72.急転直下
大陸の真北に位置するエルフの国『テルマ』。その王都である『ハルジオ』は世界樹に寄り添うように発展した。世界樹が成長する度に王都の拡張を行い1000年以上続けた結果、大陸で最も大きな都となった。
世界樹を護るように巨大な外壁で王都全体を囲んでおり、その物々しさから要塞都市とも呼ばれる事もある。
美しさを追求し建物の景観を重視するエルフにしては珍しいと言える。それだけ世界樹を護る事を第一に考えているのだろう。他の町はともかく、王都ハルジオを攻め落とすのは苦労するだろうな。
「物凄く大きいのじゃ!」
「そうだな。道中でも見えていたが、こうして世界樹を間近で見るとその壮大さがよく分かる」
「早く近くで見たいのじゃ!まだ検査は終わらんのか?」
「俺たちの予想通り『聖地エデン』で騒動が起きたそうだ。それもあって王都に入る際の検問も厳しくなっているらしい」
「随分と待たされておるのぅ。我は暇だぞカイル!」
「俺に言われてもな。セシルが対応しているから他の人よりは早くと済むと思うが」
一日の休息を挟みセシルの想定通りに王都ハルジオに到着した。無事に着いたのはいいが、入口の検問で足止めを食らっている最中だ。こうして待っているだけなのはやはり暇だな。
『デケー山脈』を超えた辺りから魔物との遭遇が減りひたすら歩くだけだった。聞いた所によるとテルマの兵が魔物の駆除に動いているらしい。山さえ超えたら後は楽だぜ、なんて騎士が言っていたがその通りだった。
道中で仲良くなった騎士もセシルと一緒に検問所で対応をしている。全員で行かなくてもいいじゃないか。1人くらい残ってくれよ。
そんな思いは届かず馬車から降りてきたダルとエクレアに抱き着かれている俺を置いて、彼等は行ってしまった。こっちを見てニヤニヤしていたな。絶対に許さないぞデイブ!
2人を引き剥がすのも面倒でされるがままだ。抵抗する気も起きないのは加護の所為か? いや、単純に煩わしいだけだろう。
正面を見れば物々しい外壁とその奥に大きな樹が1本見える。世界樹だ。
先日泊まった町からもハルジオの象徴とも言える世界樹の姿を見ることが出来たが、改めてこの場でその姿を見ると世界樹の巨大さが嫌という程分かる。どれくらいの全長だ?測る気すら起きないな。デカすぎるだろ。
前世でもこんなに巨大な樹はなかった。いや、この樹を超えるような建造物はなかっただろう。雲すら突き破るように天高く聳えるあまりに巨大な樹だ。見上げて見てもその頂上を確認する事は出来ない。
神がこの世界を創った時に最初に生み出したとされるのがこの世界樹だ。俺たち人間や生物が生きるのに不可欠である空気や魔法の源とされるマナを生み出しているのはこの1本の樹だと言われている。世界樹がなければ生物は生きる事も出来ないとされている。
1000年以上前は世界樹はまだ小さくこの樹を護る為に神が下界に降りていたと言われている。最もあまりに古すぎて真偽の程は定かでは無い。
「セシル達が戻ってきたな」
「本当じゃ!漸く終わったようなのじゃ!」
「とりあえず離れないか?」
「嫌なのじゃ!」
正面からダルが後ろからエクレアに抱きつかれた状態だ。そんな俺の様子を見てセシルが顔を歪めているのが見えた。一緒に向かった騎士達は相変わらずニヤニヤと笑っている。俺の現状を明らかに楽しんでいる。後でデイブは殴ろう。あの人は殴っても許してくれる人だ。
「ダルさん!エクレアさん!義兄さんから離れてください!」
「嫌なのじゃ!」
「……………」フルフル。
「離れてください!」
俺の正面から抱きつくダルをセシルが引き剥がそうとしているのを視界に入れつつ、彼女と一緒に戻ってきた騎士に声をかける。
「検問は通ったのか?」
