78.縁
この世界についての歴史を漁れば嫌でも神という存在を知る事になる。この世界を生み出し、生命が生きるのに必要な世界樹を創り出した。世界樹だけでは無い。この世界のありとあらゆるものを生み出したとされるのが神だ。
この世界の唯一の宗教と言える教会が信仰を捧げているのも彼女であろう。長い歴史の中で神の声を聞けた者は何人かいる。
だが、神と会話をしたと言われるのは唯一一人。協会の創設者ルドガー・キリストフだけだ。彼にだけは神は干渉しているようだった。
本を読んで歴史を調べていると人やエルフ達に魔法を与えた後は、下界に干渉している様子はあまりない。聖剣を創ったとか、世界樹を守る為にエルフに結界を張る術を授けたとかそれくらいのものだ。
俺とルドガーの共通はミラベルが関与した転生者である事。これだけならば他にも何人かの転生者は当てはまる。他の転生者と違うとすればルドガーと同じ加護をミラベルから与えられたという事だろう。
何故このタイミングで神は俺に干渉してきた? それともたまたま俺が能力で効かなかったから気になって話しかけてきたとか?
いや、最初から俺に話しかけている風だったな。なら彼女の目的は俺か。こればっかりは直接聞かないと分からないな。
「お言葉に甘えては普段通りに喋らせて貰う。聞きたい事があるんだが、構わないか?」
『それよりさ!私の呼び方決めちゃおうよ!あの女のせいで私の英雄様も名前を聞き取れないみたいだし。神って呼ばれるのは距離があるし、英雄様に決めて欲しいなー』
いや、本当に苦手なタイプだ。前世でもこんな感じの新入社員が入ってきて、色々と疲れた記憶がある。こちらとしては色々と聞きたい事があるが、彼女の要望に応えないと教えてくれない気がする。
甘えるような声にうんざりするな。本当に神かこいつ。
「なんて呼べばいい?」
『それを英雄様に決めて欲しいの!私の事なんて呼びたい?ハニーとか?嫁さんとかでもいいよ!好きな呼び方を決めて欲しいなー』
「じゃあポチで」
『却下』
ノリが鬱陶しくて適当に返したらキレ気味に返された。流石にダメらしい。声のトーンが急に低くなって少し怖かった。
こちらに対して友好的ではあるが怒らせない方がいいだろうな。
さて呼び方か。改めて言われると困るな。ペットに名前をつけるのとは違うからな。ある程度親しくなったらあだ名を付けたり愛称で呼んだりするが、ほぼ初対面だし相手は神だからな。流石に恐れ多い気もする。
ミラベルも一応神か。神らしくないが神なんだよな。ミラベルは駄女神って言葉が似合う気がする。今俺に話しかけている神もなんと言うか威厳がないし神っぽくはないな。
一つ思い浮かんだ名前がある。それでいけるか試してみよう。
「ミカと呼んでもいいか?」
『ミカ? うん!いいよ!英雄様に呼ばれるならどんな名前でも構わないけど、この名前は凄くいい!』
「どんな名前でもいいならポチでどうだ」
『却下』
───レスポンスがめちゃくちゃ早かった。声に圧があったから余程に嫌なのだろう。
「改めてミカと呼ばせて貰う。様を付けた方がいいか?」
『いらないー。せっかく縮んだ距離が遠くなってる気がするもん!ミカって呼んでよ。英雄様に決めて貰った名前で呼んで欲しいなー』
甘えるような声だ。声だけで良かったと本当に思う。会話出来る距離にいたら抱き着いてきたんじゃないか? 声からそんな響きがある。
なんでこんなに俺に対して友好的なんだ? それが分からないから怖くて仕方ないだが。俺の方は初対面だが、あっちは天界からずっと見てたとかそんなのか?それはそれで嫌だな。
さて、呼び方についてだがなんの捻りもない。『神』という文字を逆から呼んだだけだ。
ポチがダメだったからこれはグレーゾーンじゃないかと思ったが普通に通ったな。神───ミカがそれでいいなら構わないだろう。
色々と聞きたい事がある。順に聞いていこう。
「ミカに聞きたい事があるんだがいいか?」
『愛しのって付けてくれたら何でも答えるよ』
絶対に付けない。
「俺の事を英雄様と呼んでいるのはなんでだ?」
『愛しのって付けてよ。まぁいいけどー。英雄様じゃなくて、カイル君って呼んだ方が方がいいかな?』
「どちらかと言えば名前呼びの方が違和感がなくて助かるな」
最初からずっと英雄様、英雄様と呼ばれているが違和感が凄い。勇者パーティーの一員になった後もそんな風に呼ばれた事はないぞ。
町を魔族や魔物の驚異から救った時は英雄扱いされたりしたが、英雄様なんて呼ばれてはいない。というか呼んで欲しくない。
『それならカイル君って呼ぶね。そうそう、英雄様って呼ぶ理由だったね。文字通り君が英雄だからだよ』
「英雄? 勇者パーティーの1人だが歴史に名を残す英雄のような活躍はしていないと思うが」
『英雄だよ。君はこれから英雄になる。あの女の手からこの世界を解放する救世の英雄に。だから私の愛しの愛しの英雄様なの。あの憎たらしいクソ女をぶっ倒してくれる唯一の可能性。それがカイル君、君だよ』
───ミカの発言は俺が英雄になる事が決まっているような言い方だ。ミカの言うあの女…何となく予想はつく。
「あの女とは…ミラベルの事か?」
『あぁ…そんな名前だったかな?名前の響きからもう忌々しいよね。ミラベルなんて呼ばずにカスベルって呼ばない?そっちの方が合ってると思うの。あの女がしてきた事を考えるとカスベルって名前はピッタリ!』
やはりミラベルか。この世界を生み出したミカが個人に対して私怨を向けていたから、下界にいる俺たちでは無いとは思っていた。
あの女の手からこの世界を解放するなんて言ってたからな。世界全体に影響を及ぼすような存在はミラベルくらいだろう。
魔王という可能性も考えられたが、彼女が干渉してきたのが俺かルドガーの2人だ。多分大きな共通点はミラベルに対して不信感を持っていた。そんな所じゃないか?
