77.神
───崩れた外壁から再び王都の中へと入って、変わり果てた光景にギリッと音が鳴るほど歯をかみ締めた。
エルフの国特有の木造の建物の多くが倒壊し、ドラゴンの吐く炎によって綺麗に咲き誇っていた木や花は真っ黒に燃え尽きていた。心が落ち着く草花の匂いが消え、焦げ臭いモノが焼けた匂いに思わず顔を顰める。
綺麗に舗装されていた大通りの道は至る所に穴が空いていた。大きくひび割れた道は重みをかければ壊れてしまいそうだ。
美しい景観の街だった。王都と呼ぶのに相応しい活気と美しさを持つ街だった。その姿が見る影もない。
血を流して倒れた騎士の姿がある。人の形をした燃え尽きた炭のようなモノが視界に映る。街を守ろうと必死に戦った騎士たちの亡骸だ。
バージェスJrと対峙してからそれほど時間は過ぎていないと思う。エクレアの活躍もあって想定より早く戦闘は終わった筈だ。間に合うと思っていたが、考えが甘かった。
ドラゴンやサイクロプスの脅威を甘くみていたと言っていい。短時間でこれ程の被害を生み出した魔物が何故、災害級に指定されるかを彼らが生み出した光景が物語っていた。
俺たち基準に考えればそれほど手強い相手ではない。数が多くても面倒だと感じる程度だ。だが、全ての騎士や国民が俺たち同様に戦える訳ではない。『薔薇の騎士』と呼ばれる騎士の中でも選りすぐりの者たちでさえ、強さという意味で言えば俺たちに劣る。
それでも1体や2体ならここまで被害は大きくならなかっただろう。今までの魔族の襲撃と違うのは四天王である2人が本気で国を落としに来たという点。
空を見上げればドラゴンがその存在を誇示するように悠々と飛び、炎を吐いて街を燃やしている。ドラゴンを倒そうと騎士が放った魔法が空に向かって飛んでいるのが視認出来た。
「街全体が戦場になってしまったか」
「ドラゴンのせいじゃな」
崩れた外壁から侵入してきたサイクロプス抑えようと戦っていた騎士の姿はここにはない。ドラゴンが空から襲撃を仕掛けた事でそれに対応する為に騎士たちが前線を下げた可能性が高い。あるいはサイクロプスによって突破されたかだ。
サイクロプスの死体と一緒に騎士の死体も多く転がっている。かなり激しい戦闘があったのだろう。ここから離れた位置で騎士の必死な声と、何かが壊れる音が聞こえた。
「救援に向かおう。」
「………………」コクコク
「うむ!」
戦闘音のした方へ3人で駆け出す。戦況は良くないな。サイクロプスと空から攻撃を仕掛けるドラゴンに対応しきれていない。
何よりドラゴンとサイクロプスの数が多い。『薔薇の騎士』や『妖精の騎士』がいれば被害をもう少し抑える事が出来た筈だ。彼らは魔法の扱いに優れている。魔法耐性のあるサイクロプスはともかく、ドラゴンを抑え込む事は出来ただろう。
常の半数の数ではやはり手が足りないか。
崩れた道や倒壊した建物を避けながら走る。俺の前を走るダルの身のこなしが軽い。彼女が通った後を走る方が楽に進めるな。自然とダルが先導する形になり、数分走って戦闘音がしていた戦場に到着した。
そこに居たのは5人の騎士と2体のサイクロプス。5人のうち2人が傷を負っていた。対するサイクロプスはほぼ無傷と言っていい。小さな傷はあるが、棍棒片手に暴れ回る姿を見れば大した傷ではないのだろう。
騎士の1人がサイクロプスの振るう棍棒によって宙を舞った。彼を助ける為に1歩踏み出した時に、違和感に気付いた。
───時が止まっている。
何を言っているか自分でも訳が分からなくなっているが、そう表現するしかない。俺の目に映る光景があまりに非現実的すぎてそう錯覚しているのかも知れない。
サイクロプスの棍棒で殴られ吹き飛ばされた騎士が空中で固まっている。重力に従って落ちてくる様子がない。ニュートンが見たらブチ切れそうな光景だ。
魔法を詠唱していた騎士も、サイクロプスを止める為にその足を斬りつけている騎士も棍棒で殴り飛ばしたサイクロプスも皆固まっている。
俺の後ろにいるエクレアが聖剣を構えたまま動かない。サイクロプスの対処をする為に短刀に手をかけたままダルも固まっている。
空を飛んでいるドラゴンも炎を吐いている状態で固定されたように動かない。
「なんだ、これは」
唐突過ぎて頭の理解が追い付いていない。俺も固まって動けないのかと思えばそうではない。一歩踏み出した足は当たり前のように動く。腕も肩も足も首も、何時も同じように動く。俺だけが動いている。
「ダル…?」
すぐ近くにいたダルの肩に手をやって揺すろうとするがその場でカチコチに固まったように動く気配がない。
「デュランダル?」
反応はない。試しに何時もと同じように魔力を喰わそうするが上手くいかない。魔力を込める事は出来た。
───何が起きている? 敵の攻撃か? 俺以外にも動いている者がいて何かしようとしているのか?