「無事通ったよ。何時もより厳しかった、いや人手が少なくなってるから時間がかかってるようだった。『聖地エデン』への救援で多くの兵が向かったそうだ」
「『聖地エデン』は危ない状況なのか?」
「聞いた話によると『赤竜』のドレイクがドラゴンを引き連れて襲撃をかけてきたらしい。薔薇の騎士や現地にいた騎士が一度は撃退したらしいが、まだ近くにいるらしく救援を要請したそうだ」
「ドレイクか。撃退出来たとはいえそれなりに被害は出ているよな。死傷者は?」
「詳しい数は分からないが何人かは守り切れずに亡くなってしまっている。教会の重鎮達は護身が出来るものが殆どだったから、怪我はしていても死者は出ていないそうだ。
教会始まって以来の神童であるノエル様がいたお陰だろう」
護衛の騎士の纏め役の男───デイブとのやり取りでノエルの無事を確認して一安心といった所か。法皇を殺してからまだそんなに日も経っていないが、再び襲撃をかけてきた。
狙いは教会の『大司教』や『大司祭』といった重鎮達だろうか? 法皇の大葬で普段は各地に散らばっている神官達が聖地エデンに集まっている。纏めて排除するには好都合と言えるだろう。
世界中に影響力を持つ教会が崩壊する様な事態になれば世界中に混乱が広がる事になる。数の少ない魔族が取る手段としてはこれ以上ないほど有効な手だ。
───セシルが抵抗を続けるダルを引き剥がしたので俺もエクレアに離れてくれとお願いする。不満そうな顔をしていたが、もう一度頼むよとお願いすると渋々といった感じで離れた。その様子をデイブや騎士が笑って見ている。
「モテますね、流石の色男っぷり」
「俺の事をからかって遊ぶのは勘弁してくれ」
「遊んでなんかいないよ。カイル殿がモテる理由は何となく分かるんで。何よりお強い」
「褒め言葉は有難く受け取っておくよ。デイブ達はこれからどうするんだ?」
「ハルジオで旅の疲れを取ってから次の仕事に向かうつもりだよ。『聖地エデン』に派遣されている兵と入れ替わりかな」
「大変だな。俺達も様子を見て『聖地エデン』に救援に行く事になるかも知れない。その時はまたよろしく頼む」
「カイル殿がいるなら心強い!」
「俺もだよ」
お互いに笑い合う。短い期間ではあったが、親しみやすい男だった。エルフの騎士という事で距離を取っていた自分が馬鹿らしくなる。
選民思想が強いエルフが多いが、全員が全員そうではない。ここまで一緒に戦った騎士たちは皆良い奴だった。出来るならこのまま一緒に旅をしたい所だが、彼らの仕事は俺たちをハルジオまで無事送り届ける事だ。
仕事が終わった以上ここでデイブ達とはお別れとなる。もしかしたらまた会うかも知れないがな。
「話は終わりましたか? 」
「待たせてすまない」
「僕は心が広いので気にしませんよ!さて、僕が案内するので付いてきてください。義兄さん、心配なら手を繋いであげますよ!」
「嬉しいご提案だけど、今回は大丈夫だよ。ダルやエクレアもいるしね」
「チッ…分かりました。先導しますね」
「のぅ、エクレアよ。セシルの奴め、今こっちを見て舌打ちしなかったかのぅ?」
「……………」コクコク。
「我らが悪いと言うつもりか!我もカイルと手を繋ぎたいのじゃ!」
「繋いでないぞ。それより追いかけよう」
こちらを期待の眼差しで見つめるダルを軽く流しつつ、先を歩くセシルを追いかける。入口で門番をしている兵に会釈をして、セシルの先導で王都の中へ入ればこれまで訪れた王都とは違う街並みに思わず見惚れる。
外観は物々しい外壁のせいで威圧感があったが、王都の中は至る所に色とりどりの花や綺麗に形を整えられた木が植えられておりその美しさに思わず足が止まってしまう。
