79.神のお願い
『私が創り上げた世界なのに横から色々と、もうぅ!!私より上位の存在のせいで抵抗出来ないし、こちらから介入は出来ないしで一方的だから本当に腹ただしい!』
───ミラベルに対する不満やら怨みが相当に溜まっているようだ。俺に対して言っている訳ではないが、聞いてるだけで血の気が引くような怒りをぶちまけている。
ミカが魔族に対して敵意を向ける理由はミラベルが彼らを創ったからだろう。根本的にあるのは彼女が創った世界に横から干渉してくるミラベルに対する敵意と私怨だな。
魔族に関して1つ確認しておきたい事があるが、今の彼女に聞けるか?
「ミカ、すまない。魔族の事で聞きたい事があるんだ」
『…あ!ごめんねカイル君。カスベルの事を考えてたらついカッとなって! いいよいいよ、何でも答えてあげる。何が聞きたいー?』
「魔族に魔法を教えなかったのは、ミラベルが彼らを創ったからか?」
『答えはいいえかな? 本来なら下界の者に魔法を教える気すらなかったよ。カイル君も分かってると思うけど、魔法は過ぎたる力だ
手に余ると言っていいよ』
前世にはなかった魔法という存在。便利な反面、その危険度をしっかりと理解しておく必要がある。魔力と知識さえあれば、モノがなくても人を殺せる力だ。武器すら必要がない。
使うだけで山1つ消し飛ばす魔法だってある。魔法を使って戦争なんて起こしたら被害はとんでもない事になるだろう。彼女が言うように俺たちには過ぎた力だ。
『けど、ミラベルが生み出した魔族や魔物はちょっとばかり危険な種族でね。彼らにやられないように対抗手段として魔法を教えたの。
魔族に教えない理由は言わなくても分かるよね?』
魔族や魔物に対する対抗手段として魔法を教えた。魔族に同じように教えたら対抗手段としての意味がなくなる。ミカが警戒したのは現実に起きたようにミラベルが魔族に魔法を教える事だろう。
7つの属性の中で『闇』属性だけが頭一つ抜けた性能をしている。殺傷能力や利便性、様々な面で他の追随を許さない。詠唱しなくても十分な効力を発揮するのが闇属性の魔法だ。
ミカがやった事はミラベルに対する反発心もあるだろうが、魔族という種族の危険性を考えての事か。その結果、人間やエルフが魔族を奴隷として扱ったのは良くなかったな、
それこそ竜人のように根絶やしにするべきだった。へんに遺恨を残すから今のようになってしまっている。
「魔法を教えなかった理由は分かった。なら魔族や魔物をミカが消したら良かったんじゃないか?仮にも神だ。創造出来るなら消すことも出来ないか?」
『正直に言ってもいいけど、1つ約束して。私の事バカにしないって』
「ミカのことをバカにするつもりはないさ」
『ありがとう。私が魔族を消さない理由ね。言っちゃうと資格がないから消せないの』
資格?
『神になるにあたって必要な『創造』の資格は取ったんだけど、創ったモノを壊したり消したりする『破壊』の資格が取れなかったの。資格を持っていないと下界のモノを壊したり消したり出来ないんだ。権限がないから』
「まて、かなり重要な資格じゃないのか?どうして取らなかったんだ?」
『資格試験が難しくて取れなくて…えへへ。一応!『創造』の資格があると世界創っても大丈夫だから!どうしても消したいモノがあったら『破壊』の資格を持っている神に手伝って貰えばいいかなって思いで世界を創りました』
頭が痛い内容だ。資格ってなんだ? ミラベルと話していると随分と人間くさい社会をしているんだなとは思っていたが、そんな所まで似ないでいいじゃないか。夢がないな夢が。
つまりミカが魔族や魔物に干渉出来ないのは『破壊』の資格がないからな。なら彼女が言っていたように資格を持っている人に手伝って貰えば良かったんじゃないか?
「なら魔族や魔物がミラベルによって生み出された段階で『破壊』の資格を取った神に手伝って貰えば良かったんじゃないか?」
『そうしようとしたんだけどね。あのカスベルの奴、私ごとこの世界を隔離したの。手伝って貰おうにも元の世界には帰れないし、連絡すら取れない。この世界に取り残されちゃった訳。
上位の存在だからってやりたい放題すぎない?
