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勇者パーティーの仲間に魔王が混ざってるらしい。  作者: かませ犬
第二章 世界樹防衛戦

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85.見えない悪意

 神官の正装である白い修道服が赤い血に染まる。セシルの胸から剣が生えているように見える。これは夢か?違う!現実だ!


「セシル!!」


 騎士の男がセシルの体から剣を抜く。狂ったような笑みだ。再び剣を構えてセシルに振りおろそうとしている男を別の騎士が取り押さえた。先程セシルが魔法で治療していた騎士だろうか。

 そんな事すらどうでもいいと切り捨ててしまいたい。膝から崩れ落ち地面に倒れそうになっているセシルの体を駆け寄って支える。


「エクレア、回復を頼む」


 俺の言葉に一緒に駆け寄ってきたエクレアがコクリと頷き魔法を発動する。白い魔法陣がセシルの足元に浮かぶのを視界の端に捉えながら、腕の中にいる彼女の容態を確認する。

 まだ息はある。傷は決して浅くはないが心臓には当たっていない。これならエクレアの使う回復魔法で間に合う筈だ。


「セシル」

「…義…兄……さん」


 声を掛けると弱弱しい声ではあったが反応が合った。何時もと違うセシルの声に励ますように声をかけた。魔法が発動するまでの時間が長く感じる。

 仲間の危機に焦躁感が高まる。

 セシルの足元の魔法陣が光を放ち、彼女を淡い光が包み込む。暖かい光だ。セシルの傷口を見ればゆっくりとだが傷が塞がっていくのが分かる。


「セシル?」


 魔法によって傷は塞がった。だがセシルの顔色は依然として悪い。気の所為でなければ先程よりも悪くなっている気がする。血を流しすぎたか?

 セシルの使う『ヒール』は失った血すら回復する事が出来るが、エクレアが使った魔法は傷を癒す事は出来るが失った血を戻す事は出来ない。急いで教会に連れて行った方がいいか?

  いや、今は王都全体が大騒ぎになっている。怪我人や死者が続出している現状では、神官の手が足りないくらいだろう。

 魔法に頼り過ぎている弊害か、この世界の医療はそれほど進んでいない。前世で馴染みのある輸血でさえこの世界では行えない。


「……ゴフッ……」


 腕の中で力無く横たわるセシルの口からどす黒い血が吐き出された。刺された傷は既に塞がっている。臓器も同様に回復魔法で癒えた筈だ。それなのに何故セシルが弱っていく?

 記憶の中のリゼットさんとセシルの姿が被る。あの時は俺の腕の中で弱っていくリゼットさんを見ている事しか出来なかった。同じ思いは御免だ。


 原因を探る為に刺された傷口を探るが、魔法によって綺麗に塞がっており可笑しな所はない。吐血したという事は他に何か原因がある筈だ。


「ハハハハ!無駄だ!剣に毒を塗っておいた!魔法で傷を治してももう助からない!」


 騎士によって取り押さえられた男が狂ったように笑いながら何処か自慢げに語る。憎たらしい程に喜んでいる。今すぐに切り捨ててしまいたいくらいだ。

 だが今はそれ所じゃない。エクレアの顔を見ればフルフルと首を横に振った。そうだよな。彼女が使えない事を知っていた。

 毒や麻痺といった状態異常を回復する魔法『キュア』は『ヒール』と同様に聖属性の魔法の中でも上位に位置する魔法だ。当然だが使える者は限られる。魔法の適正もいるし、消費魔力も多い。


 うちのパーティーのノエルとセシルは使う事は出来るが、世界全体で見ても使える者は少ない。ヒールとキュアの両方を使えるとなればそれこそ数えられる程しかいない。

 縋るような気持ちで視線を向けるが騎士たちも首を振っている。残念ながらこの場にキュアを使える者はいないようだ。唯一使えるセシルは毒によって弱っており魔法を使える状態ではない。


「カイル、毒消しの薬草なら持っておるぞ!」


 ダルが鞄から取り出した薬草を持って近寄ってくる。ダルが持っている薬草は確かに毒に対して有効ではあるが、ゲームのように全ての毒に効力を発揮する訳ではない。

 毒竜で知られるヒュドラと呼ばれる魔物の毒はあの薬草では解毒出来なかった。特殊な配合をした解毒剤なら可能だが、ダルが持っているのは加工をしていない薬草だ。

 それでも僅かな希望にかけて使うべきだろう。剣に塗られた毒が大した物でないならどうにかなる筈だ。ダルにお礼を言ってから薬草を受け取る。一口サイズにちぎってセシルの口元に持っていく。


「無駄だ無駄!ヒュドラの毒に加えてエルフの秘蔵の毒を使っている!そんな雑草では解毒する事など出来ない!

