87.時間切れ
───あの戦いから5日が経過した。僅かに残っていたドラゴンの討伐を終えた俺たちはジェイクたちと共に王都の安全を確保する為に動いている。
王都の見回りをした際に確認出来た被害は俺たちが思っていた以上に大きかった。建物の倒壊は全体の6割に及ぶだろう。
美しかった景観は見る影もないほど壊されてしまってる。国のシンボルと言える王宮は無事ではあるが、国民の大多数が居住スペースを失った。
亡くなった国民が少なった事はせめてもの救いだろうか。衛兵の避難誘導が素早く的確だった事もあり、犠牲者の数を抑える事が出来た。それでも逃げ遅れた者はいた。王都を護る為に戦った騎士の多くが亡くなった。
その中には騎士団長として命をかけて国を護ろうとしたローウェン卿も含まれている。彼がいなければその被害はもっと拡大していただろう。
的確な指示と『聖騎士』として名を馳せたその実力でドレイクを抑えてくれた。彼がドレイクの相手をしていなければ俺たちが到着する前に世界樹は落ちていただろう。事が落ち着けば彼は英雄として葬られる事になる。騎士の誰もがそれを望んでいる。
5日経った現在、王都の脅威と言えるモノは払う事は出来た。その後の俺が出来る事は僅かしかなかった。
サーシャのような魔法が使える訳でもなければセシルのような高度な回復魔法が使える訳でもない。
戦う事しか出来ない俺は壊れた外壁から魔物が入って来ないよう警護するくらいしかやる事がなかった。
倒壊した邪魔な建物を切るくらいなら出来るだろうが、それをするとしてもある程度復興の目処が立ってからだろう。今はまだ被害の全容を把握する為に騎士たちが走り回っている最中だ。
ダルも少しでも力になりたいと騎士と共に王都を回っており、エクレアは回復魔法が使える為神官と共に負傷者の治療に当たっている。奇跡的に被害のなかった王都の教会が診療所となっているようだ。
何か俺に出来る事があれば良かったのだが、残念ながら剣を振るくらいしか役に立たない。早い話が、戦闘以外では俺だけやる事がなくて手持ち無沙汰になっている。
せっかくミカから神器を貰ったのだから、上手く活用出来る魔法が使えたら良かったんだが…。『メテオ』では復興どころか壊す事になってしまうな。建物の残骸の撤去で手が必要になったら手伝おうと思う。
「出来る事が少ないのは辛いな」
「マスターがこうして警護している事で、騎士の皆さんが安心して王都の為に動けています。もし魔物がきたらマスターが活躍すればいいですよ!」
俺が警護している近くに人がいなかった事もあり、愚痴を零せば慰めるようにデュランダルが話しかけてきた。そうであってほしいものだ。同時にこれ以上被害を出さない為に魔物の襲撃がないのが一番だと思ってる。
「それに今のマスターには無限と呼ぶに等しい魔力がありますからね!神様の神器とは凄いものです」
「魔力を気にせず戦えるのは大きいな」
「神器と私の蓄積の能力の相性がバッチリで怖いですね。その為に創られた神器のような感じです」
「確かにそんな気もするな」
ミカから貰った神器『マナの泉』のお陰で呼吸するだけで魔力が回復する。その利点を使って時間がある時に蓄積で魔力を貯めておいた。
万が一に備えて50回分の魔力を蓄積しているので、魔族が襲ってくるような事があっても対応は出来る筈だ。50回同じ作業を繰り返し、その度に疲労感と脱力感を体感した。何度やっても慣れない。虚無に等しい作業だった。これをダイエットに効くと喜んでいたタケシさんは異常者と呼んでいいだろう。
エクレア達にも神器について説明したし、手に入れた経緯も説明した。2人に関しては信仰心が別段強い訳でもなかった為か、カイルが強くなるなら良し!みたいな形で纏まった。
どちらかと言えば指輪を左手の薬指にはめている事を追求されたな。特にエクレアの目が据わっていたから怖かった。ノエルとの問題を抱えている状態でこれは不味かっただろうか?
