76.勇者の力
最初に動いたのはバージェスJr。地面を踏み抜く音と俺たちとの距離をたった1歩で詰め、筋肉によって膨張した拳を振るう。
先程よりも明らかに早い。バージェスJrの狙いはエクレアか。予想外のスピードに回避が間に合わなかったようでエクレアは聖剣での防御を選択。
魔力で強化した硬い拳と聖剣の腹の部分がぶつかり合い金属音を奏でる。衝突は一瞬。押し負けたのはエクレアだった。
バージェスJrの拳の威力に負けたエクレアが吹き飛ばされた。追い討ちをかけようとするバージェスJrを阻止する為に斬り掛かるが、剛腕によって防御される。薄皮1枚を切り裂いただけだ。まだ魔力を込めないとダメか。
「やるじゃないか!名も知らぬ剣士!」
ニヤァっと笑みを浮かべ俺に対して拳を振るう。顔の横を拳が通る。拳のスピードが先程とは桁違いだ。ただ振るってるだけじゃない。狙いが正確になっている。
躱してカウンターを入れようとしたが続けざまに放たれた剛脚に回避を選択。バックステップでバージェスJrとの距離を取る。バージェスJrの剛脚が奏でる風きり音にヒヤッとする。拳もそうだが、脚も当たれば死ぬな。
トラさんとやり合ってる気分になる。こいつの方が腕や足が太いから面積は広い。その癖俊敏なのはどうにかしてくれ。
「『ファイアボール』」
魔法の詠唱を終えたダルから放たれたファイアボールを避ける素振りを見せず、高笑いしながら俺に殴りかかってきた。
風を切る音と共に迫る拳を避ける。同時にファイアボールがバージェスJrに当たるが、ダメージがまるで入っていない。
「なんじゃと!?」
その様子にダルが驚きの声を上げているのが耳に入るが、こちらとしては迫る拳と脚を避けるのに必死で反応出来そうにない。
エクレアの一撃を耐えきった事から分かっていたが、とてつもない防御力だ。コイツを倒すにはやはり聖剣の一撃が必要だな。
「戻ってきたか!」
嬉しそうに叫びながらバージェスJrがジャンプして避けた。ただ地面を蹴って跳んだだけだが、それだけで15m近く高く飛んでいる。
彼が先程までいた所を聖剣の一振が通る。吹き飛ばされたエクレアが体制を立て直して直ぐに斬りかかったがしっかり見ていたらしく、回避された。聖剣での攻撃は防御ではなく回避を選んでいる。当たればバージェスJrでもタダでは済まないという事か。
最初とまるで違うな。攻撃にもキレがあるしこちらを動きを一つ一つ確認してる素振りがある。冷静になるだけでここまで違うのか。
「俺様の筋肉を味わえ!
『ビックバン・ストライク!!』」
バージェスJrが空中から急降下してきた。その姿を認識して俺とエクレアは直ぐにその場から距離を取る。直後にバージェスJrが尻から地面に衝突。
けたたましい音と共にバージェスJrが落下してきた地面が爆発を起こし、地割れのように地面に亀裂が広がっていく。同時に土煙が舞いバージェスJrの姿を隠してしまっている。
まるでミサイルだな。尻から降ってきたり遊んでいるような攻撃だが、当たれば本当に死ぬぞこれ。
「カイル、付与魔法なのじゃ!」
俺の足元に赤い魔法陣が浮かび上がる共にデュランダルが炎に包まれる。火属性の付与魔法か。ダルからの援護が有難い。これで斬る時に使う魔力を節約出来る。
筋肉の鎧に守られたバージェスJrを斬るのは簡単ではない。かなりの量の魔力を込めないと剣が弾かれてしまう。魔力量がもう少し多ければな…。
───地面を踏みしめる音が耳に入る。土煙の中から右腕を構えたバージェスJrが物凄いスピードで迫ってくる。ラリアットか!