「何故俺なんだ? 他にも転生者はいた。いや。転生者以外でも対抗出来る者はいるんじゃないか?」
『本当に腹立つ話なんんだけど!カスベルは私より上位の存在。私が生み出したこの世界の住人ではあの女に抵抗出来ないの』
「転生者も同じじゃないか? ミラベルに与えられた加護によっていいようにやられている」
『確かに転生者も同じようにやられている。けど転生者だけがあの女に抵抗出来た。ルドガーもそうだし、タケシと呼ばれる男もカスベルに一矢報いようとしていた』
ルドガーはミラベルの存在を否定するように教会を設立した。邪神として扱い存在そのものを拒絶するようだった。
タケシさんはミラベルの驚異に気付いて、他の転生者に知らせようと手紙を残していた。正直に言えば彼の手紙がなければ今もミラベルの本性に気付かなかっただろう。
不思議な程に彼女を信用していた。ミラベルが言う事に疑問を持たないくらい。たった一文ではあったが、タケシさんが残してくれた言葉が俺に疑うという選択肢を持たせてくれた。
ミカが言うように転生者だけがミラベルに対して抵抗している。
『カイル君も同じだよ。ルドガーと同じように不信感を抱いてミラベルに抵抗しようとしている』
「そうだな」
『でも君の場合はルドガーやタケシとは違う。なんて言えばいいかな? 絆…違う。うーん。『縁』!うん!この言葉がピッタリ!』
「縁? どういう事だ?」
『君の前世、あるいは今世の『縁』がこの世界を巻き込むように君を中心に動いている。気付いてる?今カイル君が世界の中心だよ!』
「…………」
『君を救おうと色んな意思が動いてる。君と共に戦おうと多くの者が集まっている。それはひとえにカイル君の繋げた『縁』によるものだ。
ここまで大きな力の流れになったのは初めてだよ!この世界だけじゃない。別の世界からも君に対する思いが伝わってくる。
君と共に世界は戦えるんだよ!君だけがあの女に対抗出来る!』
───力説されているが興奮はまるでない。困惑の方が強いのが原因だろう。
分かりやすい力や能力ではなく俺が紡いできた縁によって対抗出来ると言われても実感が湧かない。集まっている? 勇者パーティーの事か?それはあくまでも魔王討伐の為だ。ミカは何を知って何を見て俺に伝えようとしている?
それに何よりも何故、ミカはここまでミラベルを敵視する? 俺たち転生者は分かりやすく干渉され、人生を歪められている。
ミカと転生者は関係ないだろう? ならば何故だ?
『あの女…カスベルから一緒に世界を守ろう。ううん、守って欲しい。僕が創ったこの世界を。あの女と魔族たちから』
ミラベルと同様にミカにとって魔族は敵か。だからあれほど分かりやすく差別をしていた。過去に人間やエルフが行った抑圧が現在まで尾を引いている。魔族との終わりのない戦いはミラが作った迫害から始まったと考えると、守って欲しいと言われても素直に頷けない。
魔族は敵だから言われなくても戦うが、複雑な気持ちにはなってる。初代魔王が転生者というのも大きいか?
「魔族をそこまで敵視する理由はなんだ? 魔法を教えなかったりあからさまに差別をしていたが。それなら最初から魔族を生み出さなかったら良かったんじゃないか?」
ずっと疑問に思っていた事だ。ここまであからさまに差別するくらい嫌っているなら最初から魔族を創らなければ良かった。
この世界の生物は全てミカが創造したとされる。人間もエルフも獣人もドワーフと竜人も魔族も、全ての種族を生み出したのはミカじゃないのか?
『違うよ。魔族は私が創造した訳じゃない』
「なに?」
『この世界の魔物や魔族はあの女が、カスベルが私が創った世界に横から干渉して生み出した!』
怒りが込み上げてきたのが声が大きくなってる。それに伴って世界が揺れている。
『あの女が干渉してきたから私の世界が歪んでしまった!こんなに殺伐とした世界にしやがって!マジでぶっ殺すぞ!クソアマぁ!!!』
───怖。




