になっちゃった」

「買い物に玄関出て、歩きはじめたら学校の中ですよ。もうほんとにハズいったらないわ」

「ぼぼぼくは、その。あ、カメラやめて。やめてください! やめて。やめろ! ぼぼくは部屋に居ただけなんだ。なんで跳び箱なんかに」

「イやァーん。いやァーーーー。わァ~。知らなァ~い」

 もちろんワープ元もしらべたらしいけど、なんにも怪しいことはなくて、みんな首をひねるばかりだった。

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