73.『赤竜』と『豪鬼』
王宮の方へと逃げる群衆に逆らうようにハルジオの入口に進んでいく。恐怖に染まった表情で必死で逃げるエルフ達にぶつからないように気を付けて進んでいるので、思ったように前に進めない。
道を間違えたな。大通りではなく裏道か何かから進むべきだったが、生憎とここに来たばかりで土地勘がない。1日くらい経っていれば、ダルが道を把握していたと思う。
爆発音がまた響いた。逃げるエルフ達から悲鳴が上がる。自分の前を走る相手を押し退けてまで逃げようとしている姿を見ると、色々と言いたくなるな。
高潔な精神はどうした高潔な精神は。普段は選ばれた種族だと誇っていただろう。もう少し冷静になってくれ。
いきなり命の危機に面したらパニックになるのも分かる。皆が皆、肝が据わってる訳でもないし自分の命は大事だ。
「カイル殿!敵襲です。ご同行願えますか?」
「ちょうど俺たちも向かっていた所だ。悪いが先導して貰えるか?」
「任せてください。先導します。俺について来てください」
見覚えのあるエルフが近付いてきたと思ったら、ハルジオまで共に戦った騎士の1人だった。名前は確かルークだったか。了承すると彼が声を張り上げて、道を開けるように言っている。
「勇者パーティーが前を通ります!皆さんを守る為に戦おうとしております!彼らに道を開けてください!」
よく通る声だと思う。声に力強さがあり、その声を聞くと安心する者もいるだろう。この騎士なら守ってくれるとそう思われる力がある。彼の声で逃げていたエルフ達が道を開ける光景を見ると、ルークは指揮官に向いていると勝手ながら思う。
俺が道を開けてくれと言っても従わない者が多いだろうな。同じ種族の騎士というのが大きいと思う。
彼の先導のもと入口付近に近付けばその爆発音が増しているのが分かる。ここまで来るとエルフの数がグッと減った。それでも逃げ遅れたエルフが何人かいるな。騎士が怪我をしている者を治療している姿も見える。
爆発によって倒壊した建物や、踏み荒らされた草木。ハルジオを囲っていた外壁が爆発によって崩れている。幸いな事に倒壊した建物が燃えている様子はない。もしかして燃えにくい素材だったりするのか?
「サイクロプスか」
入口付近で暴れている魔物を視認する。1つ目の巨人。体長は個体差はあるが、小さい者でも3mを超え大きい者だと10mを超える個体の者もいたとされる。
名が表すように大きな単眼と頭に生えた角が特徴。緑色の筋肉隆々の逞しい肉体を持っており、その皮膚は魔法に対して強い耐性があり並の魔法では傷一つ付ける事が出来ない。魔法使いにとって辛い相手と言える。
巨木を削って作ったであろう棍棒を振り回すサイクロプスと、魔法や剣で対応するエルフの姿が見える。パッと数えてサイクロプスの数は15体程か。大きさの平均5mくらいだな。
過去に10m近いサイクロプスと戦った事があるが大きいというのは単純だが、それだけで驚異になり得る。一体でも手を焼く魔物だ。放置しておくととんでもない被害になるな。
「ダル!エクレア!」
「分かっておる!」
ダルが魔法の詠唱を始めた。それを横目で確認し、デュランダルを鞘から抜いて1番近くにいたサイクロプスに斬り掛かる。こちらに気付いたサイクロプスが棍棒を振り下ろすが、単調な攻撃なので横に軽く跳んで躱す。
そのままサイクロプスとの距離を詰め、デュランダルに魔力を喰わせて横一文字に振るう。
「『空牙一閃』」
剣を振った一瞬だけデュランダルの刀身が3m近くまで伸び、サイクロプスの体をそのまま真っ二つに切り裂く。念の為多めに魔力を込めたが、この感じならもう少し少なくても大丈夫だな。
体を真っ二つに切り裂かれたサイクロプスが大きな音を立て地面に倒れるのを尻目に、次の標的を探そうと辺りを見渡すとエクレアがサイクロプスを2体纏めて葬っているのが見えた。
聖剣の力が強大とはいえ、相変わらずデタラメだな。仲間としてこれ程心強い事はないが。
その直ぐ近くで素早い身のこなしでサイクロプスによじ登り、炎を纏わせた短刀で首を切り落とすダルの姿が見えた。サイクロプスは魔法の耐性はあるが物理耐性はそれほどだ。硬い筋肉の鎧を切り裂けるだけの魔力を込めておけば対処は出来る。
「俺たちが苦労する相手をそんな簡単に倒さないで貰っていいですか?」
「倒さない方が良かったか?」
「いえ、本当に心強いと思っただけです。流石は勇者パーティーですね」
タングマリンでドラゴンを討伐した時もそうだが、たまに兵士たちに化け物を見るような目で見られる事がある。彼らからすると『俺たちが必死になって対処してる化け物を瞬殺するコイツらの方が化け物じゃねーか』みたいな思考になるんだと思う。
