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勇者パーティーの仲間に魔王が混ざってるらしい。  作者: かませ犬
第二章 世界樹防衛戦

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86.魂の宿るモノ

 気の所為だろうか? セシルの声が聞こえた気がした。いや、そんな都合のいい事は起こらないか。当然だが彼女の声は聞こえない。先程の声は俺の心の弱さが生み出した幻聴の可能性が高い。

 セシルは死んだ。俺の腕の中で。だがその体は消えて無くなってしまった。あの不可解な現象が何か分からない。

 疑問も尽きないがそれ以上に喪失感が凄いな。何もする気が起きない。


「セシル様の魂がカイル殿のネックレスに宿ったのではないでしょうか?」

「どういう事だ?」


 ルークの声はこちらを気遣うように優しいものであった。何か知っているのか? 彼に視線を向けると頷いた後にこちらを安心させるように笑った。


「似たような事例がありました。亡くなった者が光に包まれて消えた。後に残った球体───その正体は亡くなった者の魂だそうです」

「魂…あれが」

「多くは神に導かれて天に召されるようですが、未練や強い思いがあった時にその魂は現世に残るとされています。愛する者の傍にいたい、その思いに神が応えてくれたんだと思います」


 握っていた手を開いてネックレスを見る。あの時感じた温もりは既になく無機質な物に戻っていた。このネックレスにセシルの魂が宿ったと言うのか?


「話しかけても答える事はないと思います。俺の時もそうだったので」


 その言葉に驚いてルークを見ると何処か寂しそうな表情で左手にはめた指輪を見ていた。やけに詳しいと思ったが、そういう事なのか?


「ルークの大切な者も亡くなったのか?」

「ええ、4年ほど前に妻が…。同じように死体が消えて魂だけが宙に浮いてました。カイル殿と同じように魂に触ると吸い込まれるように指輪に消えていきました」

「全く同じだな」

「はい。神官に聞いて分かった事ですが過去にも同じような事例はあったそうです。愛用していた物に魂が宿るという現象の多くは、愛した者を1人にしておけないその思いで現世に残った魂を神様が導いている事で起きるそうです」


 神…か。ミラベルではないだろうな。魂を導いているとしたらこの世界の神であるミカの可能性が高い。聞けるなら聞いておきたい所だが…。

 物に魂が宿ると聞いて俺が持つデュランダルがパッと思い浮かんだ。もしかしてデュランダルも武器に魂が宿った事で自我が目覚めたのだろうか?

 もしそうならデュランダルと同じように、ネックレスに宿ったセシルが喋る可能性はないだろうか? ルークの言葉通りならその可能性は低いか。


「魂が宿る事で会話出来ると聞いたのですが、それだけはやはり絵空事みたいで」

「そうか」

「はい。でもたまに夢の中に出てくるんですよ。俺が落ち込んでいる時や女性と親しくした日の夜なんかに」


 うん?


「それはもう怒るんですよね。私という者がいながら他の女に色目を使って!って。私だけを愛しなさいよって」

「…………」

「プリプリ怒る妻が可愛くてね。夢の中だけでも会えるというのは嬉しいものです。嫉妬深いのは困りものですが…」


 ルークの事をよく知るであろう騎士に視線を向ければ意味ありげに首を横に振っていた。未練や強い思いがある者が現世に残ると言っていた。ルークの奥さんもそれの例に漏れない程強い思いを抱えていたようだ。