そんな奴が神とか名乗っていい訳?ほんとふざけてるわよ』
───またミラベルか。いや、ほんとミラベルはろくな事をしないな。
ミカが言うようにこの世界を玩具のように掻き回しているように見える。そんな事をされたらミラベルに対して敵意を持つわな。世界ごと隔離されて帰れなくなったのも大きいと思う。
俺が今、進行形で苦労している原因を創ったのはミラベル。転生者である魔王に知識を与えて大きな騒動を起こしたのもミラベル。時代の変わり目と言える大きな出来事に関わっている転生者を送り込んだのもミラベル。転生者に加護を与えて人生を歪めているのもミラベル。
───なんだこいつ。神というより邪神じゃないか。
一先ず、ミカがミラベルや魔族に対して敵意を持つ理由が分かった。俺を英雄と呼ぶ理由も。俺が紡いだ『縁』とやらはイマイチ分からないが、それがミラベルに対抗出来る手段らしい。
俺自身の力ではないな。俺に協力してくれる人を指すのだと思う。勇者パーティーの仲間や、武術大会で戦った先生なんかもそうだろうか? 共に協力してミラベルと戦うとかそんな感じだろうか?
一旦この話は置いといていいだろう。本題に入ろう。ブツブツ言っているミカに一声かけてから、質問する。
「今回俺に話しかけてきたのはなんでだ? 何か用があって俺に話しかけたのか?それとも何かしようとした時に俺だけが効かなかったから気になっただけ?」
「カイル君に用があったから時を止めて話しかけたの!カイル君には『時止め』が効かないのは分かっていたから。重要な話なのと一刻を争うから、こんな強硬手段になったんだ」
「俺に用事とは?」
『カイル君に世界樹を守ってほしいんだ!』
世界樹を守る? どういう事だ。ドレイクの目的はエルフの国を攻め落とす事だと言っていた。そのついでに世界樹や破壊しようとしているのか?
「どういう事だ?」
『既にカイル君も分かってると思うけど、あの竜人がドラゴンを引き連れてエルフの国を襲っている』
「それは分かっている」
『狙いはエルフの国じゃないの。あの竜人の狙いは世界樹!何が目的かは知らないけど世界樹に張った結界を破壊しようとしているから、世界樹に対してよからぬ事をしようとしているのは分かるよ!』
結界をわざわざ破壊しようとしているなら、世界樹を狙っての事だろう。世界樹が破壊されたらどうなる? まず予想出来るのは大気中の酸素や魔法の源であるマナが生み出されなくなる。酸素自体は他にも木々あるから大丈夫か? いや、世界樹の働きが大きい事は周知の事実だ。世界樹に何かあったら世界中に影響が出る。
形勢が不利だから世界全土を巻き込んで心中でもする気か? ドレイクの余裕綽々といった態度からそれはないだろう。何か別の目的があると見ていい。
「世界樹がもし破壊されるような事になるとどうなる」
『極端な事を言うと下界が死の大地になるかな?空気やマナを生み出しているのもそうだけど、瘴気と呼ばれるモノを浄化出来るのは世界樹だけなんだ』
「瘴気?」
『言ってしまえば毒だよ。世界を蝕む毒。魔物の死体や、生物が発する負の感情から生み出される目に見えない毒でね。瘴気に犯された水は毒に変わるし、瘴気に犯されればただの生物も魔物に成り果てる。瘴気が身体中に回れば人間やエルフだって魔物になってしまう』
なんだそれは。聞いた事もないぞ。色んな書物を読んできたが瘴気なんて言葉は一度も見た事も聞いた事もない。
世界樹がその瘴気とやら浄化しているから今までそういった被害が出ていなかった。そのため誰も瘴気の存在を知らないという事か。
「ドレイクはその事を知って世界樹に何かしようとしているのか?」
『知らない筈だよ。けど世界樹が倒れたら生物が生きていけない事は周知していると思う。にも関わらず世界樹に手を出そうとしているのは別の目的があるね』
「別の目的?」
『多分、私を天界から引きずり出そうとしているんだと思う。世界樹に何かあったら世界が滅びちゃうから。それを阻止する為に私が動くって竜人は考えているんじゃないかな?』
世界樹を破壊するという行為はハッキリ言って自殺行為とも言える。世界全体を巻き込んだ自決だ。魔王や四天王の目的は世界を壊すことではなかった筈だ。
前に戦った魔族が漏らしていたな。彼らの願いは種族の繁栄と、立場の確立。人間とエルフを滅ぼして魔族という種族の基盤を作り出すと。抑圧する立場にいた人間とエルフだけは許せないらしい。
魔族の世界を作るのが目的と言っていたものもいたな。どれであっても世界が滅びる事を望んではいない筈だ。
「ミカが下界に降りたらどうなる?」
『降りれないの』
「は?」
『カスベルがルドガーの死後、私が下界に関与出来ないようにって天界に結界を貼ったの。そのせいで私の意思で下界に降りれないのよ』
「…………」
「それに降りたとしても私は『破壊』の資格を持っていないから竜人の対処出来ないし。世界樹を守る事くらいしか出来ないかな?