全ての時が止まったように誰一人として動かないこの場は戦場とは思えないほど静まり返っていた。それがどうにも不気味で居心地が悪い。
『聞こえますか?我が愛しの英雄』
静まり返った場に声が響いた。近くに発した者はいない。だがはっきりと俺の耳に届いた。ふわっとした優しい女性の声。だがどこか威厳を感じるような口調だった。
「誰だ?」
辺りを見渡しても声の正体は見当たらない。俺以外に動いているモノの気配もない。
『良かった!私の声聞こえてるんですね。もし、聞こえなかったらどうしようかと不安で』
急に威厳が消えた。可愛らしい女性の声が天から響いている。そう表現した方がいいか? 声がしているのは俺の近くでは無い頭上だ。だが、見上げて見てもそれらしい姿はない。
声ははっきりと耳に届いた。決して小さな声ではなかった。
「貴女は何者だ? それと今何が起きている?」
質問した所で答えてくれるとは限らない。だが今の不思議な現象を起こしているのはこの声の主だと、確信を持つ自分がいる。
『私の名前は───。この世界を生み出した神です』
名前を聞き取れなかった。名前の部分だけがノイズが走ったように耳が受け付けなかった。名前以外はそれこそはっきりと聞き取れたのに名前だけがダメだった。
一先ず、名前は置いておこう。彼女は言っていたな。
───この世界を生み出した神と。
そう言われて連想するのは1人しかいない。教会が信仰を捧げるこの世界の唯一の神。
誰もその名前を知らないとされている。もしかして、聞き取れないから誰も知らないのか?
一つの疑問が浮かび上がりそれが正解のような気がした。
『愛しの英雄様でも私の名前を聞き取れないなんて!凄いショックなんですけど!』
天から響いた声と連動するように地上が揺れた。まるで地震のようだ。『辛いんですけどー!』と神を名乗る女性の声が響く。また地面が揺れる。
嗚呼、この声の正体は神が正しいんだろうな。けど思っていたキャラと違うな。震度2とか3くらいの揺れを味わいながら、思わず遠いを目をする。一応確認しておくか。
「貴女がこの世界の神なのか?」
『そうそう!私がこの世界をパァーっと生み出したの!ルドガーが教会を作って広めてくれたお陰で世界中で認知されてマジでテンション爆アゲって感じ!』
「そうですか」
───神とは思えない程口調が軽い。
「一つ確認したいのですが、時が止まったように周りが動かないのは貴女が何かしたからですか?」
『流石私の英雄様!察しがいいのはポイント高いよ。正解正解!私が世界の時を止めているからみんな固まって動いていないの』
「俺だけが動けるのは何故ですか?」
『私の英雄様なら察しがついてるんじゃない?今までも似たような事なかった? 自分だけが効かない理由は1つしかないと思うけど』
───能力だな。
今のやり取りでたどり着いた答えは一つだ。呪いが効かないように、毒が効かないように俺は俺自身に干渉するものを無効化する。
どうやら神が世界を止めても俺はそれすら無効にして動けるらしい。
『そうだそうだ!私を敬う気持ちは嬉しいけど何時もの口調で喋ってよ。何か距離があるみたいでその喋り方は嫌だなー。もっとフレンドリーに!それこそ恋人同士の会話みたいな距離感で話そう!』
───1つ言える事がある。仮にも神に対して失礼だと思うが言わせて欲しい。
苦手なタイプだこの神。