 同僚である騎士の顔が引き攣る程に。それを嬉しそうに受け入れるルークが底知れない。

 だがいい話を1つ聞いた気がする。セシルが死んだという事実は変わらない。どれだけ否定しようと、心が受け入れられなくても彼女の死は覆す事は出来ない。


 亡くなったセシルにもう会えないと思っていた。ルークの言葉通りなら夢の中に彼女が出てきてくれる可能性がある。また彼女と話す事が出来るかも知れない。

 希望が見えたお陰か先程まで感じていた喪失感が和らいだ気がする。でもまだダメだな。心の整理が追いついていない。すぐ傍にいないセシルに寂しさを覚えてしまう。

 監視が目的であったが出会ってからは基本俺の傍にいたからな。よく他愛もない話をしていたものだ。親しい者が亡くなるという事はどれだけ歳を取っても慣れないな。


「すまない。少しだけセシルの死に浸らせて欲しい」

「はい」


 それでも前に進まないといけない。死を憂いて立ち止まる事を世界は許してくれないだろう。世界樹が呪いによって弱っている。救う為に動けるのは俺たちだ。

 それに勇者パーティーの1人として魔族の脅威から世界を救う為に、戦う事から逃げる訳にはいかない。

 それでも今だけはセシルの死の悲しみに浸らせて欲しい。悲しみに心が耐えきれずもし歩みが止まるようなら夢の中でもいい。俺の前に出てきて叱ってくれないか? 女々しい話だがそうすると俺はまた歩み出せると思うんだ。


 セシルの魂が宿ったネックレスを強く握る。無機質な冷たさを感じる。だが気の所為だろうか?掌の中のネックレスが微かに光った気がした。

 そこで俺を見ていてくれ。俺は悔いがないように生きよう。セシルに会った時に笑って話が出来るように。


 ───目を瞑り黙祷を捧げるように掌のネックレスを握る。どれくらい続けていただろうか?長くはないだろう。それでもセシルの死を思えば決して短いものでもなかった筈だ。

 目を開き軽く辺りを見渡すと同じように黙祷を捧げるエクレアとダルの姿が映る。騎士達は俺たちの代わりに警戒をしてくれているようだ。


「その男はどうするんだ?」


 騎士によって抑え込まれ自決しないようにか口に布が詰められている男に視線を向ける。ジタバタともがいている姿を見ると今すぐにでも殺してやりたい気分になる。

 セシルを殺した者が今も生きているという事実が許せないようだ。悲しみとは別に怒りが込み上げてくる。それでも感情のままに動くべきではないと理性がストップをかける。


「カイル殿のお気持ちも分かります。それでも騎士として言わせて貰います。この男の身柄は我々で預かります」

「そうか」

「この男の犯行に至った動機やその裏にいる人物を炙り出す為にご協力ください」


 騎士の模範的な回答だな。ルークが言っている事も理解出来ている。セシルの仇をこの手で討つ機会はこれが最初で最後だろう。騎士の手に渡れば国によって処罰される事になる。

 一時の感情ではなく理性が訴えかけている。分かっている。復讐した所で、仇としてその男を殺してもセシルは生き返らない事は。それでも殺意が湧くのは仕方ないだろう。

 ダルとエクレアを見ると何も言わず小さく頷く。俺の判断に全てを任せるようだ。


「分かった。ただ1つお願いがある」

「何でしょうか?」

「セシルを殺した理由が分かったら俺たちに教えて欲しい。その裏に誰がいたかも」

「はい。必ずお伝えします。先にカイル殿のお伝えしておきますが、この男はほぼ確実に死罪になります。国の重鎮であるセシル様を殺した事はどんな理由であれ減刑する事になりませんので」

「そうか」

「後の事は我々にお任せください。情報が分かりましたら直ぐにお伝えしますので」

「すまないが、よろしく頼む」


 ルークの指示で地面に押さえ付けられていた男が無理矢理立たされて数人の騎士と共に連行されて行く。こちらに向かって一礼した後ルークもその後に続く。

 騎士に無理矢理連れて行かれている最中も暴れている男を見て、ギュッと手を握りしめた。込み上げてくる殺意に蓋をするように大きく息を吸って吐いた。

 後はルーク達に任せよう。何故セシルを殺したのか、その理由を知りたい。一時の感情に任せて殺していればその理由すら知ることはなかっただろう。


「大丈夫か、カイル?」

「それはダルも一緒じゃないか?」

「うむ」


 俺の事を気遣ってくれているが仲間を失ったという意味では皆が一緒だ。特にダルはセシルと歳が近かった事もあり2人で話す事も多かった。勇者パーティーの中でも比較的に仲は良かっただろう。

 セシルとの付き合い自体は他の仲間に比べれば短いものであったが、それでも彼女が大切な仲間である事に変わりは無い。

 セシルがいなければ俺は加護について認識する事が出来なかっただろう。俺の為に動いてくれたセシルにどうにかして報いてやりたい。

 欲を言うなら夢の中、あるいはデュランダルのように喋って欲しい。またセシルの声が聞ける事を願っている。



「お取り込み中失礼します。少しよろしいでしょうか?」


 俺に話しかけてきたのは当然だがセシルではない。低くずっしりとした男らしい声の持ち主だった。セシルがこんな声に変わっていたら受け入れられただろうか?