とはいえこの件に関してはミカを責めて欲しい。左手の薬指にしかはめられない設計にしたのは悪意があると思う。彼女の場合は好意か。
デュランダルの方は魔族が迫害を受けた背景を知っていた為か神を信じていいのかと疑っていたな。
ミカに関しては言えば無心で信じる事は出来ないが、世界の為に動いている事は分かる。その点だけは信じていいと思っている。総じてミラベルよりマシという評価だ。
神という存在を信じていいのか分からないという思いが心底にはある。
まぁ魔族に関して言えば根本的な原因はミラベルだ。その事をデュランダルに話した時、彼女が『ミラベル』と殺気の籠った一言を漏らしたのを聞き逃さなかった。
デュランダルとミラベルと何かあった可能性が高いな。
ミカ繋がりであるが彼女からお願いされた『世界樹の巫女』についてだが、今の所情報は集まっていない。ジェイクに聞いた所、長年騎士としてこの国に仕えてきたがそんな役職は一度も聞いた事がないと返答を貰った。
ミカが話しかけてくる様子はないし、俺の方で探すなら神官に聞くのが手っ取り早い気がするな。神に関する重要な役職に就いているのは大体が教会の神官たちだ。とはいえ、王都にいる神官達は負傷者の治療等で忙しなく動いている。聞ける状況ではないな。
最初に考えたように世界樹の巫女についてはノエルに聞く事にした。彼女にはセシルの事を伝えないといけないので、そのついでに世界樹の巫女について聞くつもりだ。
何時も通り盗聴していたならこちらの状況を把握しているだろうが、『聖地エデン』もドラゴンの襲撃があった可能性がある。あちらでも交戦があったならセシルが亡くなった事を知らないかもしれない。念の為彼女に手紙を送る事にした。
普段は教会を経由して彼女に手紙を送るが今は先も言ったように難しいだろう。そこでジェイクに相談した。
ジェイクに無理を言ってしまったな。彼も王都の事で忙しなく動いていたが手紙の件を伝えると快く引き受けてくれた。俺たちの恩に報いるならこのくらい容易いと。
直ぐに聖地エデンに向けて俺の手紙を持った騎士が1人派遣された。手紙が届いてから返事が返ってくるまで日数はかかるだろう。
セシルの事を思い出すと悲しいという感情が込み上げてくる。女々しい話ではあるが、彼女の死が思っていた以上に響いているようだ。
夢の中にセシルが出てくるのを今か今かと待っているが、そんな上手い話はないようで今の所夢に彼女が出てくる様子はない。
───セシルを殺した男について分かった事がある。男の名前はダグ・カイライ。テルマの国で子爵の爵位を持つ貴族の1人だった。
国の緊急事態という事もあり騎士の1人として、ローウェン卿の指揮の元、世界樹の防衛に当たっていたようだ。
彼の犯行の動機だが今も黙秘を続けているようで、何故犯行に至ったか未だに分かっていない。一度だけ彼が漏らした言葉が印象的だったそうだ。
その一言が『例え死んでも俺の未来は約束されている』というもの。死を恐れていない様子だったらしい。必ず自白させるので待っていてくださいとルークに謝られた。
俺からすればその一言だけでも良かった気もする。セシルとダグの2人の間に関わりは一切なかったのは分かっている。ダグを知っている者に聞き込みをしたらしく、その事は判明している。
全くの初対面での犯行と俺たちがテルマに訪れたタイミング、そして彼の漏らした言葉。ルドガーを殺した大司教の女も同じような言葉を残して死んでいった。決定的な証拠は残念ながらないが、誰が今回の犯行の裏にいたのかは予想はつく。
ルドガーの時と同様にセシルが邪魔になったようだ。殺すのなら彼女ではなく俺であって欲しかったよ、ミラベル。
───初めて彼女に殺意が湧いた。自分の事だけならまだ許せた。無関係とは言わない。俺の加護を消そうと動いたセシルが目障りだと判断したのも分かる。それでもその凶刃を向けるのは俺であって欲しかった。セシルを巻き込んで欲しくなかった。俺の所為でセシルに死んで欲しくなかった。
また、ミラベルは俺の夢に出てくるだろうか?何食わぬ顔で俺の前に現れるだろうか? どちらでもいい。もし出てくるようなら一発殴らせて欲しい。欲を言うなら剣で斬らせて欲しい。首に向かって一振するだけだから。その一振をもってセシルに行った犯行を許そう。
だから俺に殺させてくれ。
「……………」
デュランダル以外誰も近くにいなくて良かったと思う。今の俺の顔を仲間が見たら心配しただろう。
「大丈夫ですか、マスター?」
「心配かけてすまない。大丈夫だよ」
「あまり無理はしてはいけませんよ。私も付いてます。何時でも相談してください」
「ありがとう」
深く息を吸ってから吐く。心を落ち着かせる為のルーティンだ。深呼吸するだけでも込み上げてきた激情が静まっていくのが分かる。
感情のままに行動してもその結果はきっとろくな事にはならない。怒っている時こそ冷静であれ。リゼットさんの教えを守り、もう一度深呼吸して心を落ち着かせる。
「おや、何か近づいてきますよマスター」
「あれは馬だな。こちらに向かって合図をしているから誰か乗っているな。敵ではないと思うが」
目視出来る限りで分かるのはこちらに向かってくる馬の姿と、魔道具を使ったのかチカチカと青い光が点滅している。うろ覚えの知識ではあるが、国からの使者である事を表すモノだった筈だ。恐らく敵ではないと思うが、警戒してデュランダルに手を添える。
数分としない内にその者は俺の前まで現れた。馬しか見えなかったのは搭乗している者の背丈が小さかったからだ。だがその小柄な体型に反して筋肉隆々の逞しい肉体をしている。立派な顎髭を蓄えたドワーフの戦士だ。
「おぉ!カイル様ですか!武術大会を見ていたので一目で分かりました!ちょうど良かったです。首長から伝令を受け、カイル様に伝える為に参りました」
馬から降りたドワーフが俺を確認すると笑顔でこちらに会釈をした。俺とは初対面のようだが、武術大会を見ていたらしく相手は俺の事を知っていたようだ。そして彼の用事はどうやら俺らしい。
何かあったのだろうか? 先程の笑顔が曇っている。どうやら首長からの要件は良い事ではないようだ。
「何かあったのか?」
「受け入れ難い話になると思いますが、心を強く持って聞いてください」
「分かった」
念を押してくる彼の言葉に嫌な予感がした。それでも聞かないといけない。彼の言う通り何を言われても大丈夫のように深呼吸して心を落ち着かせる。心の準備が出来たので彼に向かって頷くと、その口を開いた。
「カイル様のお仲間のトラさんがお亡くなりになりました」
───俺の知らない所で騒動は起きていて、俺の手の届かない所で何もかも奪い去っていく。
俺はまた、大切な仲間を失った。