タングマリンの建物が石や煉瓦作りのモノが多いのに対して、ここの建物は木造のモノばかりだ。それも木の素材を活かして建てているのか、どこか温かみがある。
いい香りだ。近くに植えられている花の匂いだろうか?ここに居ると心が落ち着くな。
ダルとエクレアも驚いた表情で辺りを見渡している。これまで訪れた王都とは明らかに違うな。賑わっているのは分かる。多くのエルフが大通りを歩き、お店を利用しているのが見える。見事なまでにエルフばかりだ。
タングマリンもドワーフが多かったが、それでも他種族の旅人や商人も多く訪れていた。それはアルカディアやクレマトラスも同様だ。気候の変化が激しく道が険しい為訪れるのが大変なジャングル大帝にも他種族の姿を見掛ける。
だがここハルジオはどうだ? パッと見る限り俺たち以外の他種族を見掛けない。エルフしかいない印象を受ける。右を見ても左を見てもエルフエルフだ。そんなにエルフの国に来るのが嫌なのだろうか? 嫌われているのは知っていたがこうして目にすると思う所がある。
いや、聖地エデンが襲撃されたりして緊張感が高まっているからテルマに訪れる者が少ないだけだろう。決して嫌われているからではないと思う。
「義兄さん!美しい我が国に見惚れるのは分かりますけど、ちゃんと付いてきてください!」
「すまない!今行くよ」
慌てて少し離れた位置で止まって俺たちを待っているセシルの元へ向かう。怒ってはいない。表情が自慢げだな。エルフとして王都の美しい景観に自信があるのだろうな。
自然と調和するように作られた街並み。草木が本当に多いな。なんというかよく燃えそうだ。火事になったら大騒動だな。燃え移りそうなモノが至る所にある。
辺りを見渡しながらセシルの後を付いて行く。視線を感じるな。こちらを見定めるようにエルフが視線を向けてきている。他種族の旅人が珍しいのか、あるいは警戒しているかだな。
どちらかと言えば前者だろうか? 見た所気になるからチラチラとこちらを見ている感じだ。
しばらくエルフからの視線を受けながらセシルの先導の元、大通りを歩くとちょっとして広場に辿り着いた。セシルが立ち止まったのを確認して辺りを見渡すが、目的とした世界樹まではまだ距離があるように思える。
「どうした?世界樹の元に行くんじゃないのか?」
「世界樹は僕たちエルフが守護している大切なモノです。勇者パーティーとはいえ許可無しに近付く事は出来ないですよ」
「となると簡単にはいかないか」
「いえ、僕が女王陛下であるリリアナと友達なので許可は直ぐに降りると思います!」
ドヤ顔だ。これ以上ないくらいのドヤ顔だ。許可が直ぐに降りるのは良い。俺たちからすると非常に助かる。
セシルが女王陛下と友達なのかー、凄いなー。突っ込むのも面倒だな。いや、本当にこの一族はエルフの国で重要な立場でいるんだな。教会でもそうだが、テルマでセシルやノエルを敬っている者が多くてビックリした。気安く接しない方がいいだろうか? 失礼に見られたら嫌だな。
「俺達も一緒に王宮に向かえばいいのか?」
「いえ、女王陛下の元には僕1人で行ってきます。許可が降りても今日明日で世界樹の元には行けないと思うので、義兄さん達はそこにある宿屋で部屋を取っておいてください」
セシルの指差す方向を見れば高級そうな外観の建物がある。彼女の言葉通りなら宿屋だと思うが、普段俺たちが借りる所より数倍値段が張りそうだな。別にお金がない訳ではないが、あまりに無駄遣いはしたくないのが本音だ。
「宿屋の主人にこれを渡してください。教会からの重客扱いで安く泊まれます」
「ありがとう、助かるよ」
「僕のような天才はしっかり凡人の気を使っているのですよ」
「セシルがいて良かったよ。ありがとう」
「えへへへ、もっと褒めてくれていいですよ」