 あの可愛らしい見た目でバリトンボイスか。直ぐには無理だな。そんなどうでもいい思考は置いておくとしよう。

 俺に話しかけてきたのは騎士の一人。装備の質がルーク達と明らかに違う。彼が着ている鎧はミスリル製か?胸に刻まれた薔薇の刻印から彼の正体が一目で分かった。

 テルマの国の最高戦力『薔薇の騎士』。


「申し遅れました。私は薔薇の騎士の副団長をしております、ジェイク・スパナーと申します」


 こちらに向かって見惚れるような一礼をする。貴族階級の出身だろう。言葉遣いと一つ一つの動作が非常に丁寧だ。

 薔薇の騎士の団長はローウェン卿が兼任している。つまり彼が騎士のNo.2という事になる。

 彼の傍には薔薇の刻印が刻まれた鎧を纏う騎士が控えている。見覚えがある。彼は確かセシルが最後に治療していた者か?

 連行されて行った男を瞬時に取り押さえていた。彼のお陰セシルが2度もその剣を受ける事はなかった。可能なら後でお礼を言いたい。


「ご丁寧にありがとうございます。ご存知だと思いますが勇者パーティーのカイル・グラフェムです。こちらは今代の勇者であるエクレア・フェルグラント」

「…………」コクリ。

「我はダルなのじゃ!」


 ダルの名乗りに頭を抱えたくなる。彼女の態度は誰が相手でも変わらないな。その所為で胃が痛くなった事は1度や2度ではすまない。

 相手が気にした様子ではないので構わないか。王族として公に立つ場合は相応の立ち振る舞いしている事を祈る。


「まずはお礼を言わせてください。勇者パーティーの皆様がいらっしゃらなければ、我が国が滅びていたでしょう。ご助力ありがとうございました」

「いえ、勇者パーティーとして当然の事をしただけなので」


 深く頭を下げられた。お礼として受け取るには少しばかり複雑な心境だ。ドレイクによって齎された被害が大き過ぎる上に世界樹を守る事は出来なかった。犠牲者の数も少なくはないだろう。


「既にご存知だと思いますが団長であるローウェン卿が亡くなりました」

「間に合わなくてすみません」

「いえ、私達の力が足りてなかった為です。それに私達ではドレイクを止める事は出来ませんでした。皆様には助けられてばかりです」


 悲しそうな表情だ。ローウェン卿は騎士に慕われていた。副団長である彼も同様だろう。いや、ローウェン卿に近しい分彼の死に対する悲しみは誰よりも深いだろう。


「団長に代わり私から伏してお願い申し上げます。もう暫く私達にその御力をお貸しいただけないでしょうか? 本来ならば私達だけで行うべきでしょうが、私達だけでは人手が足りず…」


 申し訳なさそうにしているジェイクにそれ以上は言わなくていいと手で制す。薔薇の騎士の副団長である彼にそこまで言われて手を貸さないという選択肢はない。いや、言われなくても手を貸していたな。ダルとエクレアを見れば頷いている。 


「俺たちの力で良ければお貸しします」

「ありがとうございます。この付近の敵は既に皆様の御力のお陰で一掃されておりますが、万が一の可能性があります。王都の安全を確保する為に共に見回りをして頂きたいと思っております」

「分かりました。俺たちに任せてください」


 念の為ダルとエクレアを確認すると異論は無さそうだ。感謝の言葉を述べるジェイクと共に、王都の安全の確保と残党処理の為に動き出す。


 この日の事を俺は生涯忘れないだろう。世界樹を守りきる事が出来なかった事。ドレイクとバージェスJrによって生み出された被害の跡、数え切れない程の犠牲者の数。そして、セシルの死。

 この苦い敗北の味を忘れる事は出来ない

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