だから私の代わりにカイル君に世界樹を守って欲しいなって!」
世界樹を守る事に異論はない。世界樹に何かあったら世界が滅びるんだ。必ず守らないといけない。
それに元々、ドレイクを倒すつもりだった。彼が引き連れてきたドラゴンも対処しないといけない。勇者パーティーとしてエルフの国を守るという使命がある。ミカに言われなくても世界樹は守っただろう。
「分かった。世界樹を守るよ。任せてくれ」
『良かった!今の私じゃ世界樹を守れないからどうしようかと困ってたの!カイル君が守ってくれるなら心強いな!』
嬉しそうな声だな。一安心した、そんな響きだ。わざわざ時を止めてまで俺にお願いする事だったか? まぁ大事な事ではあるな。
実際ミカに言われなければ世界樹よりも、サイクロプスやドラゴンに襲われている人の救援を優先して行っていた可能性が高い。
ドレイクを放置していたら間に合わないか。それを懸念したのか?
「要件はそれだけか?」
『もう1つあるの!私の英雄であるカイル君の力になりたくて『神器』を創ったの。それを受け取って欲しい』
「神器?」
『エクレアちゃんが使う聖剣と同じ、神である私が創造した神器。きっとエクレアちゃんの聖剣と同じくらいカイル君の力になると思う。受け取って!』
ピカッと俺の頭上で眩い光が煌めいた。淡い光に包まれた何かが空からゆっくりと俺の元に降りてくる。受け取ればいいのか?
右手を差し伸ばせば空から降りてきたものが、掌の上に収まった。銀色の指輪だ。
「これは?」
『名前はどうしようかな? うん。決めた。それの名前は『マナの泉』。身につけておけば大気中のマナを吸い取って無くした魔力を回復する事が出来るの』
「魔力を回復?」
『カイル君は魔力が少なくて苦労しているようだったから!魔力の絶対量は増やせないけど、その神器を付けていれば呼吸するだけで魔力が回復するから魔力切れの心配はないよ!
沢山魔力を回復したいなら深く息を吸うといいの』
掌の上の指輪をマジマジと見る。魔力の回復か。呼吸するだけで使用した魔力を回復出来るのはかなり便利だ。俺の魔力は決して多くはない。魔法使いに比べれば少ない方だろう。
その少ない魔力を使い切らないように注意しながら戦ってきた。その心配が無くなるのは大きいな。
魔力の回復手段として酒も候補にあるが、酔わないとはいえ戦場で酒を飲む気は起きないしな。サーシャは関係なく飲んでいるが。
『あくまでも失った魔力を回復するだけだよ!カイル君の魔力の絶対量は増えないからそれだけ気を付けて!』
「ありがとう。さっそく付けてみるよ。…ん?入らないぞ。指のサイズがあってないのか?」
『左手の薬指にしか入らないようになってるよー。だから左手の薬指にはめてね』
嘘だろと思い、左手の薬指を除いて指輪をはめようとするが入らない。サイズからして入りそうな小指ですら何か見えないモノが邪魔をしているかはめることが出来ない。
ため息を吐いて仕方なく左手の薬指に指輪をはめる。すんなりに付ける事が出来た。結婚指輪みたいで何か嫌だ。
まぁ、指輪だから外せば済む話か。ん?んんん?外れない!
「ミカ、指輪が外れないんだが」
『一度付けたら神器がカイル君以外に渡らないようにしたの。私の愛もずっと一緒だよ』
───神という存在が嫌いになりそうだ。