上半身を反らす事で回避する。顔の数cm上を剛腕が通り、腕が奏でる風きり音に冷や汗をかきながら体制を立て直してバージェスJrに斬り掛かる。
「我が筋肉にぬかりなし」
デュランダルを腕によって受け止められた。ダルの付与魔法に加えて魔力を込めて攻撃したが、まるで効いていない。どんだけ硬いんだこいつ。これはダメだな。俺の一撃が決定打になりそうにないない。俺が引き付けてエクレアに任せるしかないか。
───バージェスJrの体に力が篭っているのが分かった。何かくる。直感に任せて距離を取る。
「『マッスルエクスプロージョン!!』」
バージェスJrを中心に黒い爆炎が巻き起こる。直撃は免れたが爆風を受けて体が宙を舞う。俺が身に纏っている鎧はドラゴンの鱗を利用しているから火属性に対しては耐性がある。
それでも露出している部分が火傷を負っている。直撃じゃなくてもここまでダメージを食らうのか。近接攻撃といい、魔法といいまともに当たったらタダでは済まないな。
「『フレイムバインド』」
俺が地面に着地するとほぼ同時にダルの魔法が発動していた。
バージェスJrを囲むように赤い魔法陣が四方に現れる。魔法陣から飛び出た炎の鎖がバージェスJrの体に巻き付き、その身を焼きながら拘束する。
だが、バージェスJrの筋肉は俺たちの想定より上らしい。ふんっ!とバージェスJrが腕や足に力を入れると拘束している炎の鎖が1本、また1本と壊れていく。そんなに簡単に壊れる魔法ではないんだがな。
拘束が解かれる前に一撃入れようとデュランダルに魔力を喰わせたタイミングで、バージェスJrが神々しい光線に飲み込まれた。
誰がやったかは言わなくても分かるエクレアだ。
「ぐぅ…やるな、勇者パーティー…」
2度目の聖剣の一撃はバージェスJrをしても致命的だったらしく、何とか倒れないように耐えているようだった。体中血まみれで、内側の損傷も酷いのか口の端から血が流れている。
それでもその瞳から闘志が無くなる事はない。俺たちを真っ直ぐに見据えまだ闘おうと訴えかけているようだ。
───そんなバージェスJrを再び神々しい光線が飲み込んだ。
「ぐわあああ!!」
バージェスJrも避けようとしていた。だが、受けたダメージが重く体が動かなったようだ。無防備な状態で3発目を受けた。
聖剣から放たれた光線を受けて尚、バージェスJrは生きていた。だが既に立ち上がる力はないのか地面に力無く倒れていた。全身から流れた血が水溜まりのように溜まっていく。
肥大化していた筋肉が萎んでいる? 先程まであった威圧感も、そして彼から感じた闘志も既に見る影もない。
「…はぁ…はぁ…親父や…テスラが……はぁ…やれらる訳だ…、なんて…デタラメな…強さだ…はぁ…これが…勇者のちかr…」
───バージェスJrを神々しい光線が飲み込んだ。
言葉が出ない光景だ。死体蹴りもいい所だろう。明らかに勝負は着いていた。いや、エクレアの行動は正しい。敵が生きている以上トドメを刺すのは間違ってはいない。
その相手が魔族なら正常な判断と言える。魔族の中には瀕死になった時に敵を道ずれに自爆をした者もいた。それを考えればそういったリスクを排除する為に動くのは間違っていない。
ただ、仲間がこうも無慈悲にトドメを刺していると言葉を失ってしまう。
4発目となる光線は今までより1番大きかったらしく、地面をエグりながらバージェスJrを襲ったようだ。光線によってエグり取られた地面は道のように綺麗に直線に伸びている。
そこにバージェスJrの姿はない。跡形もなく消し飛ばされたようだ。
強敵だった筈だ。彼の筋肉は見掛け倒しではなかった。ただ魔力を込めるだけでは剣は弾かれて終わり。ダルから付与魔法で援護を貰ってもその体を切り裂く事は出来なかった。
肥大化した重量感の増したその見た目から予想出来ないくらい俊敏な動きで俺たちに迫ってきていたな。一撃でも食らっていたら恐らく死んでいただろう。
魔法を使う事も出来、近距離でも遠距離でも対応出来る強さを持っていた。最初こそはその脳筋っぷりに困惑したが、冷静になったバージェスJrは四天王に相応しい強さを見せてくれた。
そんな彼があっさりと死んだ。
「流石はエクレアなのじゃ!」
「………………」ブンブン。
「我の援護も光ったのじゃ!」
「………………」コクコク。
バージェスJrの言葉が脳裏を過ぎる。
───聖剣の力を解放する事が出来た唯一の存在。歴代最強の勇者。
そうだな。その言葉通りだと思う。
歴代の勇者たちもその名に恥じない強さを持っていた。それでも魔族の四天王を圧倒するほどではなかった。四天王によって仲間を失った勇者もいた。
魔族の四天王とはそれほど強大な力を持つ存在で、歴史の中の勇者パーティーが死にものぐるいで戦った相手だ。
今までの勇者とエクレアの違いは聖剣の力を解放する事が出来る。その一点に尽きるだろう。それだけで四天王を圧倒した。
あえて言おう。うちのパーティーの勇者エクレアは最強だと。
「エクレアに頼ってばかりだな」
会話をしていた2人に近付き、エクレアに助かったよと言葉をかけるとギュッと俺に抱きついてきた。顔を綻ばせている。嬉しそうだな。
直ぐにダルが『ズルいのじゃ!』と抱き着いてきたが、正直に言おう。今はそれ所じゃないと思う。四天王の1人である『2代目豪鬼』バージェスJrを倒す事は出来た。
もうエクレア1人でいいんじゃないか?と思ってしまう程の活躍だった。だが、バージェスJrを倒して終わりではない。
この戦場にはもう1人四天王がいる。『赤竜』のドレイクがドラゴンを率いて王都を襲っている。今すぐに向かうべきだ。
「ダル、エクレア。王都の救援に行こう」
「……………」コクコク。
「もう少しだけこうやっていたいのじゃが、終わってから堪能するとしよう!救援に向かうのじゃ!」
───王都を救う為に風を切るように走り出す。不意に先生の手紙の内容が不意に頭を過ぎった。
『詳しい理由は会談の席で話します。気になる事も多いと思いますが決して彼女を怒らせたり発狂される事はしないでください。世界が滅びます』
先生が誇張して書いたのかと思ったが聖剣の力を目の当たりにするとあながち間違っていないのかも知れない。世界が滅ぶか。まさかな。
念の為、気を付けようと思う。