サイクロプスは決して弱い魔物ではない。単体でも村一つくらい簡単に滅ぼすくらいの強さはある。それ故にドラゴンと同列の災害級の魔物として認識されており発見次第すぐに対処する事を求められている。放置しておくと被害が甚大ではないからだ。
それにしても妙だな。サイクロプスは集団で行動する事もあるが、それもせいぜい3体~5体くらいの数だ。この場にいるサイクロプスは少なくとも10体は超える。破壊された外壁の奥を見ればまた数体いるのが分かる。かなりの数がいる。
「このままサイクロプスの殲滅するか」
「いえ、サイクロプスの対処は我々は任せてください。勇者パーティーの皆様は出来るなら、あの魔法を止めて頂けると助かります」
「魔法?」
エクレアとダルの2人がサイクロプスをそれぞれ討伐している姿を見ながらルークと話していると、ここまで来る道中で何度も聞いた爆発音が響き外壁が大きな音を立てて崩れ落ちた。
外壁を優先して破壊しているのが分かる。
「『物質強化』の魔法で外壁は強化しているのですが、あの魔法が強力すぎて壊されています。外壁を壊され侵入経路が増えると対処が間に合わなくなります」
「分かった。魔法の使用者を先に倒す」
「お願いします。その間、サイクロプスは我々で食い止めます」
俺たちで討伐しますとは言わないんだな。自分たちの実力を過大評価していないのだろう。『薔薇の騎士』や『妖精の騎士』と呼ばれる者達だったら討伐出来たかも知れない。
一先ずサイクロプスは騎士に任せよう。魔法を使っているのは恐らく魔族だ。厄介なのは間違いなくそっちだ。俺たちで対処しよう。
「ダル!エクレア! サイクロプスの対処は騎士に任せる。魔法や使っている魔族を先に倒すぞ」
「…………」コクコク。
「む!分かったのじゃ!」
2人の返事を確認してから崩れた外壁から外へと出る。中へと入ろうと俺たちの前に出てきたサイクロプスを『空牙一閃』で真っ二つにする。そのまま外へ出れば戦場の全容が把握出来た。
表情が引き攣りそうになる。少なくとも50体は超える巨人の数だ。壊れた外壁から中へ入ろうと歩いてきている。進撃の巨人か?
良くもまぁこれだけの数を揃えたものだと感心する。侵入経路で立ち塞がる俺たちを邪魔に思ったサイクロプスが振るった棍棒を躱して『空牙一閃』で両断する。
使い勝手は『飛燕』よりはいいのだが、魔力を多めに使用するから多用は禁物だな。実際に刀身が伸びている訳ではなく、魔力で作った刀身で敵を切り裂いている。込めた魔力の量で長さは変わるが最大で50mまで伸ばす事が出来る。相手がデカイ魔物の場合は有用なので良く使っている。
魔力の刃の為重さはないので、剣を振るのに影響がないのが利点だ。とはいえ、これだけの数を相手にするとなると魔力が心配だな。
ハルジオに来るまでの道中、夜間の警備を護衛の騎士に任せて何日かは蓄積で魔力は貯めている。それでもせいぜい6日分だ。考えて使わないと魔力切れになる。
俺たちに向かってくるサイクロプスを『空牙一閃』で両断する。ダルとエクレアを見ればそれぞれがサイクロプスの対処をしている。
魔族はどこだ? コイツらの相手をしながら探すのも、魔族の相手をするのも面倒だぞ。
「フハハハハハハ!脆弱なエルフと共よ!吹き飛ぶがいい!『ダークエクスプロージョン』!」
魔法の発動箇所は俺たちの近くではない。少し離れた位置だ。黒い爆炎が巻き起こり、外壁が音を立て崩れていく。侵入経路が増えてしまっているな。
だが、声が大きいお陰で魔法を放っている魔族を見つけた。サイクロプスに混じって小さな人影がある。それでも2mを超える長身だ。
筋肉隆々の逞しい肉体はよく日に焼けおり浅黒い。ボディビルダーの様に筋肉を見せ付ける様にポーズを取っている。
髪型は見事な赤色のモヒカンで、羊の角のような黒い角が額から生えている。その逞しい肉体に反して背中から生える蝙蝠の様な翼は小さくその体を持ち上げられないのではと心配させる。
尻尾も鍛える事が出来るのか今まで見てきた魔族より太く逞しい。腕と同じくらいの太さはあるか? 筋肉を見せ付けたいのか服装はパンツ一丁だ。言い方は悪いがマッチョの変質者にしか見えない。
「エクレア!」
俺の言葉にエクレアが頷き、聖剣に魔力を流してし魔族の前にいたサイクロプスを次々と切り裂いていく。無駄のない動きだ。サイクロプスの振るう棍棒を避けると直ぐに距離を詰めて両断している。
エクレアが障害となるサイクロプスを倒したのを確認してデュランダルに魔力を喰わせて素早く振るう。
「『飛燕』」
燕の形をした斬撃が魔族目掛けて飛んでいく。念の為3発放っている。ダメージが入るかどうかは分からないが、防御を取るか避けるかのどっちかをしてくれると助かる。