その女はもう間もなく死ぬぞ!無様な姿晒して朽ち果てるだろう!」

「その男を黙らせろ!」


 騒ぎに駆けつけたルークの指示で男の顔を地面に押し付ける騎士の姿が視界に映る。手に持っていた薬草が地面に落ちた事すら気にする余裕がなかった。不愉快な声すらも今は耳に入らない。

 腕の中で弱っていくセシルを見ている事しか出来ない。どうすればいい。どうすれば彼女を救える? 魔法を使える者を探すにしても時間が足りない。この場を離れてキュアを使える神官を見つけ出すのにどれだけ時間がかかる? 簡単には見つからないだろう。

 セシルの体を蝕む毒を解毒する為の薬も手元にはない。毒消しの薬草ではヒュドラの毒とエルフの毒を解毒する事は出来ない。


 ───助ける術がない。


 吐き気がするような現実に耐えながら、セシルに声をかける。反応が薄い。俺の声は彼女に聞こえているだろうか?


「義兄…さん…」

「あぁ!俺ならここにいる!どうしたセシル!?」

「…お別れ……する前に…一言……言いたくて」


 無理やり絞り出したようなか細い声。耳を澄まさなければ聞き取る事は出来なかっただろう。小さな口からどす黒い血が零れた。


「お別れなんて寂しい事を言わないでくれ」

「……お別れ…です…」

「セシル…」


 俺よりもずっと自分の体の事を分かっているのだろう。セシルの言葉に何も言えなくなってしまう。

 分かっているさ。もうセシルが助からない事は。わかっていてもそれを受け入れられるかどうかは別だ。彼女に死が近付いている現実を受け入れたくない。

 だが、我儘を言った所で現実は変わらない。彼女の最後の言葉を遮る事はしてはいけない。


「…死んでも…義兄…さん……の傍…に…いても…いいいですか…か?」

「構わない。俺の傍にいてくれ。出来るなら死なないでくれ。生きて俺の傍にいてくれ」

「…無茶…いいます…ね…」


 痛みに耐えながら笑うセシルに涙が零れた。泣いたのはいつ以来だ? もう随分と昔の気がする。

 セシルの体を壊れ物を扱うかのように抱き締めれば、えへへと何時ものようにセシルが笑った。


「…神様……お願い……」


 口は小さく開いているがその声は聞き取れない。セシル!と声をかけると力無く彼女が笑った。その後直ぐに腕の中にいるセシルから力が抜けるのが分かった。


「セシル!」


 反応がない。抱きしめた彼女から先程まで感じた命の鼓動の音が消えていた。


「…………」


 零れた涙がセシルの頬に落ちたが彼女が反応する事はなかった。


「…………」


 ───何も出来なかった。

 リゼットさんの時と同じだ。あの時から何一つ変わっていない。強くなった筈だ。何年も鍛錬して旅をして、困難を乗り越えてきた。

 助けられるモノも増えた。助けを求める声に応えられるようになった。それなのに何で1番近くの仲間を助ける事が出来ない。


「カイル」


 ダルの声に返事をする気力も起きない。


「カイル、セシルの体が変なのじゃ」


 変?抱きしめていた所為か気づくのが遅れたが、 ダルの言葉の通りにセシルの体に異変が起きていた。彼女の体が光っている。

 嫌な感じはしない。どこか暖かい光だ。ほんのりと温もりを感じる優しい光。


「何が起きている?」


 害がある訳ではなさそうだが、あまりに不可解な現象に戸惑いを隠せない。セシルの死に浸る暇すら与えてくれないようだ。

 光が徐々に強くなっている。同時に1つの変化に気付いた。腕の中にいるセシルが軽くなっている。よく見れば光が強くなると共にセシルの体が少しづつ消えている?


「まて、待ってくれ」


 制止の声は届かない。

 セシルの体が見えなくなっていく。腕の中にあった筈の重さも既に感じない。数秒としないうちにセシルの体が消えた。

 後に残されたのは宙に浮かぶ掌サイズ金色の球体。優しい光を纏う球体を見て何故かは分からないがそこにセシルがいるような気がして、無意識に球体に手を伸ばしていた。


「これは…」


 触れた瞬間、球体はまるで吸い込まれるように俺の胸元に引き寄せられると首にかけたネックレスに当たり音もなく消えていった。

 このネックレスはセシルにプレゼントして貰った物だ。紫色の何処で見た事がある花をモチーフにしていた。あぁ思い出した。

 ムスカリだ。この世界でもこの花は咲いているのだろうか?前世で母親が育てていたから見た事があったのか。

 何で今頃思い出したのだろうか。それもよく分からない。ネックレスをその手に握るとほんのりと暖かい。

 そこにいるのかセシル?









『ずっと傍にいますよ義兄さん』

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