83.世界樹防衛戦IV
まぁ素直に死んでやるつもりはないので回避行動を取る。デュランダルで弾き飛ばそうかとも思ったが威力が俺の想定より上の場合悲惨な結果になるのが見えている。
地面を強く蹴ってその場から距離を取る。その直後に槍が地面に突き刺さった。この後だな。槍を躱す事はそれほど難しくない。
問題なのは広範囲に広がるあの魔法だ。魔力で肉体を強化する。
「………ぐっ!」
バチッと聞き慣れた音がした。何度も見た光景だが、対処のしようがないのが腹立たしい。槍を中心に広がった紫電が俺の体を襲う。魔法が広がるのが早すぎて回避が間に合わない。それに魔力で強化していても、関係ないと言わんばかりの痛みが身体中を駆け巡る。
歯を食いしばって痛みに耐える事は出来たが、筋肉が麻痺しているのか力が入らず膝から崩れた。足に力が入らない。
この隙を見逃す筈はないよなと頭上に視線を向ければ、すぐ傍まで距離を詰めているドレイクの姿が見える。だから移動スピードが早すぎるだろう。文句を言ってやりたい所だがその暇すら与えてはくれない。
俺目掛けて迫ってくる人のような足。赤い鱗に覆われ、鋭い爪を携えたその足から放つ蹴りはそれだけで驚異だろう。
辛うじて動く腕で蹴りを受け止めるが、鋭い爪が腕を貫く感触がある。遅れてやってきた痛みに顔が引き攣る。ダメだ、足の踏ん張りが効かない。
「どうした!その程度か!」
蹴りの勢いで体が宙を舞う。吹き飛ぶ寸前にドレイクの手元に黒い槍が戻って行くのが見えた。槍を掴んでそのまま追撃にきそうだな。
大きく息を吸った後身体中に巡らせるように魔力を流す。まだ体が麻痺している感覚はあるが、先程よりは遥かにマシだ。
空中で体勢を立て直して地面に着地する。
口角を吊り上げて笑うドレイクと彼が操る黒い槍が一直線に迫ってくるのが見える。デュランダルに魔力を込め、まだ少し麻痺している体を無理やり動かして迎え撃つ。
槍と剣が交差して金属音を奏でた。剣と槍がぶつかり合う度に込めた魔力が飛散しているのか、バチッと青い火花が散っている。迫ってくる槍を何とか弾いているが、明らかに押されている。
洗練された動きで放たれた槍がこちらに伸びてくる。デュランダルに込める魔力を増やして槍を弾く。
「まだ動けるだろう!その剣の所有者を名乗るならその実力を俺に示してみろ!」
「言われなくても見せてやるさ!」
槍と剣が交差する。金属音を耳にしながら力任せに槍を弾き飛ばす。徐々にだが筋肉が元に戻っていく感覚がある。爪によって貫かれた箇所から痛みが走るが、今は気にしている暇はない。
「『空牙一閃』」
剣と槍では武器の間合いが違い過ぎる。防戦一方なのはカウンターを入れようにと剣の間合いにドレイクがいないからだ。だが、その距離を埋める技がちゃんとある。
魔力を喰らったデュランダルの刀身が伸び、ドレイクに迫る。笑みを浮かべながら槍で受け止めようとしていたが、剣に込められた魔力量を察したのか転がるような動作で剣から逃げた。
一日分の魔力を込めた。槍ごと切り裂いてやるつもりだったが流石に戦い慣れている。
「………………!」
「次はお前か、今代の勇者」
俺から転がって距離を取ったドレイクにエクレアの聖剣が迫る。槍で受け止めるような事はせず、剣の間合いをしっかりと把握して避けている。そのドレイクの背後から短剣を構えたダルが音もなく迫るが、まるで見えていたと言わんばかりにダルを蹴り飛ばす。
大丈夫だ、武器で防御していた。大したダメージではないだろう。
「義兄さん、大丈夫ですか? 今回復しますからね」
俺の傍に駆け寄ってきたセシルが魔法を詠唱している。白い魔法陣が俺の足元に現れ、淡い光が魔法陣が溢れ出ている。
「愛しき聖者の癒しをもってその傷を癒せ!『ヒール』」
淡く優しい白い光が俺の体を包む。ドレイクの爪に貫かれた腕の傷が塞がり、体に残る倦怠感が嘘のように消えた。体の調子が元に戻ったのが分かる。
ノエルといいセシルといい、本当に強力な回復魔法を使うな。当たり前のように使っているが、聖属性の中でも上位に位置する魔法の筈だ。使用する魔力も少なくない筈だが、元々の魔力が俺なんかとは比べ物にならない位に多いのだろう。
エクレアが振るう聖剣とドレイクの黒い槍が交差して火花が散る。押されているのはドレイクの方か。あの華奢な腕にどれだけの力が籠っているんだ? 剣を振るスピードも尋常ではないな。武術大会の彼女は本気ではなかっただろう。
エクレアの剣に押されながらも捌き切っているのだからドレイクの実力が良く分かる。背後からダルが放った魔法が直撃したがまるで効いていない。
ファイアーボールでは傷を付ける事も出来ないようだ。炎に対して耐性があるのかも知れない。
「ありがとうセシル。援護を任せてもいいか?」