セシルから封筒を受け取り、彼女が求める言葉の代わりにセシルの頭を撫でれば嬉しそうに相好を崩す。えへへへと声が漏れてる。素直に可愛いと思ってしまった。男とは本当に思えないくらい可憐な姿をしているな。
ダルとエクレアの視線が痛くなってきたので、手を離すと『あっ』と名残惜しそうにセシルが俺の手を見ていた。
「とりあえず部屋は4人分取っておいたらいいか?」
「そうですね。父さんか姉さんが戻ってきたら、ハルジオにある僕の屋敷で泊まったらいいと思いますけど今は使用人が殆どいないので宿屋に泊まりましょう!」
「何じゃ、屋敷に使用人が居らんのか?」
「父さんと姉さんに着いて行ったみたいです。身の回りの世話もありますけど護衛が主な目的みたいですね。屋敷の管理の為に数人は残っていますが」
「分かった。なら宿屋で部屋を取っておくよ。セシルにばかり仕事を押し付けて申し訳ないけど、女王陛下によろしく言っておいて欲しい」
「僕に任せておいてください!」
満面の笑みを浮かべるセシルと広場で別れ、彼女に言われた通りに宿屋へと向かう。何から何までセシルに任せっきりだな。
手際がいいから彼女と一緒にいると楽をさせて貰っている。勇者パーティーの他の仲間だとこうはいかないからな。
───部屋を借りる為に受付のカウンターにいた主人に話しかけると他種族の客だからか最初は怪訝な表情でこちらを見ていたが、セシルから渡された封筒の中身を見せると態度が大きく変わってペコペコしていた。
これが権力ってやつか。思っていたより楽に部屋が取れた。値段もタダ同然のような安さだ。教会が持つ影響力の強さを改めて実感する。
「ダルとエクレアはこの後どうする?俺は少し王都を見て回ろうと思っているが」
「それなら我も付いて行くのじゃ!どんな食べ物があるが楽しみでのぅ」
「……………」コクコク。
「それなら3人で見て回るか。部屋に荷物だけおいてくるよ」
「うむ。我も必要のないものは置いてくるとしよう」
借りた部屋に荷物となる物を置いていく。必需品の入った鞄と、用心の為にデュランダルは持っていく事にする。鎧はどうする? 見て回るだけなら必要ないが、念の為着ておくか。
準備を終えて入口に戻ると既にエクレアとダルの姿があった。鞄以外を置いてきたようだな。
「俺が最後だったか」
「我とエクレアは荷物をポーイと置いてきただけなのじゃ!」
「…………」コクコク
「鎧を脱ぐか悩んでいたから俺が1番遅くなった訳か」
「どうせ寝る前に着替えるからのぅ。町を見て回るだけならこのままで良いのじゃ!」
考えている事は同じようだ。ダルとエクレアと共に宿屋を出た直後だ。
俺たちがここまで来る際に通ってきた方角、距離的に入口付近だろうか?この位置まで聞こえる大きな爆発音が響いた。
1回だけではない。2回3回と何度も爆発が起こっているようだ。爆発の音が聞こえる度に大きな物が倒れる音や、悲鳴が辺りに響き渡る。
衛兵が『安全な場所に避難してください』と声を張り上げて誘導している姿が見える。
「緊急事態のようだな」
「うむ。せっかくゆっくり出来ると思ったのじゃが」
皆で揃ってため息を吐く。
「魔族の襲撃だ!戦える者は正門へ行け!戦えない者は王宮まで避難しろ!」
衛兵の声が聞こえる。
エクレアとダルに視線をやれば2人が頷いた。
「行くか」
「…………」コクコク。
「うむ!」
───俺たちは勇者パーティーだ。魔族からか弱い人々を守る為に戦っている。それでも間に合わない事も少なくなかった。後手に回る以上、俺たちの動きは少し遅くなる。
今回ばかりは運が良いと言える。魔族の襲撃のタイミングに立ち会えたのだから。
「エクレア、聖剣を忘れてるぞ」
「……………」
「早く部屋に取ってくるのじゃ」
───数秒出遅れた。