俺に向かってその巨体で吹き飛ばそうとタックルしてきたサイクロプスを迎え撃つように『空牙一閃』で両断する。
「フハハハハハハ!勇者パーティーか!非力!あまりに非力!その様な攻撃では俺様の屈強な肉体を傷付ける事など出来ん!」
魔族を見れば避ける素振りも見せずにサイドチェストのポーズを取りながら『飛燕』を受け止めていた。その言葉通りに傷一つない。その事よりもポーズにイラッときた。
「やはり筋肉!この筋肉こそが俺様の至高の武器!軟弱なエルフや人間には俺を傷付ける事は出来んのだ!!フハハハハハハ…ん?」
「『フラッシュボム!』」
俺の攻撃を無傷で受け止めて満足そうに高笑いしていたが、あくまでもその攻撃は視線の誘導でしかない。
音もなく忍び寄ったダルが魔族目掛けて魔法を放つ。赤い魔法陣が魔族の顔の前に現れると共に、耳を劈くような爆音と眩い光が辺りを包んだ。
「目が、目があぁぁぁぁぁあっ!」
予め魔法に対する防御を取っていた俺たちと違い、もろにフラッシュボムをくらった魔族が目を抑えてのたうち回っている。俺やエクレアはそれなりに距離があったが、ダルは大丈夫かと思い視線を向ければ魔法でしっかり保護しているのが分かった。予め備えてから行ったようだ。
強烈な光と爆音で目と耳をやられた魔族にトドメを刺すようにエクレアが聖剣を解放した。それに合わせるようにデュランダルに魔力を込め魔族目掛けて剣を振り下ろす。
「『空牙一閃』」
魔族との距離を考慮してかなり多めに魔力を込めている。振り落とした剣が魔族に当たると共に、聖剣から放たれた神々しい白い光線が魔族を飲み込んだ。まるでビーム砲だな。
どういう原理で聖剣からビームが出ているんのだろうか? 何度も見てきたが未だに分かっていない事だ。使っている本人が分かっていないのだから、俺が分かる訳ないか。
「やったのじゃ!」
土煙が上がったせいで魔族の姿は見えない。ダルの言葉がフラグにしか聞こえないな。いや、多分だが当たってはいないだろう。剣が体に当たった感触はあったが、その後直ぐ剣が空を切った感じだった。
避けたのか? 目を潰されてのたうち回っていたあの魔族が? あの無様な姿しか見ていないから出来るとは思えないが。
───土煙が晴れた先には片膝をつき、目を抑える魔族の姿がある。右肩から血が流れているが傷が思ったより浅い。あの様子だとエクレアの攻撃も直撃していないだろう。
当たっていれば恐らく一撃で仕留めていた筈だ。聖剣を解放して放つビームはサーシャ曰く魔族に対して一撃必殺に近い威力を持っているらしい。魔族関係なく当たれば死ぬだろうなってくらい威力は高いのは見てて分かる。
「目が見えん!何が起きている!誰だこの俺様を蹴り飛ばした愚か者は!!」
目を抑えたまま怒りの感情のままに怒鳴り散らす魔族の男。やはりコイツが避けた訳ではないか。何もなければ先程の連携で終わっていた筈だが、何者かが魔族を蹴り飛ばして助けたのか。一体誰が...?
「この俺が助けてやったというのに随分と無様な姿を晒しているな」
声に反応して空を見上げれば一人の男の姿があった。竜のような姿をした人。あるいは人間サイズの竜。初めて見る外見ではあったが人目でその種族が分かった。
───竜人だ。
「その声!ドレイクか!お前がこの俺様を蹴り飛ばしたのか!よくも俺様を蹴り飛ばしてくれたな!」
「バカか。俺が助けなければお前は死んでいたぞ」
「俺様があの程度の攻撃で死ぬ筈がないだろう!見ろ俺様の肉体を!この筋肉の鎧はあの程度の攻撃ものともしない!」
「見た目だけでなく脳みそまで空っぽか?お前の父親は見た目に反して頭脳派だったぞバージェスJr」
「親父は筋肉が足りなかった!それ故に人間の勇者等に敗れた!だが俺様にはこの筋肉がある!親父とは圧倒的に強さが違う!
撤回しろドレイク。俺様の脳みそは筋肉で出来ている空っぽなのではない!」
「脳筋ここに極まれりだな。ならばその強さとやらを証明して欲しいものだ」
分かりやすく怒りを顕にする魔族の男とその姿を見て冷笑を浮かべる竜人の男。2人のやり取りでその正体は既に分かっている。ドレイクにバージェスJr。どちらも四天王の名前だ。
『赤竜』のドレイクに『豪鬼』バージェスJr。バージェスJrの異名は2代目豪鬼だったか? そんな些細な事はどうでもいいな。
バージェスJrはまだいい。対面した威圧感や、その言動から同じ四天王の『幻惑』のディアボロより弱いと判断出来る。それにびっくりするくらい脳筋だ。フラッシュボムをまともに食らってのたうち回っていたような奴だ。底は知れている。
問題なのは初代魔王の時代から四天王として名を馳せる四天王最強とも名高い怪物。
「俺一人で事足りるがな」
───『赤竜』のドレイク。