「義兄さん達は僕が護りますよ!」
「本当に心強いよ。任せたぞ」
「はい!」
身体中に魔力を巡らせ、エクレアと武器を交えるドレイクに斬り掛かる。エクレアの聖剣によって槍が弾かれた後だったので容易く剣が通るかと思ったが、タケシさんに切られて短くなった尻尾がデュランダルを受け止めた。
魔力はしっかり込めたつもりだがまだ足りないのか。最低でも一日分は魔力を込めないと肉体を切り裂く事は難しいか。
エクレアの聖剣と俺が振るうデュランダルが黒い槍とぶつかり合う度に青い火花と共に金属音が響く。エクレアの猛攻を捌きつつ、俺の攻撃もしっかり対処してきている。
それでも無傷という訳ではない。エクレアと俺の剣は確かにドレイクに届いている。彼が身に纏っている鎧には剣で付けられた傷跡がしっかりと残っているし、エクレアによって切られた腕からは赤い血が流れている。
このまま抑え込めればどうにかなるだろうだろうが、それを許してくれる程ドレイクは甘い敵ではない。
「『ライトニングボルト』」
エクレアの聖剣を力任せに弾いたドレイクが黒い槍を地面に突き刺す。何度も見た光景だ。その技、投擲しなくても使えるのかよと内心で文句を言いながらデュランダルに魔力を喰わせる。今回はしっかりと蓄積で貯めた一日分の魔力を引き出して。
バチッという音を耳が認識した時には体に紫電が直撃していた。身体の内側を巡る激痛に歯を食いしばって耐える。麻痺で動かなくなるのも分かっている。大きく息を吸って体中に巡らせるように魔力を流す。
痙攣している体を無理やり動かしている感じだ。それでも同じ轍は踏まない。
「『飛燕!』」
「なに!」
麻痺する体を無理やり動かしてドレイク目掛けて飛燕を放つ。至近距離かつ2日分の魔力を喰わせた魔力の斬撃はこれまで以上に大きい。
驚いた表情で避けようとしたが間に合わなかったようで飛燕が直撃したのが見えた。やったかとは言わない。それは明らかにフラグだ。
「ちぃ!」
身体中から血を流しながらもドレイクはまだ動けるようだった。鎧は所々欠けているし、流した血からしっかりとダメージが入った事が分かる。
そんな彼に向かってエクレアが斬り掛かる。舌打ちをしたドレイクが逃げるように空へと飛んだ。ピンピンしているエクレアを見るとあの雷を受けていないように見える。躱したというならそれはもうエクレアを褒めるしかない。
俺にはあの攻撃を躱す事は出来ない。雷はいくらなんでも早すぎる。
「『フレイムバインド』」
「『ホーリーバインド』」
ドレイクが逃げる事を予想していたダルとセシルの魔法がドレイクを襲う。素早い動きで迫ってくる魔法の鎖を躱していくが、セシルが放った聖なる光を纏う白銀の鎖がドレイクの足に巻きついた。
動きが一瞬止まり、その隙を見逃さなかった炎の鎖がドレイクの体に巻き付き拘束する。ドレイクを囲むように新たに白い魔法陣が四つ現れ、セシルの使った魔法と同様の聖なる光を纏った鎖が魔法陣から放たれドレイクを縛り付ける。
こちらに駆け寄ってくるルーク達の姿に彼らが使った魔法だと分かった。顔が怒りに染まっている。
地面に横に寝かされたローウェン卿の傍に1人の騎士が付き添い、残り4人がこちらに来てくれたようだ。彼らの表情からローウェン卿が既に手遅れな事を知る。
敵討ちに燃える彼らが放った魔法はしっかりとドレイクを捉えてくれた。
「くそ!」
幾重にも体に鎖が巻き付き空中で身動きが取れない状態のドレイクの姿はまるで蜘蛛の巣にかかった虫のように見えた。苛立つドレイクが鎖を破壊しようと力を込めている。
漸く出来た絶好の機会を見逃さないようにエクレアが聖剣を解放した。
直撃すればドレイクとてタダでは済まないだろう。拘束を解こうともがいているドレイク目掛けてエクレアが聖剣を振りかぶる。
ニヤリと笑ったドレイクの表情と、彼の背後に映る世界樹を見てそれが誘いである事を悟った。
「待て!エクレア!」
既に放つ直前まで言っていた彼女をその声で止める事は出来ず、聖剣から神々しいビームがドレイク目掛けて放たれた。同時にドレイクが動く。
それまでジタバタともがいていた姿が嘘のように彼の身体を拘束していた鎖が砕かれる。力任せじゃない。そんな簡単に壊れるような魔法ではない。あれほど幾重にも巻き付いていれば力によって破壊するのは不可能だ。
どのような手段を使ったか分からないが拘束から解かれたドレイクが急加速して、迫りくるビームを避けた。
「…………!」
ドレイクがいた空間を通り過ぎたビームがそのまま進行方向に進む。既に放たれた攻撃を止める事は出来ず世界樹を守る強固な結界とエクレアが放った破壊の一撃が衝突する。
軍配が上がったのはエクレアが放った聖剣の一撃。
───バリンッというガラスが割れるような音と共に世界樹を護る結界が破壊された。




